第28話:素直になったら?

「どうどう? ばっちり撮れていると思わない?」

「完璧です。秋穂ちゃん、あとでその写真を送ってください。加工して待ち受けにします」


 今日の夕飯はすき焼きだった。ハンバーグという話だったがやっぱり寒い日にみんなで食べるものと言えば鍋だよね! という大槻さんの一声と、なら部活終わりの二人に美味しいお肉を食べてもらいましょう! と楓さんが提案してすき焼きになったそうだ。


 野菜はチョコレート作りの材料と一緒に買ってきたとのことだが、お肉だけは宮本さんが持って来てくれたそうだ。見るからに高級そうな、スーパーでは絶対にお目にかかれない和牛肉。美しい霜降りで、食べればしっかりとした肉質がありながらとろけるような甘み、それでいてしつこさのない後味なのでいくらでも食べられる。


「勇也もハグの写真欲しい? 僕も撮ったからあとで送ろうか?」

「頼むから今すぐ消してくれ」

「なんで? この時の勇也と一葉さん、すごく幸せそうな顔をしているよ」


 やぁめぇろぉ! わかっている! わかっているさ! 確かに楓さんを抱きしめていた時はこれ以上ないくらい幸せだったさ! だけど平常心を取り戻したこの冷静な状態で考えてみると、あの行為は恥ずかしくて死にたくなる。しかも台詞も色々ヤバかったはずだ。


「勇也君に『食べて欲しいんでしょ? ならお望み通り……食べてあげるよ、楓』って言われたときは思わずキャーーーーって叫びたくなりました。楓、って初めて呼んでくれた上に、しかも普段より少し低い声だったですけどそれがまたとてもカッコよかったです!」

「わぁお! そこでわざと呼び捨てにするあたりがイケメン度高いですな……さすがシン君の親友。自然に出来るあたりヨッシーも相当な危険人物か……」

「そうなんです! そのあと抱きしめて下さいっていったらとても優しく、でも力強く抱きしめてくれて……はぁ……幸せでしたぁ」


 女三人寄ればかしましいと言うが二人でも十分姦しい。現在進行形で自分がしでかしたことをやいのやいのと騒ぎ立てられて俺の心はすでにグロッキーだ。タオルを投げ込んではくれないんだろうか。


「二人の気が済むまで我慢するしかないね。ほら、そんなことよりお肉食べよう! こんなお肉滅多に食べられないよ!」


 あぁ、伸二。お前がいてくれてよかったよ。もしこの場にお前がいなかったらと想像しただけでも恐ろしい。高級和牛などそっちのけで俺は寝室で布団をかぶって泣いていたことだろう。


「ハハハ。大袈裟だなぁ。好きな女の子を抱きしめて、幸せだなぁって思うのは何もおかしなことじゃないよ」


 肉を頬張りながら伸二は言う。そんなことは俺だってわかっている。ただこの状況というのが大嵐過ぎて気持ちが追い付いてこないんだ。男ならみんなが喜ぶシチュエーションには間違いないが、忘れられない事実がある。それが俺の心に住み着いている。離さないでと叫びたいのはむしろ俺の方だ。


「この先どうするのかは勇也次第だから僕は何も言えないけれど。あえて言わせてもらうなら、一葉さんは大丈夫だよ、ってことかな」

「伸二……お前……」

「勇也はピッチ上の相棒だからね。考えてくることはなんとなくわかるよ。だから勇也。勇気出して飛び込んでみたらいいと思うよ」


 美味しい! と言いながら、小さな身体のどこに詰め込んでいるのかと不思議になるくらい、伸二は肉をどんどん平らげていく。俺は苦笑いをしながら深くため息をついた。やれやれ、親友にはお見通しか。


「ああもう! 俺も食うぞ! 楓さん、肉と野菜追加してくれっ! 大槻さん! 写真を送るのはいいけど楓さんにだけにしてくれよ! ばら撒いたら承知しないからな!?」


 とりあえず今は肉を食う! 美味しい物を食べて英気を養い戦いに備える。自分の気持ちに少し素直になる戦いだ。楓さんにばかりグイグイ来られて照れ顔を晒すなら、俺も同じくらいグイグイいって照れさせてやる。


「フフッ。たくさん食べるのはいいですけど、このあとデザートが待っていますのでほどほどにお願いしますね? 少し早いバレンタインデーです」


 女神のような微笑を浮かべて楓さんが言った。そうだった。すき焼きに気をとられていたけど今日のメインはお肉ではなく二人が作ったバレンタインデーのチョコレートだ。伸二、お前食べられるのか?


「大丈夫だよ。甘いものは別腹だから。それに秋穂が一生懸命作ってくれたものならどんなにお腹いっぱいでも食べられるよ」


 そういうものでしょう? とさも当然のように俺に聞くな。大槻さんはニヤついているし楓さんは期待の眼差しを向けているし。まったくもう!


「当然だな。楓さんが俺のために作ってくれたものを残すはずがないだろう? それにな、伸二。楓さんの手料理は日本一美味いからな。お前には食わせてやらんからな」

「はいはい。ごちそうさま。僕だって秋穂のチョコレートは勇也には一口もあげないからそのつもりでね!」


 突如始まった男の見栄の張り合いに女子二人は照れながら笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る