第41話:不意打ちは反則だ
味のしないスコーンを全部食べ切ることはできず残った分はお持ち帰りにした。ここで無理をすればその後の夕食に支障が出る。聞くところよれば今日は魚で明日は肉がメインらしい。滅多に食べられない高級なディナーとくれば自然とテンションが上がるというものだ。
「出来ることなら二日間とも肉がよかったよなぁ! 厚切りステーキとか食べてみてぇなぁ!」
「そうだね。ローストビーフとかでもいいからお肉がよかったなぁ……」
コテージに戻り、夕食までの時間をリビングで過ごしていた。茂木と坂口は二日間とも肉を所望している。意外なことにこれには伸二も頷いていた。連日肉とか飽きないか? 魚だって脂がのってれば美味いぞ?
「違うでしょ、勇也。君の場合は肉と魚とか関係なく一葉さんの手料理が一番でしょ? 本当はここの料理よりも一葉さんに作ってもらいとか思っているでしょう?」
口にも顔に出していないはずなのに、なんで考えていることがわかるんだよ。楓さんが俺のためだけに作ってくれた料理一番美味しいに決まっているだろうが。
「そうだよね。うん、勇也はそういう恥ずかしいことをなんてことない風に言う奴だよね。ごめん、聞いた僕が馬鹿だったよ」
やれやれと肩をすくめてため息をつくなよ。何もおかしなことを言ったわけじゃないだろう? そりゃ確かに女子高生の手料理とプロが作る料理を比べて楓さんの方が美味しいって断言するのはおかしなことかもしれない。
でもしょうがないだろう。俺が食べている間不安そうな顔をして、「美味しいよ」って伝えると可愛い笑顔が花開くんだから。その顔がまたとても愛おしいと言うかなんて言うか。最高なんだよなぁ。
「無自覚な惚気は死者を出すことを覚えた方がいいよ、勇也。ほら見なよ、あそこの二人。顔が死んでいるよ?」
そんなはずないだろう? あの二人だって彼女持ちだし、しかも後輩の中学生、他校に進んだ幼馴染が恋人の強キャラだぞ? 俺程度の発言なんて大したことないだろう?
「なぁ坂口。お前、自分の彼女の料理が何よりも一番美味しいってサラッと言えるか? 俺には無理だ」
「僕にも無理だよ、茂木。どんなに美味しくてもプロと比べたら勝てるはずないのに……吉住はすごいや……」
真っ白になって天を仰いでいる二人。戦ってすらいないのに燃え尽きたのかよ!? 嘘だろう、俺がやっぱりおかしいのか?
「おかしくはないよ。ただ、勇也があまりにも自然に言うものだから勝てないなって思うんだよ。恥ずかしがることなく演技するでもなく、1+1は2って答えるのと同じくらい簡単に、当たり前に言うから勝てないって思うんだ。僕もその一人だよ」
あのな、伸二。恥ずかしくないはずがないだろう。俺だっていうときは照れるんだぞ? でも言わないと感謝の気持ちは伝わらないだろう? まだ楓さんに「好き」だと言えていない俺が言っても説得力に欠けると思うけどな。
「ほんと、どうして『好き』って言葉が言えていないのにそういうことは言えるんだろね。ユー、早く告っちゃいなよ?」
「……うるせぇよ」
俺は鼻で笑って顔をそむける。そんなこと、お前に言われるまでもない。
*****
夕食は美味しかった。サラダに前菜、スープにメインの魚、そしてデザートとまでついたフルコース。見た目も鮮やかで、料理を五感で楽しむとはまさにこのこと。食べる終えるのが惜しく感じてしまうほどだった。明日のステーキも楽しみである。
「はぁ……にしても疲れたなぁ……」
俺はソファに身体を預けながら大きく背中を伸ばした。首をぐるりと回すとボキボキッと音が鳴る。慣れない長時間移動からのお菓子作りで思いのほか疲労がたまっている。普段ならお風呂にのんびり浸かるのだが、悲しいことにこの施設に大浴場はない。備え付けのユニットバスでは疲れは取れない。
「早く帰って風呂に入りたいなぁ……」
