第104話:そして夜は更けていく
「―――やくん。―――うや君! ―――ゆうや君!」
「……かえで……さん?」
ガクガクと身体を揺さぶられて俺は自分が今まで寝ていたことに気が付いた。無意識に口元を拭ってみるとほんのり湿っていた。マジか、枕には垂れてないよな!? って今大事なのはそれじゃない!
「もう。待ちきれなくて寝ちゃったんですか?」
「ご、ごめん。なんか楓さんの匂いに嗅いでいたら幸せな気持ちになっちゃって……ごめん」
「フフッ。いいんですよ。怒っていませんから。それよりも……これ、どうですか?」
そう言われて初めて楓さんに視線を向けると、いつも着ている可愛いモコモコパジャマ姿ではなく、煽情的なランジェリーに身を包んだ楓さんだった。
「えっ……それってもしかして……」
「そうですよ。勇也君が選んでくれたランジェリーです。ど、どうですか? 初めて着てみたんですけど……似合っていますか?」
それは楓さんと一緒に神社にお参りに行った日に新調した下着のうちの一つ。オレンジ色の花柄のキャミソールセット。湯上りでほんのり蒸気している肌。流麗な鎖骨に垂れる汗、そして隠し切れないほど、零れ落ちそうになっている禁断の果実が二つ。可愛い形のおへそに惜しげもなく披露するのは健康的な生足。俺は言葉を失った。
「あ、あの……勇也君? 何か言ってくれないとすごく不安になるんですけど……? 聞こえてますか?」
今の楓さんの姿はともすれば何も着ていない姿よりも魅惑的かもしれない。身に纏うものがあるからこそ、その下にあるありのままの姿を自ら想像し、妄想することで補完する。それゆえに興奮するのだろう。何言っているかわからないと思うが大丈夫だ。俺もわからない。
「……ご、ごめん。あまりにも似合っていて可愛くて……その、見惚れた」
だから俺が言葉にして出すことが出来たのはこんなことだけ。気の利いたことを言えたらよかったのかもしれないが俺の辞書ではこれが精一杯だ。実在する女神を形容する言葉なんてありはしない。
「フフッ。ありがとうございます。勇也君の目には狂いはなかったってことですね」
どこか安心したような笑みを浮かべた楓さんは膝たちの姿勢のまま俺から枕を奪ってどこかへ放り投げると俺に抱き着いてきた。
「勇也君はいつまで枕を抱きしめているつもりですか? 私が目の間にいるんですよ? 私のことをギュッてしてください。というかですね―――」
今度は不満そうに言うと、俺のパジャマの裾に手をかけるとえいっと可愛い掛け声と同時に一気に引き上げた。さながらマジシャンのような手際の良さで俺は上半身裸にさせられた。マジか!?
「私ばかり不公平です。勇也君もその……早く脱いでください……」
顔を真っ赤にしながら胸にぴったりとくっついて、消え入りそうな声で楓さんはそういった。そんな彼女を優しく抱きしめ、髪を梳くように撫でる。早鐘を打つ心臓の音が聞こえるがそれは果たして俺のものか、楓さんのものか。
「勇也君の心臓の音が聞こえます。とても早いです。緊張しているんですか?」
「それはもちろん。楓さんは……?」
「フフッ。もちろん緊張していますよ。心臓が今にも破裂しそうなくらいドキドキしています。でもそれ以上に……幸せです」
俺のことを抱きしめる楓さんの力が増して俺達の間に空間はほとんどなくなるほど密着する。お互いの熱で火傷しそうになるくらい身体が火照っている。
「勇也君。一緒に幸せになりましょうね。楽しいことも、嬉しいことも、時には辛いことも、全部一緒に共有して、二人で幸せになりましょうね」
「うん……そうだね。楓さんのことを幸せにする。そのために俺、頑張るから」
「いいえ、一緒に、頑張るんですよ。私だって勇也君のことを幸せにしたいんですからね」
もう十分すぎるくらい、俺はあなたから幸せをもらっている。なんて言ったとしても、きっと楓さんは「私も同じですよ」と返してくるのだろう。だから俺は何も言わずに力強く抱きしめた。
「勇也君。愛しています」
「俺もだよ、楓さん。誰よりも愛してる」
何回、何千回言っても足りないくらい、俺は楓さんのことを想っている。
「私も、何度言っても言い足りないくらい、勇也くんのことを想っていますよ」
クスッと笑いながら楓さんは言うと、耳元に顔を寄せて艶のある声で囁いた。
「優しく抱きしめてくださいね?」
「……あぁ、もちろん」
そしてこの日。お互いがお互いを求め合い、一生忘れられないくらい熱いくて甘い、蕩けるような蜜夜を過ごしたのだった。
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