第149話:ご褒美タイム

「んぅ……んぅ……あ、勇也君……そこです……」

「動かないでじっとしていて、楓さん」

「無理です……勇也君が上手なので……すごく気持ちいいです。毎日してほしくなっちゃいます」

「まったくもう。楓さんは甘えん坊さんだね。でもそういうところも可愛くて俺は好きだよ」


 言いながら俺は一度手を休めてお風呂上がりで艶のある髪をそっと撫でた。子猫のように気持ちよさそうに目を閉じる楓さん。だがそれ以上接近されると色々まずいから次のフェーズに移行しよう。


「今度は左の耳だよ。ごろんとして反対向いてくれますか?」

「もっと勇也君にナデナデしてほしんですが……わかりました。終わったらまた撫でてくださいね?」


 少し不満そうに頬を膨らませながらも、楓さんは身体を起こして身体の向きを変えてくれた。


 ちなみに俺が今楓さんにしてあげているのは耳かきだ。断じていかがわしいことではない。楓さんの声が理性を崩壊させてくる艶めかしい声を上げても、言葉が一々誤解を生むようなものであっても、俺が今彼女にしてあげているのは耳かき以上でも以下でもない!


「あ、この後は私が勇也君のことを耳かきしてあげますね! 一度やりたかったんですよね、膝枕をして耳かきするの!」


 えへへと満面の笑みを浮かべる楓さんに見つめられて頬が熱くなる。このままではまともにおしゃべりできなくなりそうなのでプイっと顔をそむけてクールダウンを図る。


 そもそも現在どういう状況かといえば―――まぁわかると思うが―――俺が楓さんに膝枕をして耳かきをしてあげている。


 帰宅して部屋着に着替えた後。球技大会を頑張ったご褒美を楓さんに要求され、どうしようかほとほと困った俺に彼女は次のように述べた。


「それじゃ……今から寝るまでの時間、勇也君は私の執事になってください! 私が主で勇也君が執事です!」


 どこかで聞いたことのあるタイトルみたいだなという感想は置いておいて。つまり家に帰ってから寝るまで、楓さんの言うことを聞いてあげればいいのかな?


「フッフッフッ。いいですか? 執事である勇也君は主である私の言うことには絶対服従ですからね? つまり私がおねだりしたことは全部叶えないとダメなんですよ?」


 なるほど。楓さんのおねだりを聞いてあげればいいのか。それなら簡単か? よっぽど無茶な要求じゃない限りは答えてあげよう。それだけ今日の楓さんは頑張ったからな。


 結論から言おう。俺の考えは甘かった。楓さんの主ぶりは大変だった。具体的に何が大変だったかと言えば―――



 回想始め


「勇也君! 一緒にお風呂に入りましょう! 背中を流しっこしましょう!」

「はいはい。お安い御用ですよね、お嬢様」

「今日一日頑張って疲れているので、お風呂場まで抱っこしてください!」


 大きく両手を広げてコアラのようなポーズをとる楓さん。普段なら「はいはい」と無視をするのだが、今の俺は楓お嬢様の執事だから抱っこして上げなければならない。というかそうでもしないと甘えん坊さんはイスから動こうとしないだろう。


「わかりました。それじゃ……失礼しますよ、と」

「へ? ちょ、勇也君!?」


 何故か驚きの声を上げる楓さんの両脇に腕を滑り込ませてから勢いよく抱き寄せながら立ち上がる。服越しにむにゅっとした柔らかい感触が俺の胸に広がるが、今は気にしたらダメだ。


「落ちないようにしっかり掴まっていてくださいね?」

「はい! コアラさんになって勇也君に抱き着きます! えへへ」


 腕を俺の首に回し、足を俺の腰辺りに巻き付けてまさにコアラと化した楓さん。顔を肩に乗せて口元はだらしく緩んでいる。まぁ可愛いからいいんだけどさ。


「えへへ。コアラさん抱っこは密着出来ていいですが、今度はお姫様抱っこをしてください! 憧れなんです!」

「……あぁ、うん。お姫様抱っこが出来るように今から鍛えておくね」


 お姫様抱っこに必要なのは腕力だけでなく楓さんの協力が不可欠なのだが、多分それを話したら今すぐにでもやってくれとねだられそうなので黙っておこう。そうしよう。


「お風呂場に着きましたね。それじゃ勇也君。服を脱がしてくれますか?」

「…………はい?」


 目的地に到着して楓さんを下したら、この甘えん坊なお嬢様は間髪入れずに新しい要求をしてきた。だがその言葉の意味がすぐに理解できずに呆けた顔をしていると、ぷくぅと頬を膨らませながら楓さんは、


「だ・か・ら! 服を! 脱がして! ください! と言ったんです!」

「あぁ……脱がさないとダメですか?」

「むぅ……いいじゃないですかぁ! いつも耳元で〝綺麗だよ、楓さん〟って言いながらパジャマを優しく脱がし―――むぅ!?」

「それ以上は言わせねぇよ!?」


 いきなり何を言い出すんですかね、このお嬢様は!? あぁ言う時はスイッチが入っているから出来るのであって、今はそう言う電源は入っておりません! 


「うぅ……私のお願いを聞いてくれないんですか?」


 潤んだ瞳の上目遣い。それに加えていじらしく俺の服の裾をちょこんと掴むというおまけ付き。このジェットなストリームアタックを回避することは一般男子の俺には出来なかった。


「わ、わかりましたよ……脱がしてあげますから、後ろを向いてください」

「さすが勇也君です! それじゃ……お願いします」


 くるりと反転して背中を向ける楓さん。俺は深呼吸をしながらゆっくりと服に手をかけた。



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