第179話:二人三脚の練習をしましょう

「それじゃぁ勇也君。そろそろ体育祭の練習、夜の部を始めましょうか!」


 夕食を食べ終えて、普段ならテレビを見ながらくつろぐところに楓さんが満面の笑みで反応に困る提案をしてきた。その手に握られているヒモのせいで、不吉さがこれでもかと言うくらいに増している。


「ねぇ、楓さん。一応聞くけど、その手に持ったひもは何のために使うのかな?」

「これは私たちが参加する二人三脚の練習のためのヒモです。 フフッ、大丈夫ですよ。このヒモを使って勇也君の自由を奪ってぐへへ……なんてことに使いませんから。本当の本当ですよ?」


 そんな念を押してこなくてもわかっている。というかそういう風に大丈夫ですよと連呼される方が逆に不安になるんですけどね?


「あれですか? これは押すなよ? 押すなよって言いながら本当は押してほしいっていうネタと同じですか? もしかして勇也君にはそういう趣味が───!?」

「ないからね!? 俺にそんな趣味はないからね!?」

「そうでした。勇也君は縛られるより縛りたいんですよね? もう……勇也君は見かけによらず本当にSさんなんだから……でも私もちょっと興味があったり……」

「はい、この話はここで終わり! それじゃ二人三脚の練習をしようか!」


 これ以上この話をするのは危険と判断した俺は会話を強引に閉じて二人三脚の練習に話を移した。


 この間の競技決めでリレーや玉入れ以外に俺達が出場する種目がいくつかある。そのうちの一つが二人三脚だ。各クラスから男女のペアを一組選出してグラウンドを一周するレースだ。男女のペアと言うことで、この二人三脚はカップルレースという恥ずかしい呼ばれ方をしている。


 これ以外にも、楓さんは借り物競争に、二階堂が障害物競争に参加する。俺と伸二は騎馬戦と棒倒しに出ることになった。この辺りは練習のしようがないからぶっつけ本番になるがまぁ問題はないだろう。


「私と勇也君なら誰にも負けませんね。なにせ将来を誓い合った仲ですから」


 楽しそうに言いながら、俺の右足と自分の左足をヒモで固く結ぶ楓さん。あの、かた結びをしたら解く時大変じゃないですか? え、さらにきつく結ぶの? 解けないなんてことないよね?


「フフッ。大丈夫です。いざというときは切ればいいんですから。それに私としては勇也君とこうして密着できた方が嬉しいです」

「うん。その点に関しては否定しないかな。俺も楓さんとこうして密着できた方が嬉しいからね」


 隣に座っている楓さんの細くしなやかな腰に腕を回してギュッと抱き寄せる。からかうように笑っていた楓さんの顔がボンッと音を立てて真っ赤になる。口も陸に上がった魚のみたいにパクパクと動かしているし、ホント可愛い。


「ちょ、ちょっと勇也君いきなり何を───キャッ!!」

「うわぁっ!!」


 俺の突然の行動に照れ度メーターが一気に振り切れたのか手をバタバタと振って暴れ出し、勢い余って座っていたソファから転げ落ちてしまった。すると当然、足をヒモで結ばれている俺もそれにつられて落ちるわけで。そしたらどうなるかというと。


「大丈夫、楓さん? 頭ぶつけてない?」

「は、はい……勇也君のおかげで大丈……夫……です」


 楓さんが床に落ちる寸前、頭を打たないように手を滑り込ませたのが間一髪間に合った。そして覆い被らないように手をついて身体を支えたので壁ドンならぬ床ドンのような体勢になっていた。


「うぅ……勇也君の顔がいつもより120%増しでカッコよく見えますぅ。これが床ドン補正……控えめに言って最高です」


 じゅるりと唾を飲み込む楓さん。その瞳が絶好の獲物を見つけた肉食獣のように妖しく光る。これは早く逃げないとヤバイな。


「うん、それだけ元気があるなら大丈夫だね。ほら、早く立って」

「あぁ……もうちょっとだけ床ドンしていてくださいよぉ! 勇也君のいけずぅ!」


 両手を目一杯に伸ばしてぎゅぅを要求してくる楓さん。それを無視して俺は立ち上がり、逆にその手を取って楓さんの身体を勢いよく持ち上げる。だが転んでも多々では起きないのが一葉楓という女の子だ。その勢いを利用して俺に抱き着いてきた。


「えへへ……勇也君とぎゅっとするの好きです。気持ちがポカポカになります」


 すりすりと頬ずりしてくる甘えん坊の子猫の頭をナデナデする。ニャァという可愛い声が聞こえてきそうだなぁ。ヨシヨシ、可愛いなぁ。ってあれ、俺は一体何をしているんだ?


「勇也君成分を補充出来たところで、二人三脚で優勝するために夜の運動会を始めましょうか!」

「だから言い方! なんだろう、そこはかとなく十八歳未満禁止の香りがするから言い方に気を付けてね!? ただの二人三脚の練習だからね!?」


 どうしていつもギリギリのラインを攻めてくるんですか。まぁ俺をドキドキさせたいからなんだと思うが、楓さん自身恥ずかしいのか頬を赤らめているのは反則だと思う。無理して言うことないのに。


「最近の勇也君は本当に手ごわいですね……私が壁ドンすれば勇也君はドキドキしてくれるでしょうか……悩ましい……」

「そういうことは口に出さないでね」


 思考が駄々洩れですよ、楓さん。ちなみに楓さんに壁ドンされたら俺は借りてきた猫のように大人しくなってきっと言いなりになるだろうな。口には出さないけど。


「おっほん! それでは勇也君。そろそろ二人三脚の練習を始めましょうか。まずはこのまま寝室まで歩きましょう。でもその前に、まずは息を合わせるところからです!」

「ここまで長かったけどようやく始まるんだね。それじゃまずは外側の足から前に出していこうか。行くよ? せ───の!」


 ぎこちなく、お互い確かめ合うように足を踏み出す。大丈夫。楓さんの歩幅は毎地に一緒に並んで歩いているから把握している。ヒモで結んでいるかいないかの違いだけだ。


 それから俺達はゆっくりと寝室へと向かった。特に何の問題もなくたどり着いてしまったので拍子抜けだった。


「そうだ! 明日の朝から毎朝この状態で登校するのはどうですか!? 途中ダッシュとかもできるので二人三脚の練習には最適じゃないですか!?」

「うん、全力で勘弁してください」


 さすがに恥ずかしすぎて無理です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る