第2話:日本一可愛い女子高生は毒舌家

 一葉楓ひとつばかえで。俺の通う明和台めいわだい高校の生徒で彼女の名前を知らない者はいないだろう。いたら情報に相当鈍感だ。


 何を隠そう彼女は昨年末の十二月に発表された全国女子高生ミスコンでグランプリに輝いた、名実ともに日本一可愛い女子高生なのだから。


 元々一葉さんは高校生離れした大人びた容姿とプロポーションを併せ持つ学校一の美女だったし、時折見せる笑顔は女神の微笑みで男女問わず虜にしていた。そう言う俺も彼女に憧れを抱いていた一人であるのだが。


「どうしたんですか、吉住君。顔が赤いですよ? もしかして風邪ですか!? それは大変です! すぐに病院に行かないと―――!」

「いや、大丈夫! 熱とかないから! 俺は至って元気だから!」

「そうですか……? でも念の為、確かめまさせてもらいますね」


 ひぃ! と失礼にも俺は悲鳴を上げてしまったのだがそれは仕方のないことだ。


 一葉さんは着けていた手袋を外して新雪のような穢れのない綺麗な手を俺のおでこに当ててきたのだ。ひんやりとしているが確かな温もりが手の平から伝わって俺の体温は急上昇していく。頬だけじゃない、身体全体が火照っているのが自分でもわかる。


 そんな俺の緊張などお構いなしに一葉さんは小首をかしげる。それだけでも可愛い仕草なのに心なしか頬をフグのように膨らませているのだから破壊力は倍増だ。


「んぅん……やっぱり、少し熱っぽいですよ? 病院に行った方が……」

「大丈夫! 気のせいだから! ほら、今まで暖房の効いた部屋にいたからそれだよきっと! そんなことより、一葉さんはどうして家に? 助けるってなんのこと?」

「あぁ! そうでした。吉住君、お部屋に上がらせてもらってもいいですか?」


 それは丁重にお断りしたかった。なにせ部屋には現在進行形でタカさん以下強面スーツな男性陣がいる。外見は怖いけど中身は優しい人だって俺はわかっているけれど、初対面かつ一葉さんのような人が遭遇したら卒倒してしまうかもしれない。だから全力で止めたかったんだけど、


「おい、勇也。お客さんか? 悪いが帰ってもらえ。お前はこれから出掛けるんだからな」


 間が悪い。どうしてここしかないタイミングで玄関に来るんですかタカさん! あなたに会わせたくないから帰ってもらおうとしたのに。だが一葉さんは強面な風貌のタカさんを前にしても臆することなく女神の微笑を浮かべながら、


「ちょうどよかった。あなたとお話がしたかったんです、大道貴おおみちたかしさん。いえ、ここは原津はらつ組若頭の大道さん、とお呼びしたほうがよろしいですか?」


 爆弾を投下してきた。なぜ彼女がタカさんが籍を置いている組のことやそこでの立場を知っている。そんな血生臭い世界とは無縁のはずだ。今まで優しかったタカさんの目に殺気のようなものが宿る。俺にも向けたことのない鋭い目を女子高生に向けたらダメだ。


「タ、タカさん! 落ち着いて! そんな怖い顔をしたらダメだって! 昔祭りの縁日で射的屋のお兄さんをしてたら子供が泣いて逃げしたのを忘れたの!? あれ以来優しいお兄さんになるって言ってただろう!?」

「……悪いな、勇也。それとこれとは話が別だぁ。おい、嬢ちゃん。どうして俺のことを知っている。勇也のところと同じ制服を着ているみたいだが……あんた、いったい何者だい?」


 ついさっきまで優しかった俺の兄としての姿はなりを潜め、今ここにいるのは組の若頭としてのタカさんだ。父さん相手にブチ切れている時と変わらない圧を一葉さんに向けている。だが彼女は一切動じることなく言葉を発した。


