第128話:この朴念仁
「はぁ……散々な目に合ったな」
ため息をつきながら俺は部室を出る。さすがに日が沈むと肌寒いな。
今日の部活でも先輩達から洗礼を受けた。試合形式の練習とはいえ、殺意のこもった本気のスライディングタックルを仕掛けられたり、無駄に走らせるパスを出されて追いかける羽目になったりと酷かった。やる気に満ちあふれているのはいいことだが、方向性が若干違う気がする。
それもこれもすべて楓さんがニコニコ笑顔でグラウンドを眺めていたことが原因だ。時折飛んでくる声援に元気を貰うが同時に殺意も増すので考えものである。
「せめて教室から観てもらうようにお願いするか……」
そうしないと俺の身体もたないかもしれない。ただあの笑顔に見守られていると思うと不思議と力が湧いてくるのも事実。はてさてどうしたものか―――
「あっ、吉住先輩!」
悩みながら歩いていると聞き知った声に名前を呼ばれた。振り返ると結ちゃんが手を振っていた。
「お疲れさまです、吉住先輩! もしかして本当に一人残って練習をしていたんですか?」
「結ちゃんもお疲れさま。うん、そうだよ。新入部員の子も途中までは何人かいたけどね」
「二階堂先輩から吉住先輩は入部してからずっと一人で居残り練習をしているって聞いたんですが……すごい、その通りだった」
突然後輩から感心の眼差しを向けられて、俺は背中がむず痒くなった。お願いだからそんなキラキラとした目で見ないでくれ。
「そ、そんなことより! 結ちゃんこそ、こんな時間までどうしたの? 居残り練習でもしていたの?」
「はい! 二階堂先輩が残って練習すると言うので一緒に私も残ったんです! ホント、二階堂先輩ってカッコイイですよね……憧れちゃいます」
えへへ、と笑う結ちゃんはすっかりバスケ部エースの二階堂に惚れてしまったようだ。だけどあいつも居残り練習なんてやるんだな、知らなかった。
「今日の二階堂先輩、なんかものすごい熱の入りようでした。鬼気迫るって言うんですかね? こう、誰にも負けないぞ! ってオーラがすごかったです」
「まぁ負けん気が強いからな、二階堂は。大方今日の体育で楓さんにいいようにされたのが悔しかったんだろうな」
だけど同じ運動部所属として、二階堂の気持ちはわからないでもない。あの時は素っ気なく答えたが、同じ立場ならきっと悔しいし、その日から練習量も増やすと思う。まぁ楓さんがあそこまで運動神経がいいとは思わなかったけどな。
「楓ねぇは昔から何をやっても一番でしたからね。天才なんて言われていますけど、でもその裏で相当の努力をしていました」
「あぁ……そうだな。楓さんが見えないところで頑張っているのは知ってるよ。ホント、すごいよな」
一緒に暮らすようになって早数か月。その中で日本一可愛い女子高生と言われるために毎日頑張っていることを知った。まぁ色々無理が祟って寝不足で倒れた時は焦ったけど。
多分その時だ、俺が楓さんを意識するようになったのは。完璧な人だと思っていた楓さんも普通の女の子だってわかって、それで―――
「ムフフ。吉住先輩、今自分がどん顔をしているかわかっていますか?」
「……っえ?」
「今の吉住先輩、ものすご―――く、デレデレした顔になっていますよ? 楓ねぇのこと好きすぎじゃないですか?」
口元に手を当てて意地の悪い笑みを浮かべる結ちゃん。そんな言うほどデレた顔をしていたか?
「―――していたとも。顔を見なくても身体中から大好きオーラが漏れ出ているからね」
凛と透き通るハスキーボイスに反応して振り返る。やれやれと肩をすくめながら二階堂は小走りで近づいて来て勢いそのままに俺の肩を叩いた。地味に痛い。
「惚気オーラもほどほどにしなね? 結から聞いたけど、一年生の男子君達がキミと楓のストロベリーなオーラに軒並みやられているみたいだよ?」
「そうです! 吉住先輩と楓ねぇが所かまわず突発的にストロベリーな空気を作るからクラスメイトの男子は死んだ顔をしているんです! 少しは自重してください!」
「そんな……馬鹿な……」
所かまわず俺が楓さんとイチャついているだと? そんなはずはない。
「まぁそれと同じくらい、女の子達もため息をついているんですけどね」
「ん? それはどういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ! 吉住先輩は同級生の男子と比べたら各段に大人な男性に見えるんです。女の子はそういうのに弱いものなんです! ですよね、二階堂先輩!?」
「こ、ここで私に振るのか!? あ、あぁ……うん。そうだね。吉住は確かに他の男子と比べても大人びているというか、芯があるというか……」
ブツブツと呟く二階堂。俯いているのでよく見えないが、心なしか頬が赤くなっているようだが気のせいか?
「うるさい、夕陽のせいだよ!」
「……とっくに沈んでいるけどな」
素直なツッコミを入れたらもう一度うるさいと言われた上にカバンで殴られた。だから地味に痛いんだけど。
「……二階堂先輩と吉住先輩って仲がいいんですね。なんか男女の垣根を超えた友情的なものを感じます」
むむむと眉間にしわを寄せて何かを感じ取る結ちゃん。確かに二階堂とは色々と趣味も合うし、一年間ずっと隣の席だったからな。伸二と同じくらい仲がいいのは間違いない。まぁ二階堂がどう思っているかはわからないが。
「トンビが現れなければなぁ……はぁ……この朴念仁め」
「どうした、二階堂?」
わざとらしくため息をつきながら何かつぶやく二階堂。悲しいことになんて言ったかは聞き取ることが出来なかった。悪口を言われたような気がする。
「何でもないよ。吉住は楓とイチャイチャしていればいいんだよ。私は結をお持ち帰りするから」
「ちょ、二階堂先輩!?」
そう言って二階堂は結ちゃんの肩に腕を回して優しく抱き寄せた。結ちゃんは突然のことに驚き、顔を真っ赤にして慌てふためいている。「助けてください、吉住先輩!」と目で訴えてきているがどうしたものか。
「勇也君! って、これは一体どういう状況ですか? どうして哀ちゃんが結ちゃんを抱きしめているんですか?」
救世主こと楓さんがこれ以上ないタイミングで現れた。結ちゃんは涙目になりながら必死に抵抗して二階堂の魔の手から逃れると、楓さんの胸に飛び込んだ。
「助けて楓ねぇ! このままだと私、二階堂先輩に堕とされちゃう!」
「え、えぇ……と……勇也君、状況を説明してください。さっぱりわかりません」
戸惑いながらヨシヨシと結ちゃんの頭を撫でる楓さんに尋ねられたが安心してください。俺にわかっているのは二階堂がいきなり王子様モードに入ったことくらいだ。
「アハハ。ごめんね、結。あまりにも可愛かったからつい悪ノリしちゃった。それもこれも吉住、全部キミのせいだ」
「さっきから随分と理不尽だなぁ、おい!」
二階堂は腕を組んでフンとそっぽを向いて聞く耳持たないアピール。俺が何をしたって言うんだよ。
「か、楓ねぇ? あの……すごく苦しんだけど……?」
「ぐぬぬぬ…………」
「ヘルプ! ヘルプミーです吉住先輩! このままだと楓ねぇにサバ折りにされて私の身体が大変なことになってしまいます! 助けてください!」
結ちゃんの悲痛な叫びを聞いてそちらに目をやると、楓さんが唸り声を漏らしながら結ちゃんを力いっぱい抱きしめていた。ど、どうしたのさ!?
「……勇也君の浮気者」
そんな馬鹿な!?
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