ちなみに今このコテージにいるのは何故か俺だけだ。伸二は大槻さんと
「まぁ何にしても……明日だな……」
決戦は丸一日後。夕食後に控える星空観察。その時が運命の分かれ道だ。伸二曰く、勝ちが決まった戦いに何をビビっているんだよ、とのことだとそれでも緊張はする。面と向かって女子に告白するなんてこれが初めてなんだから。
「はぁ……寝れる気がしねぇなぁ……」
「―――私がいないと寂しくて眠れませんか?」
あぁ、そうだな。楓さんが隣にいてくれたら多分快適な睡眠をとることが出来るなら。何なら抱き枕とかにしたら最高だわ。
「私も……勇也君がいないと寂しくて眠れませんよ?」
あれ、俺は誰と会話しているんだ? と疑問に思った瞬間、ふにゅっとした魅惑の感触、ふわりとした柑橘の香りに背中から包まれた。顔を上げるとそこいたのは他の誰でもない、楓さんだった。
「えっ!? どういうこと!? なんで楓さんがここに!?」
「フフフ。ダメですか? 勇也君に会いたくて来ちゃいました」
嬉しい。会いたいと思っていたからすごく嬉しい。でもコテージにいる俺のところに来るのは反則じゃないか? というかこっそり忍び寄って後ろから抱きしめるなんて卑怯では?
「ダメですか? 今夜は勇也君のことをギュッとしながら眠れないので、今のうちに勇也君成分を補充したかったんです」
俺を抱きしめる楓さんの力がさらに強くなる。俺はその腕にそっと触れてこの甘美な感触に身を委ねることにした。だって俺も、楓さんのことを抱きしめたかったから。
「すごく落ち着きます。やっぱり一日の最後は勇也君をギュってしないと終わりませんね」
「あぁ……そうだね。俺も楓さんに抱きしめられるのは……その……好きだよ」
このシチュエーションはなんだ!? なんで俺の心がときめいているんだ!? そもそも不意打ちのバックハグは男がやるものじゃないのかよ! 俺が楓さんを後ろから包み込みたいのになんで包み込まれているんだよ! 色々当たって気持ちいいけどさ!
「あ、ありがとうございます……私もその……勇也君をぎゅぅっとするの好きですよ? アハハ、意識すると照れちゃいますね」
顔を真っ赤にして言わないでくれよ、楓さん! めっちゃ照れるじゃないですか!? そう言いながら離す気配はないし、なんならさらに強く抱きしめてくるし、でも苦しくなくてむしろ心地いいとか反則だ。
「ねぇ、勇也君。さっき呟いていましたけど、明日何かするんですか?」
耳元に顔を近づけながら楓さんが尋ねてきた。その目元は柔らかく、でも口角は小悪魔が微笑むように吊り上がっている。聞いていたというのか、俺の独り言を!?
「そう言えば明日は星空観察ですね? その時になにかサプライズしてくれるんですか?」
「そ、それは……明日になってからのお楽しみということで……」
プイッと顔をそむけながら俺はぶっきらぼうに答えた。言えるはずがない。明日の夜、星空の下であなたに告白するんですよ、なんて。
「フフフッ。わかりました。なら明日のサプライズ、楽しみにしていますね」
そして楓さんは俺の頬に口づけをして身体を離した。失われた温もりを名残惜しみつつ、頬に感じた柔らかい感触に頭の中が軽いパニックに襲われる。
「よし! 勇也君成分の補充完了しました! 満タンです! これでぐっすり眠れそうです。ありがとうございます、勇也君」
あなたの不意打ちのキスのせいで俺はドキドキしすぎて眠れなくなりそうですけどね!?
「エヘヘ。私はそろそろ戻りますね。明日のスキー
「あ、あぁ……おやすみ、楓さん」
楓さんは風のようにコテージを去っていった。俺は口づけされた頬をさすりながらソファに撃沈した。
「色々不意打ちはズルいよ、楓さん……」
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