第115話:宮本さん家の結さん

 学校のある最寄り駅から楓さんと手を繋いで歩いているといつも以上に視線を感じた。その要因となっているのは今日から登校を始めた新入生達だ。


 みんな日本一可愛い女子高生に選ばれた楓さんに見惚れて息を飲んで立ち止まっている。在校生の様に俺に対して憎悪や殺意が向けられていないのは救いではあるが、願わくばずっとそうであってほしいものだ。


「…………」

「どうしたの、楓さん? キョロキョロしているけど誰か探しているの?」


 隣にいる楓さんがまるで何かを警戒するかのように忙しなく視線を動かしている。見えない敵に追われているスパイ映画の主人公でもあるまいし。


「いえ、そういうわけではないんです。勇也君は誰にも渡しませんという私なりの警告を飛ばしているだけです」

「……はい?」


 思わずアホな声で聞き返してしまった。この状況でどうしてそんな発想になるのかわからない。視線の矛先は俺ではなく楓さんに集中しているからそのセリフは俺が言うべきものだ。


「勇也君、前にも言いましたがあなたはもっと自分の魅力に気付くべきです! その証拠に、新入生の女の子の視線は勇也君に向いているんですから」


 腕に組みつきながら上目遣いで楓さんが言った。いやいや、俺のことを新入生の女子が見ている? ハハハ、そんな馬鹿な。仮にそうだったとしても楓さんの隣にいるあの男は何だっていう意味じゃないか?


「違います。私にはわかります。あの目は私と同じ目をしています。そして聞こえてくるんです。『うわぁ……あの男の人カッコいい……』という彼女たちの心の声が!」


 警戒心むき出しの猫のように周囲に目を配る楓さん。残念ながら俺には道行く新入生たちの心の声は聞こえないので楓さんの言っていることがいまいちピンとこない。


「きっと今日から始まる部活勧誘できっと大変なことになると思います。勇也君目当てに女子が殺到です。これは由々しき事態です……」


 一人で唸る楓さんだが、果たしてそんなことが起きるだろうか。と言うか俺や伸二の所属しているサッカー部に女子が集まっても困るだけだ。むしろ男子プレイヤーに来てもらわないと困る。


「今日も朝から見せつけてくれるね、吉住」


 ポンと肩を叩かれて振り向くと笑顔を浮かべた二階堂がいた。相変わらず朝から爽やかだなぁ。

 だが二階堂の登場により周囲がさらにざわつき始める。そうだよな。日本一可愛い女子高生の楓さんに『明和台の王子様』なんて呼ばれている男子よりイケメンな二階堂が加われば漫画みたいな世界になるよな。ところで二階堂。楓さんとはおはようとあいさつを交わすのに俺にはないのか?


「ハハハ。拗ねないで、吉住。そんなことより、仲睦まじいのは良いことだけど新入生の目には毒だよ?」

「確かに、もし俺が新入生の立場でとんでもなく可愛い女の子の先輩が男と一緒に並んで歩いていたら殺意を抱くな」

「……それは女子の立場からしても同じことが言えるんだけど……一葉さん、もしかしてこいつ、わかってない?」

「そうなんです。二階堂さんの言う通り、勇也君は自分のことを過小評価している節があって……」


 それは難儀だね、と苦笑いをする二階堂とため息をつく楓さん。いや、だからどうしてそういう話になるんだよ。二人して俺をからかっているのか?


「頑張ってね、一葉さん。って言っても吉住はあなた一筋だから何の問題もないと思うけどね」


 それじゃまた後で、と言い残して二階堂は走り去っていった。鞄を肩に担いでさっそうと駆ける後ろ姿は美しいの一言に尽きる。写真に収めてコンテストに応募すれば優勝賞を獲得できるんじゃないか? もちろん最優秀賞は楓さんの笑顔だけど。なんちって。


「もう……勇也君てばいい過ぎですよ。それに私の笑顔は勇也君だけのものですよ? なんちゃって」


 てへっと笑う天使がそこにはいた。ここが通学路じゃなかったら今すぐにでも抱きしめて気が済むまで頭をナデナデしたい。


「フフッ。ならそれは家に帰ってからのお楽しみということにしておきますね!」


 まぁ楓さんとじゃれつくのは日常茶飯事だから改めて口にすることでもないんだけどね。でも帰ってからの楽しみが出来るのは一日頑張ろうってやる気が出るから良いものだ。


 ようやく校門が見えてきたその時―――


「―――楓ねぇ!!」


 響き渡る透き通った声で楓さんの名を呼びながらこちらに駆け寄ってくる一人の女子生徒。朝の陽ざしを浴びて瞳に浮かべた水滴が輝きを放っている。勢いそのままに楓さんの胸に飛び込んだ。


「やった会えた……やっと会えたよぉ……! もう一生会えないかと思ったよぉ!」


 楓さんの胸の中で涙を流す女子生徒。新入生だと思うが、楓さんのことを知っていてここまで親しいということはもしかして彼女が例の―――?


「もう。相変わらず結ちゃんは大袈裟なんだから」


 苦笑いをしながら可愛い妹分を撫でる楓さん。やっぱりそうか。この子が宮本さんの一人娘で明和台高校に入学した結ちゃんか。


 子犬の様に楓さんに頬ずりをしている結ちゃんはまるで子犬のようだ。一つ結びのポニーテールが尻尾の様にぶんぶんと揺れている。楓さんに比べると背が低く、体つきも幼さが残っているがそれは楓さんがすでに完成された女神様なだけであってこれが普通だ。決して幼児体型ではない。


「えへへ。楓ねぇに頭を撫でてもらう久しぶりで嬉しいなぁ。そしてこの胸は最高だよねぇ。たまらねぇぜ」


 あれ、想像していたイメージと違うぞ? 酔っぱらいの中年オヤジのような発言をしているが大丈夫か? しかも口元がかなりだらしない。というかその場を今すぐ代わってくれないか?


「ところで楓ねぇ。気になることがあるんですがいいですか?」

「いいですよ。でもその前に私の胸に頬ずりするのをやめてください」

「えへへ……ごめんごめん。だって楓ねぇのおっぱい柔らかくて気持ちいいんだもん」


 ポリポリと頭を掻きながらいったん離れる結ちゃんと頬を若干赤くしながらゴホンと咳払いをする楓さん。まぁ頬ずりしたくなる気持ちはわかる。あれは人をダメにする最高級のクッションのようなものだからな。一度埋もれたら抜け出しには鋼の意思がいる。


「では改めて。楓ねぇ、そちらにいらっしゃるイケメンさんは誰ですか?」


 こら、人を指差すんじゃありません。それをしていいのは名探偵だけです。

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