125話:二階堂の襲撃(物理)
桜も見ごろが過ぎた四月の半ば。
この日はあいにくの雨模様。そのため体育は男女ともに体育館で行うことになった。授業内容は来月行われる球技大会の女子の種目であるバスケだ。
明和台高校の体操着は男子は青で女子は赤のジャージ。まだ春先なので長袖長ズボンだが、これが夏になると半袖になるので男子のテンションは跳ね上がる。なんでそうなるかって? ある男子(野球部で他校に彼女がいる茂○君)曰く、
―――半袖の隙間から覗く脇、そしてちらりと見えるブラジャー。最高と思わないか? —――
そうなる前にこの男をどうにかしておかなければなるまい。
それはさておき。授業が始まるとまずは館内を軽くランニング。その後各自で身体をほぐした後は男女分かれて試合を行うことになっている。
「勇也君がサッカー以外のスポーツをすることを見たことないので新鮮ですね。バスケは得意なんですか?」
一、二と可愛く声を出しながら屈伸をしながら楓さんが話しかけてきた。長袖のジャージを着ていても楓さんの凶悪な胸部装甲がたゆんと揺れるのは破壊力抜群だ。俺は若干目を逸らしながら、
「さ、さぁ……どうだろう。俺はサッカー以外はあんまりやらないから……ただ言えるのは、二階堂には勝てないってことかな」
へぇ、と感心の声を上げながら楓さんはアップをしている二階堂に目をやった。彼女は一人で黙々と準備をしていた。少し距離があるが集中力しているのが十二分に伝わってくる。体育の授業であっても本職のバスケともなれば全力と言うことか。
誤解なきように言っておくが、俺だって入念に身体をほぐしているからな。そこにたまたま、偶然、楓さんがやって来てから話をしているだけだ。別に他意はない。
「さぁ、勇也君。次は柔軟です。私が押してあげますから座ってください」
ニコニコ笑顔で肩を掴まれて座るように促されたら断るわけにはいかないよな。大人しく冷たい床に腰を下ろして足を開いた。
「それじゃ……押していきますね。んっ……しょ……」
まずはゆっくりと優しく前後に押してくれる。身体が固いとサッカーに限らずスポーツ全般においてケガに繋がると言われている。だから俺も風呂上がりに柔軟をするように心がけている。楓さんに見られないようにこっそりとだけど。
「勇也君、意外と身体柔らかいんですね! もっと押しても大丈夫ですか!?」
「大丈夫だけど、なんでそんな嬉しそうなの? あくまで柔軟だからね? 軟体動物か確かめようのコーナーじゃないからね?」
わかってますよぉ、と言う楓さんの満面の笑みは不安の種でしかない。ジト目を向けるが楓さんは笑って誤魔化すばかりで埒が明かない。心の中でため息をつきながら前を向いた。
「いきますよぉ……えいっ!」
不安的中。楓さんは容赦なく俺の背中に全体重をかけて押し込んできた。そうなると必然的に俺の身体は床にべったりと貼り付くことになるわけだが日々の成果かさほど痛みは感じない。むしろ背中に柔らかい感触が伝わって来てやばい。
『なぁ……俺達は今授業中だよな? 間違いなく体育の授業中だよな? それなのにどうしてメオトップルぶりを見せつけられてるんだ?』
『吉住の野郎……楓さんのおっぱいを背中で堪能しやがって……見ろよ、あの蕩けた顔を……許せねぇ』
『そろそろ処そう? ねぇ、そろそろ処そう? 俺の右手が火を噴くぞ!』
案の定男子生徒達の怨念の声とか殺気のこもった視線が突き刺さるがそれを気にしているだけの余裕はない。
「あ、あのですね、楓さん。その……当たっているんですけどわざとですか?」
「フフッ。もちろん……わざとですよ?」
耳元でふぅと息を吐くの禁止! ここは家じゃないんだよ!? 学校だよ! 今が授業中だってことを忘れそうになるんですけど!
「楓さん、いい加減にしないと俺もおこ—――ぐはっ!?」
怒るよ、と言いかけたところでバスケットボールが剛速球で飛来して頭に直撃した。楓さんを巻き込むことなく俺をピンポイントで狙うとは大したコントロールだな。だがそのおかげで犯人はわかったぞ!
