第23話:からかい上手の勇也君
「うーやふんがまへひゃみかきひゃげたひょきはさいこーれした!」
楓さんが口をモグモグさせながら言葉にならない言葉を発している。通訳しろだって? 無茶を言わないでくれ。俺にだってわからない。
「喋るのはいいけど、せめて口の中の物を呑み込んでからにしてくれ。何を言っているのかわからない」
手を繋ぎながら学校を後にして、スーパーで鍋の具材を買って帰宅。手早く調理を済ませて現在少し遅めの夕飯中。
鍋は楓さんがどうしてというのでキムチ鍋。ニンニクとショウガのみじん切りをごま油で炒めてから買ってきた鍋の素を投入。このひと手間で風味が加わって美味しくなる。
遅い時間だったので主役の一つである白菜は売り切れだったが、代わりにキムチを買ってそのままぶち込んだ。安く済むうえにキムチのコクが足されるから結果オーライだ。あとはもやしやキノコ類、豆腐、豚肉を入れて火にかけて完成。手軽に作れて腹も膨れる。その上不足しがちな野菜の栄養も摂取できるので実に健康的な料理。それが鍋というものだ。
「はふはふ。んぅん。はぁ……やっぱりお鍋はいいですね。温まります。でもごめんなさい。疲れているのに準備してもらっちゃいましたね。片づけは私がするのでゆっくり休んでください」
「別に、言うほど大変なものじゃないから気にしないで大丈夫だよ。それより、さっきは食べながら何て言っていたんだ? まったくわからなかったんだけど」
「そうでした! 勇也君が前髪をぐわって掻き上げた瞬間、ものすごくカッコよくて最高でした! キュン、って来ました!」
ぐはぁ、と心臓を抑えながら天を仰ぐ楓さん。俺はそれをただぽかんと眺める。前髪をかき上げる動作のどこにキュンとする要素があるんだ? 楓さんのツボがわからない。
「いいえ! これは私だけのツボではありません。おそらく女性共通のキュン死のツボのはずです。頑張っている男の子が『さて、少し本気を出すかな』って言いながら髪をかき上げるなんて最の高です! さらにそこから獅子奮迅の大活躍となればメロメロになります! ならないほうがおかしいです!」
「あっ……はい。そうですか……」
本当にわかっているんですか!? とジト目で睨んでくるが正直なところ今一わからないのが本音だ。まぁ確かに前髪をかき上げたのは自分の中でのスイッチを入れる意味もあったが、それがキュン死になるのだろう。というか楓さん、細かい動作をよく見ている上に心境までわかるとかすごいな。
「フフッ。当然じゃないですか。勇也君がサッカーをしているところはずっと見ていたんですよ? あなたが本気を出す合図くらいわかりますよ」
「……そういうものなのか?」
「そういうものです。それに好きな人のことは理解したいと思いませんか? 私は勇也君のことをもっと知りたいと思っています。同じ気持ちだったら嬉しいです」
わかっている。俺の気持ちがすでにどうしようもないくらい一葉楓に向いていることくらい理解しているさ。たった三日。されど三日。楓さんと過ごした時間で知らなかった側面がどんどん見えてきて、知ることができて、その魅力の虜になっている。
「そうだな……俺も、楓さんのことをもっと知りたい。そう思ってるよ」
「なら! 今日こそは一緒にお風呂に! 裸の付き合いをすることがお互いを知る一番の近道です! 勇也君の背中を流してあげますよ!」
どうしてこの人はすぐに一緒に風呂に入りたがるんだ。もしかして露出癖とかでもあるのか? 男としてはもろ手を上げて喜ぶところだがまだ刺激が強すぎる。しっかり断ろう。いや、待てよ。ここは敢えて乗っかって反応を見てみるか。
「……あぁ、そうだね。お互いを知るためには裸の付き合いが手っ取り早いよな。よし、このあと一緒にお風呂入ろうか。背中、流してね?」
さぁ、どうでる楓さん!
「ふっぇへぇ!? ほ、本気ですか勇也君!? ほ、ほほんとうに一緒にお風呂に入るんですかっ!?」
顔を茹でだこのように真っ赤にして慌てふためくリアクション、ありがとうございます。恥ずかしいなら無理して言うもんじゃないよ。でも顔の前で手をパタパタとしてプチパニックを起こしている楓さんが可愛かったから、冗談だよ、とすぐには言わずに眺めることにした。
その後、冗談である旨を伝えたら口を膨らませながら、からかわないでください! と怒られたのだが、それもまた愛いであったことを報告しておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます