3巻発売記念SS:スイカ割り

「パンパカパーン! それではただいまより、スイカ割りを始めたいと思いまーす!」


 沖縄の美しい紺碧の海を俺は楓さんと一緒に泳ぎ、二階堂と結ちゃん砂の城を作り、みなんなそれぞれ楽しんでいるところに、突如大槻さんが大きなスイカを持った宮本さんを侍らせて現れたのだ。


「ルールを説明するよ! 一人ずつ順番に目隠しをしてグルグルバットで十回回ってからスイカ割りにチャレンジするんだけど……それだと方向が分からないので道案内役を二人選んでもらうよ!」


 呆気にとられる俺達に一切構わず、大槻さんがルールを説明していく。うん、自由奔放とは彼女のための言葉だな。


「どうして選ぶのが二人なの? そこは一人か、もしくはみんなで声を掛け合えばいいんじゃないの?」


 大槻さんの説明に二階堂が至極もっともな質問を投げる。指示するのを二人と限定しないでみんなでやれば盛り上がると思うが?


「二人に限定したのはね、一人がスイカまでの本当の道筋を教えて、もう一人はウソの道筋を教えることで打ち手を混乱させるためだよ。どう、盛り上がると思わない?」


 指示を出す数を二つに絞ればどちらの言葉を信じるかどうかだ。その判断は打ち手を惑わせるから盛り上がるだろう。大槻さんも色々考えているんだな。


「私だって何も考えずに提案しているわけじゃないからね。如何にみんなが楽しめるかを常に考えているんだよ!」


 ドヤっと胸を張る大槻さん。普段なら何とも思わないが、水着で肌色が多い今の状態でそれをやるのは目のやり場に非常に困る。


「どうしたんですか、勇也君。顔が赤いですよ? あっ、もしかして……」


 勘づいたのか、ニヤリと小悪魔的な笑みを浮かべる楓さん。じりじりと近づいてくるとそのままむぎゅっと腕に抱き着いてきた。これはいけない。限りなく直に近い感触が伝わってくる。


「フフッ。どうですか? 勇也君は好きですよね、私のおっp───」

「スト──────ップ! それ以上は言わせねぇよ!?」


 沖縄に来てまでこの台詞を言うことになろうとは。俺は楓さんを引き剥がそうと試みるがくっつき虫と化した楓さんの抵抗はすさまじく、中々離れてくれない。


「イチャイチャし始めたメオトップルは放っておくとして。みんな、張り切って行こう!」


 大槻さんの号令の下、みんながぞろぞろと移動を始めたので、俺は仕方なく楓さんを腕に貼り付かせたまま後に続いた。



 *****



「トップバッターはヨッシーで、指示を出すのは哀ちゃんと楓ちゃんね! 二人とも、しっかりヨッシーをスイカまで導いてあげるんだよ!」


 じゃんけんで決めるわけでもなく、大槻さんの独断と偏見で俺が先陣を切ってスイカ割りにチャレンジすることになった。


「勇也君なら私と二階堂さん、どっちが本当のことを言っているかわかりますよね?」


 フフッと笑いながら、俺を試すように楓さんが尋ねてくるが、一緒に暮らし始めて半年以上経つんだ。楓さんが嘘をついているかどうか声音を聞けばわかる。


「ヨッシー、準備はいいかな? 私達の声にあわせて十回回ってね! それじゃ行くよ!」


 みんなの声にあわせて回転し、終わったころには平衡感覚は崩壊し立つことすらままならない。


「勇也君、スイカは反対方向ですよ! まずはぐるっと九十度回転してください!」

「吉住、そのまま真っ直ぐ! 真っ直ぐ進めばスイカにたどり着けるよ!」


 さて、早速二人から指示が飛ぶがどちらが正解だろうか。今の段階ではどちらの声にも変化は見られない。なら揺さぶるのは楓さんだな。あえて二階堂の指示に従い、俺は方向転換することなく俺はゆっくりと前進する。すると、微かだが悲鳴のような声が聞こえて、


「勇也君、そっちじゃないです! そのまま前に進んだら海ですよ!?」


 危ないです! と叫ぶ楓さんの声。それに対抗するように二階堂も、


「大丈夫だよ、吉住。そのまま進んでいけばスイカの前にたどり着けるから。むしろ一葉さんの言う通りにしたら海に行くよ?」


 二人の反応を分析するに、二階堂の声音には若干の笑いが含まれているように聞こえた。これは俺を罠に嵌めたあとのことを想像しているからこそだと思う。逆に楓さんの方は俺の身を案じているような気がした。


「……よし」


 俺はその場でくるりと九十度方向転換をしてから歩くことにした。楓さんから〝そのまま真っ直ぐで大丈夫です!〟と言う言葉が飛んでくる。信じて進むと足に波がかかった。本当にこの先にスイカがあるのか?


「そうです、あと三歩くらい進んで……はい、スイカは目の前です!」

「本当? 本当に目の前にあるんだね、楓さん?」

「私の言葉を信じてください、勇也君」


 顔は見えないが真剣な声で楓さんが言った。その言葉を信じて俺は手にしたバットを思い切り振り下ろした。手応えは一切なく、ガツンと地面を叩いただけに終わった。


「チクショウ! 騙したのか、楓さん!」


 アイマスクを外しながら、俺は楓さんに文句を言うべく向かおうとするが悲しいことにまだ目が回っていて思うように足が動かず、そのまま前のめりに倒れてしまった。砂浜の上とはいえ地味に痛い。そしてタイミングよく波が押し寄せていて全身ずぶぬれだ。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだ。ゆっくりと立ち上がり、俺が晒した醜態に爆笑しているみんなの元へ戻った。


「吉住のバカ。だから言ったじゃない。そっちに言ったら危ないよって。どうして一葉さんの言葉を信じたの?」

「いや……楓さんの声があまりにも真剣だったからさ。だから大丈夫だろうって思ったんだけど……してやられたよ」


 言いながら、俺は申し訳なさそうに両手を合わせている楓さんにジト目を向けた。


「えへへ。安心してください、勇也君。こういうゲームをしている時じゃないと嘘はつきませんからね? 私は勇也君に絶対に嘘はついたりしません」

「まぁ……うん。それはわかっているから大丈夫。俺も楓さんにはこういう時以外は嘘つかないから安心してね?」


 やられたらやり返す。倍返しだ! なんてカッコよく言いたいところだが、たとえゲームであっても俺はきっと楓さんに嘘はつけない。


「フフッ。勇也君はゲームであっても嘘はつけないことくらい知っていますよ。その純粋なところが私は好きです」


 ぐいっと一歩近づいて耳元で甘く囁いてくる囁さん。ぞくりと背中に電流が流れる。こういうことをするのは家に帰ってからにしてください!


「そうだよ、二人とも。今はスイカ割りに集中しないと」


 ポンと俺の肩に手を置きながら二階堂は静かな声で言った。口元こそ綻んでいるが目は笑っていない。背中に般若も見える。


「さぁ、吉住。次は私がチャレンジすることになったら指示出しよろしくね? 嘘ついたら承知しないよ?」

「……はい、わかりました」


 結局、この後すぐに挑戦した二階堂が見事にスイカを綺麗に真っ二つに叩き割り、みんなで美味しく食べてスイカ割り大会は閉幕した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る