第166話:的確なアドバイス

 楓さんがストライクを取った横で俺も同じくストライクを出すことが出来た。小さくガッツポーズをしながら席へと戻る。これを維持して最悪でも伸二に勝ち、楓さんと大槻さんに食らいついていくことが出来れば最下位にはならないはずだ。


「ナイスストライク、吉住!」


 チームメイトの二階堂が口元に笑みを浮かべながら手を上げて待ち構えていたのでハイタッチを交わした。さて、いよいよ真打の登場だな。本当に下手かどうかしっかり見させてもらうぞ。


「さすが勇也君、綺麗なストライクでしたね!」


 一息ついていると楓さんがずいっと距離を詰めながら話しかけてきた。ちょっと楓さん、このイスは一人用な上に家にあるものと違って小さいから一緒に座ることは出来ないですよ?


「私は気にしませんよ? むしろ少し狭いくらいの方が勇也君とくっつけるのでいいくらいです」


 そう話しながら腕を組んで密着して来る楓さん。右腕に感じる楓さんのたわわな果実の柔らかい感触。意識したらダメだ。意識したら集中することが出来なくなる。集中が途切れたらスコアに多大な影響が出る。


「フフッ。大丈夫ですよ、勇也君。もし勇也君が負けても罰ゲームはとても優しくしてあげますから」


 耳元で甘く囁かれて俺の心臓はますます鼓動を速くする。無視した方がいいのにどうしても気になってしまう。優しくするとはどういう意味なのか。


「勇也君への罰ゲームは特別に……私へのあ―んとカップルジュースの写真撮影で許してあげます。どうです、簡単でしょう?」

「うん、全然簡単じゃないしむしろ過去最大級のハードルの高さだな!」


 これは何としてでも負けられなくなった。あ―んならまだしも、カップルジュースは恥ずかしすぎる。カップルジュースっていうのは、グラスに入ったジュースを飲み口が2つに分かれた特殊なストロー(中心にハートがあるやつ)で飲むことをいうんだよな?


 楓さんと二人きりの時で飲むのならまだしも、伸二や二階堂、大槻さん達の前で飲むは恥ずかしすぎる。というか羞恥プレイが過ぎる。


「……ねぇ、吉住。大好きな楓とイチャイチャしたいのはわかるけど、これから投げようとするチームメイトに対して何か言うことはないのかな?」

「あ、あぁ! そうだな! 頑張れ、二階堂! 実はボーリングが下手だっていうさっきの話を俺は信じていないからな! いつも通り、カッコいいところ見せてくれよな!」

「……吉住のバカ」


 サムズアップを向ける俺に小さく呟いてから、二階堂はレーンの前へ移動した。大きく深呼吸をして集中しようとしているのがその背中から伝わってくる。ごくりと俺はつばを飲み込む。


「―――フッ!」


 下手だという話はやはり嘘だったと思えるくらい綺麗な投球フォーム。勢いよく繰り出されたボールには力強さがあり、ピンに当たれば間違いなく全てをなぎ倒すだろう。そう、当たれば。


「…………え?」


 ガシャン! と大きな音を立てたが、しかし十本のピンはいまだ健在。一直線にピンに向かっていたはずのボールは途中から徐々に左の方に曲がり出し、当たる直前でガターに入ってしまった。


「んぅ……いけると思ったんだけどダメだったかぁ」


 ボールが戻ってくるのを待ちながら二階堂は首をひねった。確かにどうしてボールが左に曲がって行ったのか、大槻さんや楓さんはわからず不思議そうにしていた。伸二はその瞬間を見逃していたし、結ちゃんは自分の投球でそれどころではない。


「立ち位置を少し変えてみたらどうだ? 少し右寄りに立って、投げるときはピンじゃなくて手前にある三角マークの端から二つ目か三つ目を見ながら投げるのがいいぞ」

「三角マーク? あぁ、アレのことか。それと右寄りね。わかった、やってみるよ」


 ボールが左に流れるなら立ち位置を右に寄せるのは単純だが効果が期待できる。投げるときはピンを見るのではなくその手間にある黒の印―――スパットという―――を見ながら狙った場所に行きやすい、とプロボーラーの人が動画で解説していた。


「勇也君の今のアドバイス、すごく的確でした。哀ちゃんのこと、よく見ていたんですね」

「……負けたら楓さんとカップルジュースだからね。それにせっかくならみんなで楽しみたいだろう? 一人だけスコアが出なかったら俺だったら悔しいしつまらないと思うからさ」


 こうしてみんなで集まって遊んでいるとはいえ、点数が出る以上はやっぱりいい数字を出したじゃないか。自分一人だけ低かったら悔しい気持ちになるし、負けず嫌いな一面がある二階堂ならなおさらだ。


「だから出来るかぎりのアドバイスを、って思っただけだよ。それと―――」


 ───楓さんが投げているところは一番近くで見ているからね。


と楓さんに顔を近づけて耳元でそっと囁いた。やられたらやり返さないとな。その効果はてき面だったようで、一瞬でゆでだこのように頬を真っ赤に染め、声にならない悲鳴を上げながら耳を抑えて楓さんは俺から距離を取った。


「ちょ、ちょっと勇也君、いきなりは反則ですよ!? びっくりしたじゃないですか!」

「不意打ちを仕掛けてきたのは楓さんだよね? なら自分もされる覚悟を持たないとね?」


 シャァと威嚇する猫のように楓さんは身構えているが、俺からしてみれば可愛い子猫のささやかな抵抗だ。ポンポンと頭を撫でるとあら不思議、すぐに笑顔になりましとさ。


「えへへ……ストライクをとったご褒美にもっとなでなでしてください。もしそうしてくれたら手加減することも考えちゃいます」


 え、本当? 楓さんの頭を撫でるのは好きだから喜んでなでなでするよ。八百長だとか言われても聞く耳持たないからね。それにしても今日もいい匂いだなぁ。すごく落ち着く。


「ゆ、勇也君。髪の匂いを嗅がないでください。は、恥ずかしいです……」

「……吉住の……吉住の馬鹿野郎――――――!!」


 怒りのこもった叫び声が聞こえた直後、ガッシャ―――ンッ! とド派手な音が鳴った。レーン上にあった十本のピンは見事に一掃されており、二階堂は静かに熱気を吐き出しながらズカズカと大股で戻ってきた。


「何か言うことは?」

「……えぇと。イチャイチャしてごめんなさい?」

「違う! いや、違わないけど今はそれじゃない。見たよね? ピン全部倒したんだよ? すごいよね?」


 怒っていたと思ったら褒めて言わんばかりに瞳をキラキラさせて見つめてくる二階堂。楓さんが子猫なら二階堂は子犬だな。尻尾があったらブンブンと振りまわっているに違いない。


「あぁ、やっぱりすごいよ、二階堂は。この勝負、勝とうな」

「うん! 吉住と一緒なら負ける気がしないよ!」


 パンッ、と今日二度目のハイタッチを交わす。楓さんと大槻さんが相手でも、二階堂となら勝てる気がする。罰ゲームは絶対に回避してみせる。


「……勇也君のバカ。絶対に手加減なんてしてあげません。ここから先は全力でいきますからね!覚悟していてください!」


 頬をフグのように膨らませた楓さんが宣戦布告を受けた。


 前言撤回。この勝負、負けるかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る