第42話:リフトって怖くない?

 課外合宿二日目。今日は朝から日中はスキーで夕食後の夜に星空観察が待っている。俺にとっての運命の日だ。


「ふふーん。スキー、楽しみですね。勇也君は初心者ですから私が専属で教えてあげますね!」


 スキー板を左肩で担ぎ、右手にはストックを持ちながら楓さんは上機嫌に話す。なんなら語尾に♪がつきそうなくらいテンションが高い。


『一葉さんと吉住君のスキーウェア、あれってお揃いだよね? ペアルックだよね? 羨ましいなぁ』

『一葉さんってあんな風に笑うんだね。吉住君もすごく自然体だし……ほんと、お似合いのカップルだね』

『吉住君、ペアルック恥ずかしくないのかな?』


 女子たちのひそひそ話が聞こえてくるが、一つ訂正させてほしい。ペアルックは十分恥ずかしいからね!? まぁお似合いのカップルと言われるのは悪い気はしないのだが、告白するのは今夜なんだよなぁ。


「思いつめた顔をしてどうしたんですか、勇也君? もしかしてスキーをするのが怖いとか? 大丈夫ですよ、雪は友達ですから!」


 国民的サッカー漫画の主人公の名台詞、ボールは友達! みたく言うのは止めてください。いくら雪の上だから転んでも大して痛くないと言っても自ら進んでコケるのはやっぱり怖いんだぞ?


「フフッ。言いましたよね? 勇也君が転んでも私がちゃんと受け止めるって。だから安心して、私の胸に飛び込んできてくださいね?」


 そうしたいのは山々だし、なんなら楓さんの胸に頭から飛び込みたい欲望はあるけど、あなたは転んだ俺を助けてそのまま雪の上で抱き合って―――とかふやけた笑顔で色々妄想していましたよね? 


『クソがぁ……吉住の野郎、調子に乗りやがって……!』

『そのポジション俺と代わってくれよぉぉぉぉ―――!』

『処す? ねぇ、吉住のこと処す?』


 黙れ、男子ども! 調子に乗っていないし譲るつもりもないからな!


「今日は勇也君が百面相ですね。照れたと思ったら眉間にしわを寄せて怒ったり。なんか新鮮です」

「別に照れてないし怒ってもない。楓さんの気のせいでは?」


 俺はペアルックを指摘されて照れたことや、楓さんの隣をよこせと言う男子に腹を立てたことを認めたくなかったらぶっきらぼうに答えた。


「フフッ。ならそう言うことにしてあげますね。ほら、早く行きましょう! ゲレンデが私達を待っています!」


 危ないから板を担ぎながら俺の腕に組みつかないでくれ! いくら厚手のウェアを着ていると言ってもあなたの豊満な果実の感触は隠しきれていないんだぞ! 周りからは羨ましそうなため息と憎悪を孕んだ歯軋りが聞こえてくる。そんなものは全部無視だ。



 *****



 スキーを始めるにあたり一番初めにぶち当たる壁はどこか。それはもちろんリフトに乗ることだ。後ろをちらちら確認しながらタイミングよく腰を下ろす。慣れない板を両足に付けてぶらぶらとさせながら雪山を登っていく感覚は言い知れぬ恐怖を覚える。


「落ちたりしないからそんな不安そうな顔をしなくても大丈夫ですよ」

「ベ、別に怖くなんかないですよ? ビビってもいないしね。か、楓さんの気の聖じゃないですかね?」

「……ふぅーん。そうですか。なら……えいっ!」

「ひゃぁぁぁ!!?? ななななににするんだよ!?」


 楓さん、あんたバカぁ!? いきなり肩を掴んで揺らすとか何考えてるの!? 落ちたらどうすんの!? いくら下がふかふかな雪だからってこの高さから落ちたら危ないよ!?


