157話:夢の中へ行ってみたいと思いませんか?

 昼でも満天の星を観ることが出来る場所と言ったらそれは一つしかない。俺も子供の頃によく母さんに連れていってもらったことがある。季節ごとに内容が変わるから何度行っても飽きないんだよな。


「最近では人気声優さんをナレーションに起用したり、プログラムもストーリー仕立てになっているものをあるので、大人も楽しめるようになっているんですよ」


 得意げに話す楓さんはすでにネットで座席を購入済みという用意周到ぶりだった。それにしてもネットって本当に便利だよな。チケット並んで買う手間が省けるんだから。昔は長蛇の列を並ばないとダメだったのよぉ、と母さんがぼやいたことがあったな。


「フフッ。私は勇也君と一緒なら並ぶ時間は全然苦になりませんけどね」

「そうだね。楓さんと一緒にいる時間はすごく楽しいから並ぶのも悪くないかも。今度夢の国なテーマパークに遊びに行こうか?」

「いいですね! 勇也君と遊園地デート……ジェットコースターではしゃいだりゴーカートで競争したり、最後は夜のパレードを観ながらハグしてキス……えへへ」


 いや、夢の国にはもうゴーカートはないはずだけどね。ジェットコースターに乗ったらテンションは上がるけどさ。それに俺はパレードを観るよりその間を利用してアトラクションを周回する方が好きなんだよね。まぁ口が裂けても言えないけど。


「えへへ……パレードを観ながら勇也君に〝あの色とりどりの輝きより、楓さんの方が綺麗だよ〟って耳元で囁かれて……そして熱いチューを。ハァ……最高かよ」

「欲望が駄々洩れかよ」


 完全に夢の世界にトリップしている楓さんの頭に手刀を落とす。なんですか歯の浮くような今のセリフは。俺はそんなことは言いませんよ? でもきっと俺は、パレードよりもパレードを観てはしゃいだり、うっとりしたりしている楓さんに目が釘付けになると思う。


「もう、そういうところですよ、勇也君。期待しちゃうじゃないですか。そういうわけなので今度絶対、遊園地デートに行きましょうね! もちろんオーラスです!」


 オーラスってことは開園から閉園までですか? 朝が弱い楓さんは起きられるんですか? 


「大丈夫です! 前日は寝ずに待機すれば大丈夫です!」

「いや、遠足前の子供でも寝るからね? というかそういうことをして前に倒れたことを忘れたの? 絶対に途中で眠くなって〝もう帰りましょう〟っていう未来が見えるんだけど?」


 あの時は俺の知らないところで倒れたからな。近くに大槻さんがいてくれなかったらと思うとゾッとする。せっかくの遊園地デートなんだからしっかりと目一杯楽しむためにもちゃんと寝てね。


「うぅ……頑張りますがもしもの時は起こしてくださいね? 眠り姫を目覚めさせるには王子様のキスって相場は決まっています」

「その場合、楓さんは起きているのに寝たふりするでしょう?」

「えへへ。バレました?」


 舌をてへぺろと出して笑う楓さん。そりゃ一緒に暮らし始めて大分時間が経ちますからね。楓さんの考えていることは大体わかるようになってきた。別にそんな寝たふりをしなくてもおはようのキスはするっていうのに。


「……おはようのキスはしてくれるんですね? ということはいってらっしゃいとお帰りなさいとおやすみのキスもしてくれるってことですね?」

「あれれぇ……おかしいぞぉ? なんか増えてませんかねぇ?」

「勇也君! これはものすごく大事な問題なんです! 死活問題といっても過言ではありませんよ!?」


 どの辺が楓さんにとって死活問題になるのだろうか。そもそもおはようとおやすみのキスはいいとしてもいってらっしゃいとおかえりなさいのキスは無理じゃないか? だって毎朝と一緒に登下校しているんだし。それをするならそれこそ結婚してからだろう。


「いいじゃないですかぁ! 新婚さんみたいで憧れるんです! あ、ちなみに私のお父さんとお母さんは毎日やっています」

「その情報は遠回しに〝だから私達もやりましょう〟っていうプレッシャーですかね!?夫婦の仲がいいって素晴らしいね! まぁ楓さんとキスをするのは好きだからいいんだけどね」

「なら決まりです! えへへ……これで毎日勇也君とハグしてチューができる……幸せかよ」


 今日の楓さんはやたらと妄想という名の夢の中に旅立つことが多いな。探し物は夢の中ってか。行ってみたいな。じゃなくて! 話が盛大に脱線したけど、これから俺達が向かうのは夢の中じゃなくて星が観られる場所だ。


「そうでした、あやうく忘れるところでした! 勇也君と二人きりで星空を観るのは課外合宿以来ですね。すごく楽しみです!」


 電車で少し移動をすることになるが、俺達がこれから向かうのは都心の一頭地に建てられたビルの中にある最新の星空観察施設。


 その名もプラネタリウム。って言わなくてもわかるか。


「ごろんと寝っ転がりながら楽しみましょうね! きっとすごくロマンチックな雰囲気だと思うので勢い余ってキスしても許してくださいね?」


 そこは頑張って我慢してほしいです。


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