第106話:今日から二年生!

 色々なことがあった春休みが終わり、ついに始まるセカンドシーズン。一年前、入学したときには考えられなかったが、満開の桜並木の下を俺は恋人と一緒に手を繋いで歩いている。


「? どうしたんですか、勇也君? そんな満足そうな顔をして。あっ、私と手を繋いで登校できることが嬉しいとか!? そんなこと言われたら私、照れちゃいます!」


 往来の真ん中でほんのり頬を朱色に染めて身体をくねくねとさせる楓さん。俺は別に一言も嬉しいとは言っていないのだが、口にしていないだけで概ね事実だから否定はしない。その代わりに頭を撫でることで答えとしよう。


「―――!? ゆ、勇也くん!? い、いきなり何ですか!?」

「そんなに驚かなくても……単に楓さんが可愛かったから頭を撫でたくなったんだけど、ダメだった?」

「だ、ダメじゃないです! えぇ、もちろんいいですとも! どんとこいです!」


 えっへんと胸を張る楓さん。そして撫でろと言わんばかりに頭をグイグイと俺の胸に押し付けてくる。もしここが家ならば愛い奴めとぎゅっと抱きしめて撫でまわすのだが、残念ながらここは通学路。こんなことをしていたら―――


「相変わらずのイチャイチャぶりね、吉住」


 当然のことながらクラスメイトに遭遇することになる。しかも俺や楓さんに呆れた声で話しかけてくる奴は数えるくらいしかいない。


「げっ……二階堂……」

「あら、クラスメイトに向かって随分な反応じゃないか? 休み明けの第一声がカエルが潰れたような声ってひどくないかい?」


 俺に話しかけてきたのは二階堂哀にかいどうあい。目鼻立ちのしっかりとしたきりっとした端麗な容姿。適度に鍛えられた引き締まった健康的な肢体にしっかりと自己主張している双丘を併せ持っているわがまま美人。バスケ部期待のエースとして入部当初から活躍している。

 短く切りそろえられた髪とハスキーボイスが相まってついたあだ名が『明和台の王子様』。女子からの人気は高く、男の俺から見てもイケメンだと思う。楓さんが可愛い系の代表だとすれば二階堂は綺麗系の代表だ。

 ちなみに俺と二階堂は同じクラスで、しかも隣の席で一年間を過ごした所謂腐れ縁だ。


「おはようございます、二階堂さん」

「おはよう、一葉さん。ラブラブなのは羨ましい限りだけどほどほどにね?」


 俺に対する態度とは180度異なる朝の挨拶に俺は抗議の声を上げたかったがグッと堪える。ここで反抗的な態度をとれば倍返しで何を言われるか。


「わかっているじゃないか。吉住にも学習機能があったんだね。驚きだよ」

「ねぇ、二階堂さん。少し辛辣すぎやしませんかね!? 俺の知能を何だと思っているんだよ!」

「そうだね……お猿さんと同レベル?」


 ひどい! 春休み明け早々にどうして同級生からこんな言われようをしないといけないんだよ! 泣いていいかな?


「あはは……ほんと、二階堂さんは勇也君には厳しいですね」

「いいんだよ。無差別に砂糖をまき散らす吉住に誰かがちゃんと言わないと被害者が増えるだけだろう? それに負った傷は一葉さんが癒すのだからプラスマイナスゼロだろう? いやむしろプラスかな?」

「いや、いくら楓さんに慰めてもらったとしても簡単に傷は癒えないからね!? というか被害者ってなんだよ!?」

「やれやれ……この期に及んでまだそんなことを言うのか。この調子だと今年も糖分過多で苦しむ生徒は多くなりそうだ……」


 そう言ってわざとらしく肩をすくめる二階堂。糖分過多ってあれか、伸二や大槻さんがよく言う『ストロベリーワールド』のことか? そんなの俺と楓さんに限らず世のカップルはみんな形成しているものじゃないのか?


「……ホント、いい加減にした方がいいよ? って吉住に言っても無駄か。それじゃ、一葉さん。私は先に行っているからそこの朴念仁は任せるね」

「はい、任されました」


 それじゃ、と二階堂はひらひらと手を振って足早に去って行った。楓さんは手を振り返していたが俺にそんな元気はなく、その代わりに盛大にため息をついた。


「元気出してください、勇也君」

「……ありがとう、楓さん。ハァ……クラス替え発表を見るのが憂鬱なってきた。これで楓さんとまた別のクラスで二階堂と同じになったら立ち直れないかも……」


 大袈裟な、と楓さんは笑うが俺は至って真面目だ。本日の登校のメインテーマはクラス替えの確認だ。この内容次第で今年一年間の高校生活が天国にもなれば地獄にもなる運命の一大決戦。だというのに幸先が悪すぎる。


「大丈夫ですよ。神様にしっかりお願いしてきたんですから。私との絆は誰にも引き裂くことはできませんっ!」


 グッと力強く拳を握り締める楓さんの表情は何故だか自信に満ち溢れている。もしかして彼女には俺と同じクラスになれる確信でもあるのだろうか?


「フフッ。勇也君だけじゃありませんよ? 日暮君や秋穂ちゃん、二階堂さんも含めてみんな同じクラスになれるって確信しています!」

「……どこにそんな自信があるのか聞いてもいいかな?」

「フッフッフ。言いましたよね、勇也君。どんな手段を使ってでも同じクラスになるって。その成果をお見せしましょう!」


 鼻息荒く俺の手を取って走り出す楓さん。急に走り出したら危ないよ! って言っても聞く耳を持つ状態ではないので俺は苦笑いを浮かべながら一緒に走ることにした。


 どうか楓さんと同じクラスでありますように!

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