第144話:私の大好きな人ならきっと……!
「もう大丈夫みたいだね、勇也」
ベンチに戻ると、伸二が肩をポンと叩きながら声をかけてきた。ニヤついた顔が無性に腹が立つなぁ。というかもしかして気付かれていたのか?
「後半もきっとチャンスは少ないと思うけど、その時がきたらきっちり決めてよね?」
「あぁ。任せておけ。必ず決める。決めてみせる!」
「気負い過ぎて空振りしないでよね? あ、もしかしてフラグ立ったかな?」
おい、伸二。これから後半が始まるって時に不吉なことを言うんじゃないよ! でも、楓さんから貰ったパワーが強すぎたからちょうどいい具合に肩の力が抜けたかな。
「吉住……その……頑張ってね! 負けたら承知しないから!」
「ありがとう、二階堂。しっかりきっちり決めてくるからまぁ見てろって」
二階堂がどこか安心した顔でこくりと頷いた。続いて結ちゃんが笑顔でサムズアップをしながら、
「吉住先輩! ガツンと! ガツンと決めて来てくださいね!」
「おう! ガツンと一発決めてくるぜ!」
それに釣られて俺もサムズアップを返す。ふと楓さんを見ると慈愛に満ちたほほえみを浮かべてただ静かに頷いていた。信じています、そう心の声が聞こえた気がした。
「そろそろ行くよ、勇也。頑張ろうね」
「あぁ! この試合、勝つぞ!」
コツンと相棒と拳を合わせて再びグラウンドに立つ。相対する杉谷先輩の表情に笑みはなく、口は真一文字に閉じられており、お調子者なキャプテンとは思えないくらい真剣なものだった。普段の試合もこれくらいの気迫を見せてくださいよ。
「吉住ぃ……お前だけは……お前だけは絶対にぃ……許さない!」
「す、杉谷先輩? どうしたんですか?」
「どうしただとぉ!? 全部お前が悪いんじゃぁ! ハーフタイム中に一葉さんとイチャイチしやがって!! 俺だってなぁ……俺だって彼女から頭ナデナデされたいんだよぉ!」
いや、杉谷先輩。あなた彼女いないですよね? というか水飲み場で楓さんに頭を撫でられていたのを目撃されていたのか? グラウンドの端だから誰も気にしないと思ったんだけど。
「気付くに決まっているだろうが! 一葉さんがタオルをもってお前の後ろを追いかけていたんだぞ!? そうしたら突然ストロベリーな空間を作りやがって……ちくしょう! 絶対に許さねぇかんな!」
これから試合が再開されるというのに早くも悔しそうに地団駄を踏む杉谷先輩。さすがの伸二もやれやれとあきれ顔をしている。それはアホなことを言っている杉谷先輩に対してのあきれ顔だよな? 俺に対してじゃないよな?
「この恨み……晴らさでおくべきか……!」
杉谷先輩が恨み言を言い残してポジションへ着く。泣いても笑ってもこの30分ですべてが決まる。
ピィィィィィイイ――――――
相手ボールでキックオフ。絶対に勝つ!
*****
後半も残り10分。スコアは1対2で私達のクラスが負けている。勇也君も必死にグラウンドを走っているけど、守備に追われて中々攻撃できずにいた。
「か、楓ねぇ……これ、もしかしなくてもやばいよね? このままだと負けちゃうよね!?」
結ちゃんが不安な顔をして私の裾を掴んできた。気持ちはわかるよ。この決勝戦まで勇也君達は圧倒的な強さで勝ち進んできた。だからこの試合もきっと勇也君が大活躍してすんなり勝つと思っていたのにまさかの大苦戦が信じられないんだと思う。
「結ちゃん、まだ諦めるような時間じゃありません! しっかり、最後まで応援しましょう!」
「そうだよ、結。気持ちはわかるけど、応援している私達が下を向いたらダメだ。吉住や日暮、誰一人として諦めていないんだから」
「シン君とヨッシーならここから奇跡の逆転劇を見せてくれるよ!」
哀ちゃんは唇を噛み締めながら、秋穂ちゃんは無理やり作った笑顔で、それぞれ結ちゃんを励ます。でもきっとその言葉は挫けそうになる自分の心を奮い立たせる意味もあるはずだ。
「でも実際のところ、相当苦しいのは間違いないね。まずボールをキープできないのが厳しい。日暮と吉住を徹底マークしてパスを貰えなくしている。かといってあの二人がいないとまともな攻撃はできない……さすが、腐ってもサッカー部の主将だね」
クソッ、と舌打ちをする哀ちゃんの言う通り、勇也君と日暮君へのパスが完全に封じられている。それが苦戦している最大の要因となっている。かといって自陣近くでボールを受け取っても敵陣に到達する前に囲まれて奪われてカウンターの餌食になってします。これでは―――
「ジリ貧だよ……どうしよう、楓ねぇ! このままだと吉住先輩達が負けちゃうよ!? あんなに毎日頑張っている吉住先輩が負けなんて……私観たくないよ……」
「結ちゃん……」
うぅと涙をこぼして抱き着いてくる結ちゃんの背中をさする。これが勝負である以上、勝者と敗者は必ず生まれる。そして勝つために毎日努力しても、必ずしもそれが報われるわけではない。でも―――
「大丈夫。勇也君なら、きっと大丈夫です。勇也君は誰よりも諦めない強い心を持っている人です。試合終了の笛が鳴るまであの人は立ち止まったりはしません。私の大好きな人はそんな弱い人じゃない!」
ぼやける視界で私はグラウンドを見つめる。涙を流すのは試合が終わってから。それまでは必死に応援する!
「頑張って、勇也君! 頑張れっ!!」
祈るような声援がグラウンドに響き渡る。ふぅと大きく息を吐いてから天を仰いだ勇也君。その口元には笑みがあった。あぁ、やっぱり。私の大好きな人はまだ諦めてはいなかった。
そして、ここから試合終了の笛が鳴るまで、勇也君の独壇場が開幕する。
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