第29話:無自覚惚気マン
夕飯の後片付けは男二人ですることになった。楓さん達からはゆっくりしていてと言われたのだが、料理だけでなくチョコを作ってもらった上に後片付けまでお願いするのは申し訳なかった。
「美味しかったね、すき焼き。お弁当でわかっていたけど一葉さん、本当に料理上手なんだね」
「そうだな。正直家で出てくるレベルの味じゃないな。店を出せると本気で思うよ。ただ一つを除いてね」
伸二と並んで食器を洗いながら、俺は初めて楓さんが夕飯を作ってくれた時のことを思い出す。その日は俺の希望通り、煮込みハンバーグを作ってくれたのだが、味は絶品で感動したのだが食卓に出されたのが―――
「鍋ごとテーブルに置いたの!? 嘘でしょう? お皿に盛り付けるとかじゃなくて?」
「そうなんだよ。びっくりだろう? 楓さんのことだから盛り付けもばっちり決めてくるんだろうなぁって思っていたらまさかの鍋ごとだからな」
その時思い出したのが宮本さんの言葉だ。
―――楓様の料理は少々癖が強いですが味は私が保証致します―――
癖が強いのは料理じゃなくて配膳だったけどな! 宮本さんも気付いていたなら指摘すればいいじゃないか! 当たり前のようにどや顔で鍋ごと持ってきた楓さんに説明するのが大変だった! その時の楓さんの言葉もまた驚いた。
―――洗い物が減るからいいと思うんだけど、ダメかな?―――
「ハッハッハッ! すごいや一葉さん! 確かにその通りだけどだからと言ってそのまま出すのはないって!」
「だろう! 伸二もそう思うよな!? それなのに楓さんはきょとんとした顔をするもんだから次第に俺が間違っているのか? って思うようになってきて大変だった……」
ただ俺の涙ながらの説得によって楓さんは盛り付けることを覚えた! 時々鍋ごと持ってきたい衝動に襲われているが懸命に堪えているので、この調子ならその衝動は自然と消えていくことだろう。
「もう! 勇也君、恥ずかしいことを勝手にばらさないでください! 日暮君に笑われてしまったじゃないですか! あ、秋穂ちゃんも笑いすぎですよ!」
二人がいるのにこの話をしないわけにはいかないだろう。抱擁写真に気をとられていたが楓さんの『鍋ごと配膳』は鉄板級のネタだ。話をしないわけがない。
「ねぇヨッシー! その時の写真はないの? それて初めてヨッシーに楓ちゃんが手料理をふるまった時の話なんだよね? 一枚くらい撮ってないの?」
よくぞ聞いてくれました大槻さん! しっかりと撮ってありますとも! 見てくれこのどや顔を! えっへんと胸を張っていたり、何枚も写真を撮られていい加減恥ずかしくなってはにかんだ笑顔をみせたり、どの楓さんも飛び切り可愛いだろう? 俺のお気に入りだ。
「あぁ……うん、よく撮れてるね。撮れているけどこれは……」
「写真のピントがどれも一葉さんに合っていて料理は完全についでだね。勇也、ナチュラルに惚気るのは止めてくれない?」
「うぅ……勇也君のばかぁ……二人だけの秘密って言ったじゃないですか……」
この後がまた可愛いんだよ! 鍋ごと配膳するのがおかしい。お店ではお皿にちゃんと盛られている。だから鍋ごと配膳はおかしい。お皿なら俺が洗うから。等々説明した後に顔を真っ赤にして恥ずかしがっている姿なんて最高じゃないか! そう思うだろう、伸二?
「ハハハ……そうだね。学校での一葉さんとは別人だね」
そうだろう、そうだろう。普段学校で凛としている楓さんも綺麗でカッコイイがこうしてふにゃけた顔をする楓さんも可愛くていい。おい、どうして目を逸らして苦笑いしているんだ。
「あぁ、勇也。自分しか知らない
呆れながら言う伸二に促されて楓さんを見ると顔から湯気が出ているんじゃないかってくらい真っ赤な顔をしている。心なしか肩も震えている。
「うぅ……秋穂ちゃん。勇也君が……勇也君がぁ……!」
「よしよし。大丈夫、大丈夫だよ楓ちゃん。無自覚お惚気マンが彼氏だと苦労するよね」
はぁ!? 別に惚気てないんだが!? お前達二人に家での楓さんがいかに可愛いかを知ってもらいたいだけなんだけど!?
「……無自覚な惚気はきついよ、勇也」
伸二、お前もか!
「はいはい。ヨッシーが楓ちゃんのことが大好きなのはよくわかったから。そろそろ今日のメインに移ろうよ!」
大槻さんの言葉で意識を取り戻した楓さんがビシッと俺を指差して宣言した。
「今度は勇也君がドキドキする番です! 私の愛情たっぷりのバレンタイチョコを受け取ってください!」
ついに、楓さんの手作りチョコレートがお披露目される。
まだ朱色の顔で格好つけてもむしろ可愛いだけなんだけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます