第137話:一瞬の攻防
試合は大方の予想に反して静かな立ち上がりだった。観客の誰もが目まぐるしく攻防が入れ替わるハイスピードな展開を予想していたが、司令塔の哀はゆったりとした動作でボールを運んでいく。
「落ち着いて! まずは一本取ろうか!」
凛とした哀の声が体育館に響き渡る。決勝戦だからという緊張はその声音からは感じられず、笑みさえ浮かべている。対してマークにつく結の顔は真剣そのもの。絶対に抑えるという強い意志がヒシヒシと伝わってくる。
「フフッ。気合が入っているね、結」
「二階堂先輩と本気で戦えるいい機会ですからね、当然です」
つかず離れず。一定の間合いを保つ結のディフェンスはさすがの一言に尽きる。ドリブルで切り込もうにも切り込めない。それならパスは? と哀は周囲を確認すると楓を含めてみなマークがピッタリついている。ゴールは目の前なのに攻めきれない。
「仕事はさせませんよ、二階堂先輩」
不敵に笑う結を見て、なるほどと哀は理解する。結が相手チームのキーマンを抑え、他の選手はマンツーマンで守る。シンプルだが実に効果的な戦術だと思う。これで決勝まで勝ち進んできたのか。だが―――甘い。
「―――ッツ!?」
哀はギアを上げて急加速。低い姿勢で強引に敵陣に切り込んでいく。結の反応が一瞬遅れたがすかさず身体を寄せて進路を塞ぐ。だが、バスケ部エースの動きはその上を行く。
結と身体が交差する直前に急停止して再びリズムを変える。緩急をつけた動きで結を翻弄してマークを引きはがすと、哀はお手本のような美しいフォームでシュートを放つ。ボールは綺麗な放物線を描き、ネットに吸い込まれた。
「「「おおおぉおぉっぉおぉぉぉぉっぉおぉ―――――――!!」」」
瞬きする間に行われた攻防に会場から拍手と歓声が鳴り響く。仲間からボールを受け取りながら結は自陣に戻って守りについた哀をキッと睨みつける。さすがはバスケ部エース。まさか初手は自分で決めに来るとは。
「―――こんにゃろめ」
だがそれでこそ尊敬する先輩だ。加えて楓ねぇはちょっとからかったら覚悟しろと宣戦布告をされた。この明和台高校の有名人二人を同時に相手にできて倒すことのできる機会はきっとも来ない。
「やってやりますよ! えぇ、これ以上ないくらいの全力をみせてやります!」
パスを回しながら進軍していく一年生チーム。結のポジションは哀と同じく司令塔。ボールを回しながら攻撃の起点となるか、もしくは先ほど哀がやったように自らも攻めて点を稼ぐ、ポイントフォワードという役割である。
さて、敵陣まで来たがどうするか。哀たちはマンツーマンではなく互いに守る場所をあらかじめ決めておくゾーンディフェンスを採用している。この戦術は個人スキルでは劣るがチーム全体の力で守ることで補うことができる。まさに二日間限定の急増チームにはもってこいの作戦だ。
「そういうことなら遠慮なく……行かせてもらうからね!」
結はパスを選択して左アウトサイドの選手にボールを流すと同時に敵陣に走り込む。当然、哀がフリーにはさせまいと付いてくるが構わずパスを要求して受け取る。そのまま流れるようにドリブルするが哀に阻まれてシュートまではいけない。そこで結がとった行動は―――
「―――よいしょっ!」
逆側、右アウトサイドの味方へのパスだった。素早くかつ大胆な展開。それでいて正確なパスが通り、流れるような動作で味方がシュートを放ち、ネットを揺らした。
「「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉっぉお――――――!!」」」
個人技で点を奪った哀に対してチームワークで点を取った結。対照的な攻撃と、球技大会とは思えない白熱した一戦に観衆のボルテージも高まっていく。
「……ごめんね、哀ちゃん。想像以上に結ちゃんがすごくて何もできなかったよ」
「大丈夫だよ、楓。それは私も同じだから」
軽くにじんだ額の汗を拭いながら楓と哀は短く言葉を交わす。そしてお互い改めて気を引き締める。わずかな油断も許されない。これはそういう試合であると心に刻む。
「取られたら取り返せばいい。吉住が観ているんだ。カッコいいところをみせないとね?」
「はい! 勇也君からご褒美をもらうためにも、この試合、絶対に勝ちます!」
拳を握り、瞳に炎を灯して楓は敵陣へとかけて行った。その背中を苦笑いしながら見つめる哀は、誰にも聞かれないようにボソッと呟いた。
「……私も頑張ったらもらえるかな。吉住からご褒美」
球技大会女子バスケ決勝はここからさらに盛り上がっていく。
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