第145話:奇跡は起きるものじゃない。起こすものだ

「―――私の大好きな人はそんな弱い人じゃない!」


 両手に膝をついて汗を拭っていると、大好きな人の声が聞こえた。俺のことを絶望に屈しない強い心を持っている素敵な人だと言ってくれた大好きな人の声。


 後半開始から20分が過ぎた。スコアは1対2で負けている。杉谷先輩達は攻撃の手を緩めることなく、もう一点を奪いに息の根を止めに来ている。3点目は奪われまいとみんなで必死に守っているが、いつ限界が来てもおかしくない。


「頑張って、勇也君! 頑張れっ!!」


 楓さんが頑張れって言っている。なら、それに応えないといけないよな。荒れ狂う呼吸を整えるために大きく深呼吸をする。肺に新鮮な空気を送り込み、身体の中に流れる疲労をすべて吐き出す。


 さぁ、ここから奇跡を起こすぞ。


 相手選手のシュートが大きく外れてゴールラインを割った。俺達のボールからゲームを始めることが出来る。ここで一発勝負に出る。


「―――伸二! 回せぇっ!!」


 相棒に向けて声を張り上げると同時に俺は走り出す。相棒は俺の意図を瞬時に悟り、キーパーに強い口調でボールを要求して、敵陣深く目掛けて大きく蹴りだした。


「カウンターが来るぞぉ―――――!! 戻れぇ!!」


 堅守速攻と言えば聞こえがいいが、俺達が選んだのは単純なロングパス。試合終盤でどうしても点が欲しい時にしばしば行われる戦術。いわばパワープレー。


 3点目を狙った押せ押せムードになっていることで生じた油断と隙。そして攻め疲れによる咄嗟の判断の遅れを突く。長い距離のパスはどうしても精度は落ちるが、相棒を信じて全速で駆け上がる。


 ゴールは目前。立ちはだかるのは杉谷先輩を含めたDFディフェンダー4人とキーパーの計5人。空高く舞っていたボールの気配を背中に感じる。


「やらせるかぁぁぁぁぁぁああ!!!」


 杉谷先輩が詰めてくる。先制点を決めた時と似ているが状況としてはこちらが不利か。なにせ今回はまだ俺の足元にボールは収まっていない。それどころか視認すらしていないのだ。


 落ちてくるボールを収めても杉谷先輩が距離を詰めているのでドリブル突破を仕掛けようにも時間がかかる。時間をかければ相手選手が守備に戻ってくるので囲まれる。そうなれば万事休す。


 だから俺がとる選択肢は一つ。信じろ、相棒を。


「―――嘘だろ!?」

「さすがだ、相棒」


 ドンピシャリ。杉谷先輩をかわしながら軽くジャンプして、地面において弾んだボールを右足で触りながら前へと送り出し、勢いそのままに右足を鋭く振りぬく。


 誰一人として一歩も動けず。俺が放ったシュートはゴールネットを大きく揺らした。これで同点。残り時間はあと5分。もう一点取るには十分な時間が残されている。


「勇也ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 君って奴は! 君って奴は!!」

「あと一点! あと一点取って試合を決めるぞ、伸二!」


 髪をわしゃわしゃとかき乱してくる伸二の手を払いながら、俺は力強く言った。もちろん、と頼もしい答えを貰って俺達は自陣へ戻る。


「さすが吉住だな。俺達も負けてられねぇなっ!」


 疲労の色は濃いが茂木の声には活力がある。彼だけではない。みんなの目にはまだ闘志が残っている。これなら最後まで戦える。


「でもどうする、勇也。今みたいな手はもう使えないよ?」

「そうだな。残り時間は5分。杉谷先輩達も総攻撃を仕掛けてくるだろうな。だから……そこを逆手にとる。作戦は―――」


 作戦を伝えて定位置へ着いたのだが、みんな腰を沈めて臨戦態勢を取っている。やる気になってくれるのは嬉しいが露骨すぎる。もっと隠せ。


 試合再開の笛が鳴った。案の定、杉谷先輩達はキーパーを残してすべて選手で攻めてきた。俺達が選んだのは―――


「オラァァァアア!!」

「―――!?」


 仲間の一人が威嚇しながらボールを持っている選手に突撃する。慌てて味方にパスを出すが、出した先にも俺の仲間が詰め寄る。それも一人ではなく二人がかりで。


「この時間でプレスをかけてくるだぁ!?」


 杉谷先輩達が再三にわたって俺達に仕掛けてきた戦術。攻めの守備ともいえるプレス。それを足が止まりそうになる最終盤に仕掛ける。ロングパス同様に意表を突く作戦だが、当然のことながらリスクは大きい。


 不用意な接近は相手に技術があれば容易にかわされてしまう。かわされたらそこにスペースが生まれるので隙となる。でもこの一番疲れている時間でのプレスならどうだ? 判断力も低下し、パスの精度も落ちる。そこに付け入る隙が生まれる。


「よ―――こ―――せぇ―――!!」


 鬼気迫る表情で茂木が突撃を仕掛けた。野球部で鍛えられた大きな身体が迫ってきたことで慌てたのかパスが乱れる。そこをうちの司令塔は見逃さなかった。懸命に足を伸ばして軌道に割り込み、ボールを奪うことに成功した。その位置は中央付近。


「上がれぇぇぇぇぇぇぇ――――!!」


 伸二が叫ぶと同時に俺達二年二組の選手たちが敵陣目掛けて一斉に走り出す。これが最後の攻撃になるはずだ。ならここで命を燃やさないでどこで燃やす!


「吉住だぁ! 吉住を抑えろ! 他は無視していい!! 吉住を潰せぇ!」


 杉谷先輩の鋭い指示が飛ぶ。仮にもサッカー部の後輩に対して潰せとはひどいことを言うだんなと思うが、それだけ先輩も本気ってことだ。


「これ以上お前の見せ場は作らせねぇ! お前は俺がきっちり抑える!」


 伸二からのパスを受けた時にはすでに距離を詰めていた杉谷先輩が目の前にいた。続いて二人の選手が合流して三人に囲まれる。計算通りだ。


「最後に決めるのは俺じゃないですよ、先輩」

「―――!?」


 決めるときに決める。それはシュートだけに限ったことではない。ここ一番での繰り出すパスも同様だ。


 柔らかくふわりと浮かせたボールが杉谷先輩達の頭上を越えていく。それを目で追った先にいるのは俺の相棒。俺にパスを出した瞬間からこうなることを予測して、全速力で駆け上がり、裏へと抜け出したのだ。


「ナイスパスだよ! 勇也!!」


 ゴールを守るのはゴールキーパーのみ。この局面が完成した時点で勝負は決まった。俺を抑えることに終始して、伸二を見逃したキャプテンのミス。


 伸二が右足を振りぬき、三度ゴールネットが激しく揺れた。


「「「うおおおおおおっぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!!!」」


 歓声が沸き上がる。その中には楓さんや二階堂、大槻さんと結ちゃんの声も混じっていた。


「やったよ!! やったよぉ勇也ぁ!!」

「最高のゴールだったぞ、伸二!」


 決勝点をたたき出した伸二が勢いと興奮そのままに飛びついてきた。しっかりと抱き止めて、先ほどのお返しとばかりに決勝点を決めたヒーローの頭を撫でる。


 そして試合終了の、歓喜のホイッスルがグラウンドに鳴り響く。


 球技大会男子サッカー決勝戦は、3対2で俺達二年二組の優勝で幕を閉じた。

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