第84話:梨香ちゃんはどっちの言葉を信じますか?
いつもなら電車で移動するのだが、今日は梨香ちゃんが一緒なので宮本さんにお願いして車を出してもらった。楓さんが電話するとすぐにやって来たので驚きの速さ。一体普段はどこで何をしているのだろうか。
「それは……禁則事項に抵触するのでお答えできません」
宮本さんは未来人だった。いや、そうじゃなくて! 楓さんがクスクス笑っていることからネタを仕込んだのはこの人なのは間違いない。俺は若干呆れながらため息をつき、隣でお雛様のように大人しく座っている梨香ちゃんに声をかけた。
「どうしたの、梨香ちゃん? 具合でも悪いの?」
出発する直前まで梨香ちゃんはテンション高めに絶賛放送中の仮面のヒーローの魅力を語っていた。俺は令和最初のライダーは何となくしか知らなかったが、梨香ちゃんの話では結構面白いらしい。特に二人目の戦士がカッコイイのだとか。
とまぁそんな感じで熱弁をしていた梨香ちゃんだったのだが、それが車に乗った途端に別人のように大人しくなった。車酔いとかしてないよな?
「ち、違うよ、勇也お兄ちゃん。こんな綺麗な車に乗ったのは初めてだから緊張してるんだよぉ」
意外だな。梨香ちゃんくらいの子供なら緊張ではなくてむしろはしゃぎそうなものだが。かく言う俺も訳が分からないままこの高級外車に乗せられた時は戸惑ったけどな。
「フフッ。そう言えばあの時の勇也君も最初は借りてきた猫ちゃんみたくぶるぶる震えていましたよね。でも大丈夫ですよ、梨香ちゃん」
楓さんは微笑みながら梨香ちゃんのことを優しくぎゅっと抱きしめると頭をナデナデした。その姿はまるで聖母のような尊さを感じさせた。
「あの時も緊張している勇也君をこうやってナデナデしたら落ち着いたんです。だから梨香ちゃんもこれで―――」
「さらっと記憶を捏造するのはやめてもらえませんかねぇ!? どちらかと言えば楓さんは緊張する俺を見て笑っていただけだよねぇ!?」
前言撤回だ。聖母のように見えたけどそれは偽りの姿。本性は相変わらずのからかい上手の楓さんだ。しれっと梨香ちゃんに嘘をつくな!
「笑ってなんていませんよぉ? 梨香ちゃん、勇也君がイジメてきますぅ」
「イジメてきますぅ、じゃないでしょう!? 俺が震えているのをクスクス笑って見ていたじゃないか! あれを嘘だと言わせないぞ!」
生まれてからこれまでの人生の中で、話でしかその存在を聞いたことがなかった高級外車に突然乗せられた。それで震えない奴がいたらそれは相当な強メンタルだな。残念ながら俺はそこまで図太い神経を持ち合わせていない。
「ねぇ、梨香ちゃん。梨香ちゃんは私と勇也君の言葉ならどっちを信じますか? もちろん私ですよね?」
聖母様のような微笑みを浮かべながら梨香ちゃんのことをなで続ける楓さん。うん、仲の良い美人姉妹だな。梨香ちゃんは将来絶対にモテるな。
「んぅん……と。か、楓お姉ちゃんかな?」
「嘘だろっ、梨香ちゃん!? 俺より楓さんの言葉を信じるのか!」
「さすが梨香ちゃんです! 若干疑問形なところが気になりますがそれでもお姉ちゃんは満点を上げちゃいます! そうだ! お礼に欲しいグッズああったらなんでも買ってあげますからね!」
うりうりと楓さんに頬ずりされながらも嫌がるそぶりを見せるどころかむしろ嬉しそうにする梨香ちゃん。わかる、わかるよ。楓さんの頬っぺたには魔性の力が宿っているからね。ぷにぷにと触るだけで癒される。
「なんですか、勇也君。羨ましそうな顔をしていますが、もしかして私に頬ずりして欲しんですか?」
「あぁ……勇也お兄ちゃん……楓さんの頬っぺたは人のダメにする頬っぺただよぉ……パパとは大違いだよぉ」
あっという間に梨香ちゃんがだらしない顔になってしまった。あと楓さんと比べる対象がお父さんであるタカさんなのはさすがに可哀そうだよ。タカさんの頬はきっと髭でジョリジョリだろうからすりすりされても痛いだけだよね。
「フフッ、仕方ないですね。今は梨香ちゃんが最優先なので勇也君には夜にしてあげますから我慢してください」
「べ、別に羨ましくなんかないんだからね! 頬ずりもいいけど、夜はいつものようにキスが出来たらそれでいいんだからね!」
「も、もう勇也君! 梨香ちゃんがいるんですから自重してください! 梨香ちゃんがお泊りしている間は我慢するって決めたじゃないですか!」
うっかり口から本音が出てしまった。確かに楓さんと梨香ちゃんの前ではキスとか耳舐めとかしないって約束したのに! 我慢するために昨夜はキスマークをつけたのにすっかり忘れていた。
「で、でも。勇也君がどうしてもって言うなら……ちゅー、しましょうね? もちろん梨香ちゃんが寝た後で。いつものように、濃厚なちゅーを……ね?」
「……楓お姉ちゃん、それを今、私がいるのに言うのはおかしくないかな?」
全く持って梨香ちゃんの言う通りである。
「さすがメオトップルと言われるだけのことはありますね」
運転手の宮本さんがここにきて初めて口を開いた。しかもどうしてあなたがメオトップルって言葉を知っているんですか!?
「そんなことよりお三方。そろそろ到着します。飲み物などを買う時間を考えたらさほど余裕はありませんのでお急ぎください」
楽しい楽しいドライブの時間は終わり、その代わりにやって来たのは待望の映画鑑賞の時間だ。
「グッズは終わってからゆっくり観るとして、飲み物とか買う時間を考えれば確かに余裕はありませんね。勇也君、梨香ちゃん。何か食べたい物はありますか?」
プレゼントした時計を見ながら楓さんが尋ねてきた。俺と梨香ちゃんはアイコンタクトをして小さく頷き、呼吸を合わせて同時に質問に答えた。
「「コーラとポップコーン! 味は塩!」」
映画にはこれがないと始まらない!
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