年末特別SS①:二階堂と勇也の年越し?
寒い夜空の下。私は一人で公園のブランコに座っていた。ダウンジャケットにマフラー、さらには手袋の完全防備だが、それでもじっとしていると身体は冷える。もうすぐ年が変わるというのに私は何をやっているんだろうか。
「早く来ないかな……吉住」
待ち人の名前を呟きながら、ブランコを揺らす。突然こんな時間に呼び出したのは私の方だから文句は言えない。むしろ私のわがままに彼は二つ返事で了承してくれたんだから感謝をしないといけないくらいだ。
「ほんと、夢みたいだな……私が吉住と―――」
それ以上口にするのは何だか恥ずかしくて、熱くなった頬を冷やすために私は思い切りブランコを漕ぐ。年季が入っているのか、ギィーギィーと耳障りな音を立てるが気にせず足を振る。スカートだったら出来なかったな。勇也もスカートが好きかな?
「悪い、二階堂。遅くなった―――ってなんでブランコ漕いでんだよ?」
「中々吉住が来ないから身体を動かしたくなったの。よっと!」
揺れるブランコからジャンプして着地。呆れた顔をしている吉住のもとへと急ぐ。真冬の夜だというのに額には汗が滲んでいるのが見えた。きっとここまで急いで来てくれたんだろうな。
「ごめんね、吉住。私のわがままに付き合わせちゃって」
「そうだな。いきなり電話がかかってきたと思ったら第一声が『一緒に年越ししたい!』って言うからさすがに驚いたよ」
アハハハと呆れたように笑う吉住。むぅ。そんな顔で笑うことないじゃないか。好きな人と一緒に年を越したいと思って何が悪いんだよ。
「いや、別に悪いなんて言ってないぞ。俺も二階堂と一緒にいたいって思ったからな。だって俺達付き合っているんだし」
吉住が頬をぽりぽりと掻きながらぶっきらぼうに言う。そう、私と吉住は交際している。クリスマスの日にデートに誘い、観覧車の中で私から告白した。
この朴念仁は私の好意に気付いていなかったようでたいそう驚いていた。鳩がマシンガンを打たれたような顔をしたが、すぐに頷いて答えを返してくれた。
「好きな人の可愛いわがままくらい喜んで聞くさ。俺としてはもっと言って欲しいくらいだけどな」
ニカッと笑う吉住の顔が眩しく、そしてカッコよく見えるのはきっと私が吉住のことが心底好きだからだろう。そうじゃないと笑顔を向けられただけでドキドキしないし頬も熱くならない。
「もう! すぐに吉住はそうやってキザなことを言うんだから! 他の子に言ったら承知しないよ?」
「言うわけないだろう? 俺が可愛いっていうのは二階堂だけだよ」
「そういうところだよ、吉住! そういう台詞をさらっと言わないで! でも……すごく嬉しい」
学校ではカッコいいとかイケメンとか王子様と呼ばれている私だが、吉住だけは私のことを女の子として見てくれた。私にとっての王子様。そして吉住の前でだけ私はお姫様になれる。
「日付が変わるまで時間はあるけど、どうする? 除夜の鐘でも聞きに行くか?」
「そうだね。この機会に吉住の煩悩を払ってもらおう」
「おいコラ。それはどういう意味だよ? いいか、思春期男子はみんな煩悩のかたま―――!?」
吉住が言い切る前に私は彼の腕に抱き着いた。驚いて固まる吉住だが構うもんか。思い切り抱きしめてやる。だって私だけの王子様なんだもん!
「なぁ……二階堂さんや。腕に抱き着くのはいいんだけど……その……」
「な、なにかな? 言いたいことがあるならハッキリ言ってごらん」
「それじゃ言うけどな。その……当たっているんだけど……二階堂のその……あぁもう! 言わせるなよ!」
顔を真っ赤にして抗議する吉住。フフッ。男の子に可愛いなんて言うとまた怒るかもしれないけど、さらりと私が照れるようなことを言うくせに胸を押し付けたくらいでリンゴのように顔を赤くするギャップが本当に可愛い。
「フフッ。照れちゃって可愛いなぁ」
「確信犯かよ!? 離れろとは言わないけどせめて当てないでくれ!」
「えぇ? どうしようかなぁ? 吉住がどうしてもっていうなら離れてあげないこともないけど……私としては腕を組んで歩きたいなぁ……ダメ?」
困ったような顔をする吉住。そういう反応を見せられたらますますからかいたくなる。でもギュッと腕を抱きしめている腕を離したくのは本当のことだ。さて、吉住はどうくるかな?