「ごめんね、吉住。殺気で手が滑っちゃったよ。わざとだけど許してほしいな」
下手人は予想通りバスケ部二年生エースの二階堂だった。ウォーミングアップで身体が火照っているのかジャージのファスナーを下ろしている。
キラキラと額に汗を滲ませながら腰に手を当てて呆れた顔で近づいてくる隣の席の友人に俺は叫んだ。
「二階堂! 楓さんに当たったらどうするんだよ!? 一大事だぞ!?」
「えっ、突っ込むのはそこなの? もっと他に文句をいうところはあると思うんだけど……」
どうしてそんな呆けた顔をするんだ! もちろん、殺気で手が滑って俺にボールをわざと投げつけてきた件については後で問いただすつもりだけど、それよりも大事なのは楓さんに当たるかもしれなかったことだ! あざでも出来たらどうするんだ!?
「大丈夫だよ、吉住。ちゃんとキミに当たるように投げたから。こう見えて私、コントロールはいいんだ。一葉さんに当たることは万が一にもないから」
「その無駄に爽やかで自信満々のスマイルはやめろぉ!」
キラッ、とはじける笑顔はまさに王子様。会話の内容を知らない笑顔だけを見たクラスメイトの女子たちが色めきだっているじゃないか! 男子生徒? 怖いので見たくないです。
「授業中なのに一葉さんとイチャイチャしている吉住が悪いんだよ? 挙句の果てには一葉さんにむ、胸を押し当てられてデレデレして……最低」
そっぽを向いて頬を赤らめながら二階堂は言った。いや、俺は悪くないのにどうして最低とか言われないといけないんだよ。解せぬ。ただ、時々見せる二階堂の照れた姿はイエローカードだな。男女問わずに心臓を抑えてうずくまっている。これがギャップ萌えか。二階堂、恐ろしい子。
「わ、私だって……大きんだぞ……」
チラチラと視線だけを向けながら小声で何か言ったようだが聞き取れなかった。何を言ったか聞き返そうとしたら、
「勇也君、大丈夫ですか!? 頭にたんこぶはできていませんか? 頭部外傷は危険なので今すぐ保健室に行きましょう! そうしましょう! もちろん私が付き添いますから!」
突然の襲撃に硬直していた楓さんがようやく動き出してつま先立ちになりながら俺の頭をさすり始めた。
「大丈夫だよ、楓さん。もうそんなに痛くないから」
「本当ですか!? それならいいんですけど……それと、二階堂さん」
一転して楓さんの声音と身体から発せられる雰囲気に凛とした静けさのようなものが宿った。この感じは俺の家に初めて来てタカさんと対峙した時と同じだ。
「ボールを死角から投げつけるのは危ないですよ? 言いたいことがあるなら直接言えばいいと思います」
「……そうだね、一葉さんの言う通りだ。ごめんね、吉住」
素直に頭を下げる二階堂。いや、別にそんな真面目に謝られると逆に困るというかなんというか。
「でもね、一葉さん。言わせてもらうけどここは学校で、今は仮にも授業中だよ? それなのにさすがにイチャイチャしすぎじゃないかな?」
二階堂の至極もっともな正論に思わず口ごもる楓さん。いや、そこで言葉に詰まるってことは自覚があったんですね。二階堂は追い打ちとばかりに言葉を続ける。
「吉住のことが大好きなのはいいけど、束縛しすぎるのもよくないと思うよ?」
「わ、私は勇也君を束縛なんてしていませんよ!? えぇ、していませんとも!」
あれ、俺は楓さんのおかげでくそったれ両親が残した借金から解放されたんだよね? 肩代わりしてもらう条件で同棲するようになったはずだ。それは他人からすれば束縛に近いものかもしれないが、俺からしたら楓さんは救世主であり女神様だ。
「そ、それに! 私と勇也君は相思相愛で将来を誓い合った仲です! 離れたりなんかしません!」
「その正妻の余裕がいつまで続くか……鳶に油揚げを攫われたけど、油断していると取り返されるかもしれないよ?」
ぐぬぬと唸り声をあげる楓さんは背後に龍を。どこか余裕綽々の二階堂は背後に虎を携えてバチバチと火花を散らしている。
「決着はこのあとのバスケの試合でつけましょう! 私、負けません!」
「フフッ。いいとも。私の実力、見せてあげるよ」
何故か楓さんと二階堂のバスケ対決が行われることになり、クラスメイトのテンションは一気に最高潮へと達した。
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