第165話:大槻さんと楓さんが罰ゲームの追加を企んでいるようです。

 二階堂からのまさかのカミングアウトを受けたが、俺はその言葉を〝はいそうですか〟と素直に信じることは出来なかった。運動神経抜群でバスケ部のエースだぞ? 致命的に下手ってことはないだろう!?


「ものすごく下手なわけではないんだよ? ないんだけど致命的にセンスがないというかなんていうか……まぁそのあたりは実際に見てもらえばすぐにわかるよ」


 肩をすくめて苦笑いしながら二階堂は言った。本人がそこまで言うなら本当なのかもしれないが、きっと大槻さんや楓さんの話を聞いた後だから謙遜しているに違いない。


「やめてくれ、吉住。そんな期待に満ちた目で見つめないでくれ。私は本当に下手なんだよ。結といい勝負だよ」

「またまたぁ! 二階堂先輩に限ってそんなことあるはずないですよね? 冗談きついですよぉ」


 うりうりと二階堂の脇腹を肘で小突いてからかう結ちゃん。そうこうしているうちに大槻さんと伸二がレーンの前に立った。


 ちなみにレーンは大槻さん、楓さん、結ちゃんのグループと伸二、俺、二階堂のグループに分かれている。


「秋穂ちゃん! 頑張ってください! この勝負、絶対に勝ちましょう!」

「フッフッフッ。任せてよ、楓ちゃん!」


 Vサインを楓さんに向ける大槻さん。ならここは俺も親友に何か声をかけてやらないといけないな。隣に座っている二階堂とアイコンタクトをとる。パチッとウィンクとともにかけるべき言葉が伝わってきた。


「伸二! 全部倒すんじゃなくていきなりガターでもいいんだぞ! むしろそうしてくれたら助かる!」

「そうだよ、日暮! 肩の力を抜いてガターに入れてくれ!」

「いやいや。勇也も二階堂さんもひどいこと言うね。そこは普通に応援してくれてもいいんじゃないかな?」


 盛大なヤジに対して伸二はムスッとした顔をする。いいぞ、もっと怒れ伸二。怒れば怒るほど肩に余計な力が入ってコントロールが乱れるからな。


「うわぁ……吉住先輩と二階堂先輩がすごく悪い顔をしてる……」


 若干結ちゃんが引いているが気にしてなんかいられない。負けたらこの後お昼ご飯を奢らなければならないんだ。それに楓さんがやけに張り切っているのが気になる。もしかしたら奢るだけではなく罰ゲームの追加を企んでいる気配を感じる。


「うふふふ……この勝負に勝って、勇也君にあーんして食べさせてもらうんです。えへへ……パフェにしようかなぁ。パンケーキもいいなぁ。えへへ……」


 楓さんのだらしない笑顔がすべてを物語っていた。つまり負けたら俺は楓さんにあーんをしなきゃいけなくなるってことか。二人きりの時にやるならまだしもみんなのいる前でとか恥ずかしすぎる。


「伸二ぃ! 外せぇ!! 絶対に外すんだぁっ!」

「うるさいよ、勇也! そういうことなら僕だって負けるわけにはいかないよ! みんなの前で以前に秋穂にあーんなんて恥ずかしくて……」

「シン君は私にあーんをしてくれない? 私はしてほしいなぁ……」


 猫なで声を出し家ながら大槻さんが伸二に迫る。あざとい。上目遣いで顔を覗き込む大槻さんはすごくあざとい。その効果はてき面で伸二は顔を真っ赤にして照れている。今頃あいつの心臓は全力疾走した直後くらいの速さで脈打っていることだろう。


「二人とも、早く投げろよぉ! というか秋穂と日暮にまでそんなことをされたら身が持たないぞぉ!」

「そうですよぉ! ストロベリーな空気を作り出すのは楓ねぇと吉住先輩だけで十分です! というかそれ以上は勘弁です!」


 二階堂と結ちゃんのヤジが飛ぶ。そうだぞ、後ろもつかえているんだから早く投げてくれないと困るぞ。


「それもそうだね! それじゃぁシン君。ここから先は一切手加減しないからね! 負けたら私にあーんだから覚悟するように!」

「そんな恥ずかしいことは勇也に任せ……あれ? でも僕が勝ったとしてもどのみち勇也と一葉さんのイチャイチャを見せられたら結局同じでは―――?」


 大槻さんは胸のところでボールを構える。スイッチが入り、集中しているのがここからでもわかる。立ち位置は中心からやや左側。

 静かに息を吐き出して、ゆったりした動作で歩き出しながら腕を後ろに引き、その勢いを利用して腕をしならせてボールを放り投げた。放たれたボールは対角線上―――つまり右方向―――へ真っ直ぐに進んでいくが、ピンの手前でクイっと曲がり先頭に立っているピンに当たり―――


「やったぁ! ストライクだぁ!」


 大きな音を立てて全てのピンが倒れた。一投目から完璧なストライクを出したことで大槻さんはぴょんぴょんと飛び跳ねながら戻って来て楓さんとハイタッチを交わした。


 プロが使うマイボールならまだしも、ボーリング場においてあるボールであんな綺麗なカーブがかかるものなのか?


「手首のスナップを利かせるのがポイントだよ! それか親指を抜いて投げるとかね。あ、でもその場合は両手で持った方がいいよ。慣れないと手首を痛めるかもしれないからね!」

「……どうしよう、吉住。勝てる気がしないんだけど。というかボールってあんな簡単に曲がるものなのか?」


 二階堂が引き攣った表情で震えている。サッカーでも野球でも、曲げようと思えば回転をかければいいだけの話ではあるんだが、これが実際にやってみるとそう簡単なものでもない。だからこそ大槻さんのやったことは凄いのだ。


「それより伸二は……あぁ、両端が残ったのか。こりゃスペアも無理だな」


 伸二はがっくりと肩を落としながら戻ってきた。ある意味見せ場ともいえる状況だが、俺達素人ではピンを弾き飛ばして反対側のピンに当てるなんて芸当はまず不可能だ。結局伸二の二投目は一本を足すだけに終わった。


「それじゃ次は私たちの番ですね! あ、もし私がストライクを取ったらナデナデしてくださいね!」


 キランと星が煌めくようなウィンクを飛ばしてくる楓さん。いいよ、なんて軽々しく言えば楓さんは有言実行するだろうし、かといって断れば落ち込んでしょんぼりするかもしれない。なんて答えるのが正解なんだ。


「それでは私が先に投げますね。見ていてください!」


 悩んでいる俺をよそに、楓さんはボールを構える。真剣な眼差しで目標を見据えて静かに歩き出す。そして綺麗なフォームから投げ放たれたボールは美しい回転を描きながらレーンを走り、全てのピンを弾き飛ばした。


「やりましたぁ! 見てください、勇也君! 私もストライクですよ! ブイッ!」


 楓さんの輝くような笑顔とⅤサインがとてもまぶしかった。おかげで俺の心は乱されたけどな。


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