第109話:やっぱり二人はバカップル

 昼前には学校は終わり、どこかで昼ご飯でも食べて帰ろうかという話になった。今日は部活もないので俺も伸二もフリー。久しぶりに遊ぶのも悪くないなと思っていると、一人席を立つ隣の席の二階堂。


「申し訳ないけど私はパス。こんな大荷物を抱えて歩きたくない」


 二階堂の気持ちは痛いほどわかる。如何せん一年間分の教科書をまとめてどっさりと配られたのだ。こんなのを背負って寄り道はしたくない。


「何も全部持って帰らなくてもいいだろう? 先生だって置いて帰っていいって言ってだろう?」

「……はぁ。この唐変木、朴念仁」


 俺にだけ聞こえる程度の小声で罵倒する二階堂に俺はネクタイを掴まれてグッと引き寄せられた。近い! 顔が近い! いくら俺に楓さんという心に決めた人がいても二階堂のような美人に密着されたらドキドキする! 香水をつけているのか心なしかいい匂いもする……じゃなくて!


「筋金入りのバカップル二組と一緒に食事に行けるわけないだろう!? そのくらい察せしてよね、バカ!」

「わかった。わかったから二階堂! 顔が近い! お願いだから離れてくれ!」

「……ごめんなさい」


 半ば悲鳴に近い声を上げたところでようやく二階堂は俺から距離を取ってくれた。だがその瞬間背中に突き刺さる地獄の業火のごとき視線。壊れた機械人形のようにゆっくりと振り向くと、案の定楓さんが頬を目一杯に膨らませて上目で睨んでいた。


「うぅ……勇也君のばかぁ……」

「ごめんなさい、一葉さん。でも吉住はあなた一筋だから大丈夫だよ。って、私が言うまでもないことなんだろうけど」


 俺が口を開くよりも前に二階堂が謎の援護射撃をしてきた。確かに俺は楓さん一筋だからいくら二階堂が楓さんに勝るとも劣らない美少女だとしてもこの気持ちは揺るがない。それはもう心に誓って揺るぎはしない。


「……吉住、今度デザート奢ってね?」

「なんでだよ!? 唐突に理不尽が過ぎるぞ、二階堂」

「なんでもだよ。乙女心を傷つけた罰かな? それじゃ私は先に帰るからあとはみんなで楽しんでね」


 大量の教科書入りの重たい鞄を肩に下げているにも関わらず、いつもと変わらない軽やかな足取りで二階堂は教室を後にした。


「……勇也君。私にもデザートを奢ってください」

「か、楓さん?」

「駅前にある喫茶店【エリタージュ】のジャンボパフェを勇也君があーんってして食べさせると約束するまで私はここを動きません」


 腕を組んでぷいっ、とそっぽを向いてしまう楓さん。彼女が所望する駅前の喫茶店【エリタージュ】のジャンボパフェはそのあまりの大きさからエベレスト級と言われている名物メニューだ。それを頼むこと自体が我が明和台高校では一種の罰ゲームとして知られており、いまだ完食者は出ていない。


 だがそれを頼むことはまぁいい。俺が奢るのもこの際だから了承しよう。だけどあーんってして食べさせるのはダメだろう!? いや、百歩譲って楓さんと二人きりの時ならいいよ? でも伸二と大槻さんがいる目の前でやるのは嫌だ! 何を言われるかわかったもんじゃない!


「いいね! それじゃ私が楓ちゃんとヨッシーのラブラブなシーンを動画に収めてあげるよ!」

「さすが秋穂ちゃんです! それじゃお礼に秋穂ちゃんと日暮君がラブラブしているところを私が撮ってあげますよ!」


 大槻さんの余計な一言に笑っていた伸二だが、まさかの楓さんの提案にげぇっとカエルが潰れたような声を上げた。はっはっはっ! 自分一人だけ高みの見物を決め込もうだなんてそうは問屋が卸さないって話だぜ!


「シン君。何かな、今のリアクションは? 私とラブラブするのは嫌だってことかな? そうなのかな?」

「い、いや……そういうわけではないんだよ? ただ勇也のいる前ではちょっと、いや大分恥ずかしいというかなんというか……秋穂は恥ずかしくないの!?」

「私? それはちょっと恥ずかしいけど、それ以上に私はシン君にあーんってして欲しいんだよぉ! 楓ちゃん達を見ていたら羨ましくなったんだよぉ!」


 地団駄を踏んで悔しがる大槻さんの豹変ぶりに普段は冷静な観察役の伸二も慌てふためている。付き合い始めてもうすぐ一年になるというのにこういう事態は初めてなのか、伸二はなんて声をかけたらいいかわからないようだ。俺はそんな親友の肩をポンと叩いた。


「諦めろ、伸二。あーんをすると約束する以外の選択肢は俺達にはない」

「……勇也。君はそれでいいのか? 恥ずかしくて死にたくはならないのか?」

「俺は大丈夫だ。楓さんの笑顔が見られるならそれで……」


 そう。むくれっ面の楓さんも可愛いのは間違いないが、それ以上に彼女の笑顔に勝るものはない。俺が恥ずかしさを少し我慢するだけで極上の笑みを浮かべてくれるなら代償としては安いものだ。まぁ何事も諦めが肝心とも言うんだけどな。


「そっか……うん、そうだよね。秋穂の笑顔には変えられないよね」


 観念したのか覚悟を決めたのか定かではないが、伸二は強く息を吐いてから大槻さんと対峙した。


「わかったよ、秋穂。やめてって言うまであーんってしてあげるね」

「シン君……! うん、ありがとう! えへへ……楽しみだなぁ。早く行こうっ!」


 大槻さんは満開の桜のような笑顔で伸二の腕に組みついてグイグイと引っ張る。なんだよ、俺達のことをメオトップルとか散々に言うけどやっぱりこの二人だって十分バカップルじゃないか。


「ねぇねぇ、勇也君。私はまだ答えを聞いていないんですけど?」


 ちょんちょんと袖を掴みながら楓さんが再度尋ねてくる。そうか、ちゃんと言っていなかったか。


「もちろん、楓さんがしてほしいことを全部してあげるよ。ジャンボパフェも奢るしあーんもするよ」

「さすが勇也君です! それじゃ行きましょう今すぐ行きましょう! ジャンボパフェが私達を待っています!!」


 伸二と同様に、俺も楓さんに手を引かれて風となって教室を走り去ることになった。教室内から様々な感情が入り混じった盛大なため息の合唱が聴こえたが、気にしないことにした。

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