「ご、ごめんなさい。まさかそこまで驚くとは思わなくて……やっぱり怖かったんですね」

「だから怖くはないよ!? いきなり楓さんが驚かしたからだよ!? 勘違いしないでよね!」

「……本当にごめんなさい。大丈夫ですよ。怖くありません。手を握っていてあげるので安心してください」


 だから俺は怖くないって言っているだろう!? それなのにどうしてそんな憐れみのような視線を送るんだよ! まぁリフトに座っている分には手を繋いでいようが誰にも見られることはないから恥ずかしくはないし、それになにより楓さんと手を繋げるのはすごく嬉しい。


「フフッ。勇也君なら気付いていると思いますが、リフトは乗るより降りるほうが難しいですからね? タイミングよく降りないとすってんころりん、ですからね?」

「……マジで?」

「はい、マジです。しかもリフトの前で転ぶと危ないのでリフト全体が緊急停止します。そうすると勇也君が起き上がって退避するまで他の利用者は空中に取り残されることになりますから、責任重大ですよ?」


 楓さん。どうしてニヤニヤしながら人の不安を煽るようなことを言うですか? それはあれですか、俺がビビって生まれたての小鹿のようにぶるぶる震える様子を見て楽しんでいるんですか? 人が悪くない? 


「もう、そんな深刻にならなくても.大丈夫ですから。私が勇也君の手をしっかり・・・・握って一緒に降りますから安心してください。私に全てを委ねてくださいね……ゆ・う・や・君」


 ふぅーって止めて! それはダメだよ楓さん! 身動きできないリフトで耳ふぅーはダメ! あぁ、今はむってした!? 耳たぶ甘噛みしたの!? なんで!? 


「いいいいきなり何するんだよ!? びっくりするだろう!?」

「勇也君の耳たぶがそこにあったのでつい……ダメでした?」

「ダメですぅっ!!! ここがどこかわかってますかね!? 今俺達はリフトで移動しているんですよ!? 何かあったらどうするんですか!? やるならせめて二人きりの部屋でしませんかねぇ!? それなら俺だって喜んで―――」


 喜んで俺だって楓さんの耳を甘嚙みする、と言いそうになって俺は口を抑えた。ダメだ、それを言うのは今夜の結果次第だ。じゃないと俺の心が晴れない。


「喜んで、勇也君は私に何をするんですか? 教えてくださいよ。気になって夜しか眠れません」

「夜、眠れるならいいじゃないか……じゃなくて! 時と場所を考えてくれってこと! ここじゃなかった……もっとしてほしい……あぁなし! 今のなし! 忘れてくれ!」

「―――フフッ。それじゃ、お家に帰ったら、たくさんはむはむしてあげますね?」


 楓さんの笑みは誘惑する魔女のように妖艶で、俺の視線をくぎ付けにして離さない。そして、やると言った以上必ず実行に移すのが一葉楓という人だ。


「さて、帰ってからのお楽しみが出来たところで。勇也君、心の準備はいいですか?」

「えぇっ!? 耳を甘噛みされる覚悟を今からしておけと!? それはいくら何でも早すぎじゃないか!?」

「もう。違いますよっ。リフトを降りる準備です。ゴールは目の前ですよ?」


 あっ、本当だ。どうしよう、楓さんのせいで頭の中でシミュレーションが全くできてない。俺の頭が一面に広がる銀世界と同じく真っ白になる。


「勇也君。私の手を握ってください―――はい、これで大丈夫。私に合わせて板を地面に付けて勢いよく立ち上がってください。そうすれば自然と滑り出しますから」


 優しく、諭すように楓さんが言われ、俺はこくりと頷いた。この手を握っていればきっと大丈夫だ。


「さぁ……行きますよ―――はいっ!」


 楓さんの掛け声に合わせて立ち上がる。俺はタイミングが少し遅れて楓さんに手を引かれる形になってバランスを崩しそうになったところをリフトにお尻を叩かれてなんとか転ばずに勢いに乗り、ゲレンデに出ることが出来た。


「勇也君、上手くいきましたね!」

「ハハハ……ケツを叩かれたけどな。まぁ転ぶよりはましかな」


 なんだかやり切った感があるがまだスタート地点に立っただけ。ここからが本番だ。


「大丈夫です! 楓先生に任せてください! 勇也君を立派なスキーヤーにしてあげますね!」

「お手柔らかにお願いしますね、楓先生」


 いつ楓さんのお義父さんとスキーをする時が来てもいいように頑張るぞ!

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