「私の名前は一葉楓と申します。あぁ、名前は覚えていただかなくて構いません。むしろ覚えられないと思うのですぐに忘れて下さい」

「あぁ? お前、俺のことを馬鹿にしてんのか?」

「そうやって凄めば怖がると思っているところが何と言いますか……単細胞ですね。あ、失礼しました。あなたと単細胞生物を比べたら単細胞生物に失礼でした。ごめんなさい。それとそのネクタイ、ダサいですよ」


 なんで笑いながら煽ってんの一葉さん!? タカさんは若くして組のナンバー2になるくらい実は仕事がめちゃくちゃ出来る人なんだよ!? どんな仕事をしているとかは聞かないでくれ。俺もそこは触れたくないんだ。


「ハ……ハハハ。見かけによらずど、毒舌じゃねぇか。お前さんがゆ、勇也の知り合いじゃなかったらぁ? 色々お仕置きとかしなきゃいけないところなんだけどよぉ? こ、今回のところは特別に大目に見てやるよ!」


 あぁ、タカさんが涙目になってすでにグロッキーだ。タカさんてば見かけによらず打たれ弱いんだよな。


 でも無理もないか。初対面の美少女に鳥頭とかミジンコ以下とか言われて最後には自分ではセンスがあると思っているどぎつい紫単色のネクタイを貶されたら泣きたくなるよな。うん、俺もそう思う。


「おい、勇也。お前も俺のことを馬鹿にしているな? 顔に出てるぞ?」


 出てましたか? いや、俺は別にタカさんのことを馬鹿になんてしていませんよ? むしろ尊敬していますよ?


「ふぅ……まぁいい。一葉楓さん、っていたか? 散々煽ってくれたけど俺の質問に答えてないよな? もう一度聞くぞ。お前、何者だ?」

「……一葉陽一郎ひとつばよういちろう。あなたならこの名前に聞き覚えがありますよね?」


 その名前を聞いて俺にはピンと来なかった。なんとなく一葉さんのお父さんか誰かかなってことは察しが付くが、タカさんにはそれがどんな人かわかったようで、怒気怒気ドキドキして真っ赤な顔が驚愕に変わり、その色も徐々に青くなっていく。


「警察庁刑事局長……お前の親父さんか?」

「いいえ、陽一郎さんは私の叔父です。ですが父同様、大変私のことを可愛がってくれていましてね。私が頼めば多少の職権乱用もしちゃうかもしれませんよ?」

「お前……俺達をどうするつもりだ?」

「簡単なことです。吉住君から手を引いてください。もちろんタダでとは言いません。吉住君のご両親があなた方からお借りした金額、利子含めて3606万7977円は後日お振込みいたします。ですので金輪際、二度と、吉住君には関わらないでください」


 おいおいおい。なんか黙って聞いていたら話しが凄いことになってきたぞ。一葉さんの叔父さんが警察庁のすごく偉い人で、俺の父さんが拵えた多額の借金を一葉さんが肩代わりするの? にしてもこの金額ゴロがいいな。富士山麓オウム鳴く?


 なんてくだらないことを考えてしまうくらいに、俺の頭は混乱していた。でも考えてもみてくれ。親が借金残して海外逃亡して、それを返すために十六歳から組で働くことになりかけて絶望していたところに、日本一可愛い女子高生に選ばれた同級生がやって来たと思ったら、若頭を涼しい顔で煽りまくって、挙句の果てに借金を代わりに全額返済するとか言い出したらパニックになるだろう?


 だが俺の混乱は終わらない。何故ならさらなる人物が現れたからだ。


「こら、楓。先に行くなとあれほど言ったのに―――!」


 チャイムも鳴らさずに扉を開けて入ってきたのは一葉さんがそのまま大人になったかのような美人なお姉様でした。急いできたのだろうか、真冬にもかかわらず額にはじんわりと汗が滲んでいる。


「失礼。私は一葉桜子と申します。ここにいる一葉楓の母であり、弁護士をしております」


 お姉様だと思った人は一葉さんのお母様でした。

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