第110話:隠し撮りとツーショット

 喫茶店【エリタージュ】は夫婦で切り盛りしている開店してから20年以上の歴史がある老舗で、俺達明和台高校の生徒たちにとって憩いの場でもある。メニューは昔ながらのナポリタンやピザトーストもあれば量たっぷりのカツカレーやハンバーグもあり腹ペコ系な学生にはもってこいだ。しかも値段はリーズナブル。ただ俺は家の都合で一、二度しか入ったことはないがとても美味しかったのを覚えている。


「いらっしゃいませ! あら、吉住君じゃない! 久しぶりねぇ! 噂は色々聞いているよ? 日本一の彼女が出来てよかったわね」


 入店するや否や声をかけてきたのは店主の奥様でありこの喫茶店の永遠の看板娘。名前は大山素子おおやまもとこさん。年のころはおそらく50代だと思われるが年齢不詳なくらいの若作り。


「アハハ……相変わらず流石ですね。どこからその話を聞いたんですか?」


 苦笑しながら俺は案内されたテーブルに座る。素子さんのすごいところは俺達生徒を含めた常連客の顔と名前を記憶していること。そして地獄耳とも言えるレベルの情報通であること。俺が楓さんと交際しているって誰から聞いたんだ?


「お久しぶりです、素子さん。その節はお世話になりました。今日はアレを食べに来ました!」

「あら、楓ちゃん! 久しぶりね! 初恋が実って良かったわねぇ。アレを食べに来たのね。そういうことなら今日はお祝いでサービスしてあげるわ!」


 ありがとうございます、と笑顔で頭を下げる楓さん。それから俺達は各々注文をした。本気で楓さんはジャンボなパフェを食べるつもりのようだった。正気の沙汰とは思えない。


 まぁそれはさておき。楓さんと素子さんの会話で情報源がどこかわかった。一人得心していると目の前に座っている大槻さんも腕を組んで感慨深げな表情をしていた。どうした?


「いやぁ……懐かしいなぁって思ってさ。楓ちゃんに連れられてよくここに来たなぁって。話すことといったらヨッシーのことばっかり。いやぁ……あの時は本当に大変だった」

「あ、秋穂ちゃん!? その話はダメです! NGです!」


 慌てて身を乗り出して大槻さんを止めにかかる楓さんだが、必死の形相になればなるほど気になって仕方がない。というわけで俺は楓さんの口を後ろから抱きしめながら口を塞いで大槻さんに目配せをする。さぁ、教えてくれ。ここでどんな話をしたのかを!


「あの時の楓ちゃんは恋する乙女だったよ。ことあるごとにここに連れて来られてはヨッシーの話を散々聞かされたよ。鼻息荒くしていかにカッコいいかを力説されたものだよぉ」


 へぇ。そんなことがあったのか。一体どんな顔をしてどんな話をしていたのか気になるな。楓さん、危ないからバタバタと暴れないでください。


「口を開けば吉住君! 吉住君! だったんだよ? シン君に頼んで写真を撮ってもらったこともあったなぁ」

「そう言えばそんなことがあったね。いきなり秋穂から『ヨッシーの写真撮って来て!』って言われた時は何に使うのかわからなかったけど、一葉さんに渡していたんだね」


 言われてみれば度々伸二に写真を撮られたことがあったな。夏の体育の授業終わりに着替えているところを撮られたりもしたなぁ。って、もしかしてその写真は横流しされていたのか!? 俺が驚愕の事実に慄いて力を緩めた一瞬のスキをついて楓さんは俺の拘束を振りほどき、身を乗り出して大槻さんの肩を掴んだ。


「秋穂ちゃん!! それは誰にも話さないって約束したじゃないですか! しかもよりにもよって勇也君のいる前で話すなんて―――!」


 楓さんは顔を真っ赤にして猛抗議するが大槻さんはしてやったりのにやけ顔。そうなったらいくら騒いでも暖簾に腕押し。楓さんは早々に諦めて俺の肩に顔を寄せてしくしくと涙を流した。よしよしと頭を撫でてあげるが確かめておかなければならないことがある。


「ねぇ、楓さん。俺が着替えている写真、削除してくれないかな?」


 さすがに恥ずかしすぎる。


「……えっ!? そ、それは……それだけはダメです! 勇也君の鍛えられた綺麗な身体! 汗でしっとり濡れた前髪を鬱陶しそうにかきあげている瞬間を捉えたまさに奇跡の瞬間なんですよ!? それを削除することはできません!」


 ガバッと顔を上げたかと思えば突然鼻息を荒くして力説し始める楓さん。正直言うとちょっと怖い。


「一時期、私のスマホのホーム画面にしようか悩んだくらいの一枚なんですよ!? さすがにそれはまずいと秋穂ちゃんに止められて渋々止めましたが……とにかく私のお気に入りの一枚なんです! いくら勇也君のお願いでも断固拒否です!」


 最後は腕を組んで胸を張って力強く宣言を終えた。なんだろう、そこまで言われるとなんだか嬉しくなってくるのだが、それはまだ俺と楓さんが知り合っていない時の写真だ。ならそろそろアップデートしてもいいのではないだろうか。


「それはどういうことですか、勇也君?」

「いやさ。ツーショット写真を撮るのはどうかなって」


 まぁこれも十分恥ずかしいのだが、楓さんのスマホのホーム画面にするにはそれくらいでないとダメだ。それに二人で撮った写真がないのもまた事実。思い出として残しておくのも悪くないと思うのだがどうだろうか。


「ぜ、是非! なんなら今日、今ここで早速撮りましょう! そうしましょう!」


 テンションを一瞬でフルスロットルまで踏み込んだ楓さんは鞄からスマホを取り出すとカメラを起動。俺の腕に抱き着いて顔を寄せてくる。そして―――


「はい、チーズ!」


 俺は条件反射的にスマイル&ピースを作る。それに合わせてパシャリとシャッターが切られて撮影完了。画像の確認をする楓さんの表情がにやぁとゆがんで蕩ける。どれどれと大槻さんが確認すると、彼女は対照的に顔をしかめる。どうして!?


「どうしてもこうしてもあるかい! なんだよ、二人して幸せそうな笑顔を浮かべちゃって! というあまりのことに突っ込むのを忘れたけど、当然のように目の前でイチャイチャするんじゃないよぉ!」


 うわぁぁんと声を上げて伸二に泣きつく大槻さん。よしよしと苦笑いしながら慰めるその様子は十分イチャイチャしているように見えるのだが?


「あらあら。フフッ。楓ちゃん、幸せ掴めて良かったわねぇ。もしかしてこのまま結婚までいっちゃったりしてね」


 大山さんが注文の品を持ってテーブルに戻ってきた。まずは俺と伸二が頼んだのはハンバーグランチ。大槻さんはパンケーキセット。そして楓さんが所望したパフェが最後に運ばれて準備が整った。


「いただきま―――す!!」


 見るだけで胃もたれしそうなパフェを満面の笑みで楓さんは食べ始めた。アイスを頬張り、幸せそうな笑顔を浮かべる楓さんを見ることが出来たなら満足だ。


 ちなみに楓さんに奢ると言ったこのジャンボパフェのお値段は3000円でした。恐るべし。

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