第146話:帰ったら覚悟してくださいね?
「勇也君!! すごく、すごく、すご―――く!! カッコよかったです!!」
「ありがとう、楓さん。嬉しんだけど、まずは離れてくれるかな? 周りの視線で残り少ない俺のライフが根こそぎ削られるから」
試合が終わってグラウンドから引き上げると、楓さんが満面の笑顔で飛びついてきた。応援のお礼に頭を撫でたのだが、そのせいで抱きしめる力も強くなり、猫のように胸に頬をスリスリし始めた。
「楓……吉住が大好きなのはわかるけど今は離れてあげたら? 試合終わりで疲れているだろうからさ」
幸せだけど恥ずかしくて死にそうになっている俺を助けてくれたのはやれやれと呆れた顔をした二階堂だった。その隣には真っ赤な顔をした結ちゃんもいる。ちなみに大槻さんは伸二の頭を撫でまわしているのでこの場にはいない。
「二階堂先輩の言う通りだよ、楓ねぇ。さっきまで試合をしていたんだから吉住先輩を休ませてあげないとダメだよ!」
「うぅ……それもそうですね。ごめんなさい、勇也君」
「あぁ……いや、楓さんが謝ることじゃないよ」
好きな人に密着されて嬉しくないはずがない。ただ今は二階堂や結ちゃんの言うようにへとへとだし、何なら汗も結構かいているから申し訳ない。
「お疲れさま、吉住。タオルで汗拭いて、これでも飲んで一息いれなよ」
ほいっと二階堂から投げ渡されたタオルとスポーツドリンクを受け取る。ドリンクは冷たい上に未開封だった。わざわざ自販機で買ってきたのか? よく見たら二階堂の額に汗が滲んでいるような?
「気のせいだよ。それよりも! 優勝おめでとう、吉住。同点のシュートに日暮へのパス、すごくカッコよかったよ」
「アハハ……ありがとう。もう一度同じことをやれって言われてもできるかはわからないけどな」
タオルで汗を拭いながら俺は苦笑いしながら答えた。背面からくるボールを感覚と気配を頼りにDFをかわしながら収めてシュートに持ち込めたのも、囲まれながら伸二へ繋いだラストパスも奇跡のようなプレーだった。二度と同じことはできないだろう。
「それでもすごかったよ。なんていうのかな。試合終了の笛が鳴った時……その、すごく感動した。それこそ泣きそうなくらいにね」
そう言ってニコッと笑う二階堂の頬には朱が差していて、不覚にもドキッとしてしまった。王子様だと思っていたら実はお姫様でした、なんて漫画やアニメがあるが、まさに今の二階堂はそれだ。ギャップが激しすぎるぞ!
「失礼だな。前にも言ったと思うけど、私だってお姫様願望があるんだよ? まぁ吉住に言ってもわからないだろうけどね」
腕を組み、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く二階堂。だが耳まで真っ赤になっていることから相当恥ずかしいのかもしれない。
「ぐぬぬぬ…………!」
「か、楓ねぇ! 落ち着いて! お願いだから落ち着いて! またサバ折りになっちゃうから! ヘルプ! ヘルプミーです吉住先輩!!」」
必死の助けを求める結ちゃんの声がしたので振り返ると、いつぞやのように楓さんが結ちゃんを思いっきり抱きしめていた。しかも頬はフグのように膨れており、涙目で俺のことを見つめているというおまけ付き。
「ねぇ、吉住。楓はね、私を含めてみんな負けるかもって思っているのに一人だけ信じていたんだよ。吉住達が勝つってことをね」
「あ、哀ちゃん!? いきなり何を言い出すんですか!?」
「あの絶対的な信頼は本当にすごいと思ったね。特に『勇也君は誰よりも諦めない強い心を持っている人です』からの『私の大好きな人はそんな弱い人じゃない!』は痺れたよ。愛されているね、吉住」
全部は聞き取れなかったけど最後の言葉だけはしっかりと聞こえた。楓さんの涙混じりのあの声があったから、俺は奇跡を起こすことが出来たんだと思う。楓さんがいなかったら、この勝利はなかったと断言できる。
「ありがとう、楓さん。勝てたのは楓さんのおかげだよ」
近づいて、もう一度頭をポンポンと撫でると一瞬でオーバーヒートを起こし、ゆでだこのように顔を真っ赤にする楓さん。拘束が緩んだ隙をついて結ちゃんは二階堂のもとへと逃げて行った。
「私の大好きな勇也君なら絶対にあきらめないって信じていました。だから気付いたら言葉に出ていました」
そう言って恥ずかしいのを誤魔化すようにえへへと笑う楓さん。あぁ、本当に可愛いなぁ。と思うと同時に愛おしいとも思う。もしここがグラウンドではなく家だったら、何も言わず抱きしめていたことだろう。それくらい、楓さんの言葉が嬉しかった。だから気持ちを込めて優しく頭を撫でようと思う。これが今できる精一杯だ。
「あ、あの……勇也君? なでなでしてくれるのは嬉しいんですけどなぜ無言なんですか? 何か言ってくださいよぉ」
「…………」
俺はただひたすら、ありがとうと大好きだよ、という気持ちを込めて楓さんの頭を撫で続けた。最初は戸惑っていた楓さんだがすぐに諦めてされるがままになった。だが表情は柔らかく、口元は緩んでいる。
「……二階堂先輩。私達は何を見せられているんですか?」
「いいかい、結。考えたら負けだよ。二人の世界に入った以上、私達にはどうすることもできないんだ。放っておいて着替えて帰る準備をしよう」
「……そうですね。はい、そうしましょう……にしても、楓ねぇ幸せそうだなぁ」
結ちゃんと二階堂達が離れていく。気が付けば伸二達も退散を始めていた。このままでグラウンドに取り残されてしまう!
「楓さん。そろそろ俺達も帰る準備をしよう。置いてけぼりをくらいそうだよ」
「んぅ……もう少し……もう少し堪能させてください」
離しませんとばかりに手を掴み、猫なで声で甘える楓さん。それはそれで可愛いから困るのだが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
「か、帰ったらいくらでもしてあげるからさ。今はいったん帰る準備をしよう? ね?」
「……ふっふっふっ。その言葉を待っていました! 言質は取りました! お家に帰ったら覚悟していてくださいね?」
「覚悟……だと? いったい何をさせるつもりなんですか?」
「それは……フフッ。帰ってからのお楽しみです!」
一気に不安になった瞬間である。
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