第116話:楓ねぇは私のだ!
俺のことを〝イケメン〟と称した新入生の頭を楓さんがこつんと小突いた。
「ダメでしょう、人を指差したら。この超絶カッコいいイケメンな男性は吉住勇也君。私の彼氏で未来の旦那さんです」
楓さん、その紹介はどうかと思うよ!? あとカッコいいとイケメンでは意味が被っているから付けるならどっちかにしてくれ。むしろどっちも付けないでくれ。ただ未来の旦那さんっていうのは嬉しいけどね。
「そして勇也君。もうお気づきかと思いますがこの子は
「は、初めまして! 宮本結です! 楓ねぇには小さいころからとーーーってもお世話になっていて私にとって本当のお姉ちゃんみたいな人です!」
満開の桜のようなはじける笑顔で楓さんの腕に抱き着く結ちゃん。だが気のせいか、表情は笑っているがその瞳は笑っていない。むしろ殺意のようなものを感じる。
「だから結ちゃんにとって勇也君はお兄さんのような存在になります。これから仲良くしてくださいね?」
「わかってるよ、楓ねぇ。楓ねぇの未来の旦那さんなら私にとっては義理のお兄さんみたいなものだし? な、仲良くするよ!」
すぅと俺の前に立った結ちゃんは右手を差し出してきた。俺の感じた殺気は勘違いだったのか?
「これからよろしくお願いします、吉住先輩!」
「あ、あぁ。こちらこそよろしく」
ぎゅっと握手を交わしたのだが、心なしか力を込めて握っていないか? 女の子の握力なので全然痛くないから気にならないけど。などと思っていたら結さんは顔を真っ赤にして歯を食いしばっていた。
「むぐぐぐ……これは手ごわい……だけど私は負けませんからね」
「……はい?」
「楓ねぇは私だけの楓ねぇです。絶対に渡しませんっ」
殺気増し増しで睨みつけながら楓さんには聞こえない小さな声でそう宣言すると結ちゃんは俺の手を解放した。そして再び楓さんの腕を取るとふにゃっとした顔になる。なんだよ、その早変わりは。変面師か。
「えへへ。楓おねぇと毎日一緒だぁ! 嬉しいなぁ!」
「こ、こら! 結ちゃん離れてください! 私は勇也君と手を繋ぎたいんです!」
「いいじゃん! 私だって楓ねぇと密着したいの! 中学の時まったく摂取出来なかった楓ねぇ成分を補充しないといけないだもん!」
楓さん成分ってなんだよ、とは問うたりはしない。なぜなら俺もその気持ちが痛いほどわかるからだ。課外合宿の時に数日間楓さんと一緒のベッドで眠れなかっただけで寂しかったからな。一度楓さんに包まれながら眠るとそれがなくてもはもう駄目な身体になってしまう。そういう魔力を秘めている。
「ゆ、勇也君! 助けてください!」
グイグイと結ちゃんに引っ張られていく楓さんは空いている手を俺に向けて伸ばすが救いの手を差し伸べることはあえてしなかった。久しぶりの再会なんだ。今日くらいは許してあげるのが大人の対応と言うやつだ。それに教室に行けば隣の席だしな。
「むむむっ。なんて余裕綽々な態度。やはり手ごわい」
「え? 結ちゃん何か言いましたか!? というかそろそろ離してください! 一年生の教室は三階でしょ? 私達とは階が違いますよ!」
さすがに新入生だけでなく在校生の視線も厳しくなってきた。結ちゃんは笑顔で楓さんのことを教室まで連行しそうだな。さすがにそれはまずい。俺は楓さんの手を取って半ば強引に引き寄せたら勢い余ってぽすっと俺の胸に抱き寄せる形になってしまった。やっちまった。
「もう……勇也君てば大胆ですね。お家まで待てませんか?」
「いや、そういうわけではないんだけどね。というかしだれかからないで。さすがに恥ずかしいから」
楓さんを離そうとしても腰に腕を回してきて離れようとしない。何が悲しくて新入生の教室近くでおしくらまんじゅうをしないといけないのか。けれどこうなってしまったらどう対処するのが一番か俺はすでに学んでいる。
「あぁ、それじゃ結ちゃん。一日頑張ってね。そろそろ行くよ、楓さん」
すなわちこの場は強引に引きずってでも歩き出すのが最適解である。楓さんの柔らかい身体と柑橘系の爽やかな香りを手放すのも勿体無いからな。その代わりに羞恥心を犠牲にしなければならないがまぁ今更だな。
「もう……もっと優しくしてくださいよぉ。あっ、それじゃ結ちゃんまた後でね! 高校生活楽しんでね!」
結ちゃんに手を振る楓さんをズルズルと力まかせに引きずりながら俺は教室目指して階段を上る。くっついているのはいいけどそろそろ自分の足で歩いてくれませんか?
「えへへ。だが断る!」
ドヤ顔で名台詞を吐く楓さんがあまりにも可愛かったのでしょうがないなぁと思ったが、その誘惑を断ち切り、頭にポンと手刀を落とす。
「……可愛いけどダメです」
「てへっ。わかりました。ここから先は自分の足で歩きます」
そうは言うものの、教室に着くまで楓さんが俺の手を放すことなかった。そのせいで偶然登校が被った伸二と大槻さんに朝から盛大にからかわれることになった。
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