「ハァ……二階堂は何もわかっていないよな」
「え? 何のこと?」
「二階堂はすごく可愛くて魅力的な女の子だってことがだよ」
少し怒気をはらんだ声で言いながら、吉住は私の腰に腕を回すとそのまま抱き寄せた。必然的に私は彼の胸の中に包まれることになった。え? もしかして私、今吉住に抱きしめられている?
「あんまり調子に乗っていると……その、なんだ。俺も男だから歯止めが利かなくなるからな? だからほどほどにしてくれよ?」
「は、はい……わかりました……」
コクリと頷いたがそれどころじゃない。初めて吉住に抱きしめられたがすごく良い匂いがする。その上なんだか温かくて心地がいい。きっと彼に抱きしめられながら眠れたらどれだけ幸せなことか。離れたくなくて、気が付けば私は吉住の腰に腕を回していた。
「あぁ……二階堂さん? どうしたんですか?」
「もう少し……もう少しだけ、このまま……お願い、吉住。離さないで。ギュッって……抱きしめて」
「まったく……困ったお姫様だな」
なんて言いながらも吉住は私のことをぎゅっと抱きしめてくれた。一人で待っていた時は寒かったはずなのに今はむしろ熱いくらい。
吉住の心臓の音が聴こえる。鼓動が早く、すごくドキドキしているのがわかる。でもきっと私はそれ以上にドキドキしている。だって初めてなんだもん。
「そ、そろそろ行かないか? 時間なくなっちゃうから」
「んぅ……もう少しこのままがいい……」
「ホント、しょうがないお姫様だこと」
いいじゃないか。私がこんな風に甘えるのは吉住の前だけなんだから。今くらいは好きにさせてくれ。なんて思いを込めてさらに腕に力に力を込めていたら、吉住が私の前髪をすっとどかして、額にキスをしてきた。
「よ、吉住!!!???」
「夢から覚める時間だぞ、
あぁ。名前で呼んでくれた。恥ずかしいからすぐには無理だけど徐々に慣れていくからって言っていたじゃないか! それなのに今名前で呼ぶなんて卑怯だ! 反則だ! ますます離れたくなくなるじゃないか!
「フフッ。二階堂は見かけによらず甘えん坊なんだな」
苦笑いしながら私の頭をポンポンと撫でる吉住。完全に子供扱いされているが、怒りが湧くどころか嬉しくて顔がにやけそうになる。
「ほら。ハグはいつでもできるけど除夜の鐘はこの時しか聴けないんだぞ?」
「言ったね、吉住? いつでもできるって今言ったね? 言質は取ったからね!」
「もちろんだとも。好きな人を抱きしめたいと思うのは当たり前のことだろう?」
ダメだな、私。吉住の一つ一つの言葉が嬉しくて顔のニヤニヤが抑えられそうにない。こんな日がずっと続けばいいなぁ。
「えへへ。ねぇ、吉住。私ね、今凄く幸せだよ!」
「あぁ……俺も幸せだよ、二階堂」
「もう、そこは哀って呼んでほしいかな。その代わり私も〝勇也〟って呼ぶからさ」
恥ずかしいけど、と心の中で付け足した。吉住にばかり要求してはダメだからな。等価交換の原則というやつだ。
「勇也……大好き。ねぇ、キス……しよ? キスがしたい」
「……うん。俺も哀のことが大好きだよ」
勇也の顔が近づく。そっと目を閉じて唇が重なる瞬間を私は待つ―――
ブ――― ブ―――― ブ―――
「んぅ……勇也ぁ……って夢!?」
私はガバッと布団から起き上がった。時計を見ると時刻は朝6時半を過ぎたところ。
「はぁ……最悪。どんな顔して吉住に会えばいいんだよ」
吉住はこの間の課外合宿の時に一葉さんに告白して見事結ばれた―――それ以前からメオトップルだったが―――というのに、よりにもよって私が吉住と交際していて一緒に年越しをする夢を見るなんて。しかも夢の中の私は自分から告白したみたいだったし。そんな勇気は残念ながら現実の私にはないというのに。
「何が〝キスしよ〟だよ……夢の中の私! でも夢の中の吉住もカッコよかったなぁ……」
思い出すと恥ずかしくなるやり取りだ。おかげでうるさいくらいに高鳴る心臓と触れたら火傷するくらい熱くなった頬を落ち着かせるのに手間取って、私は危うく遅刻しそうになった。
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