第130話:球技大会開始

 桜も散り、あっと言う間に球技大会初日を迎えた。


 年に一度のお祭り騒ぎ、とまではいかないが新クラスの親睦と新入生達と交流を深めるイベントだ。


 去年と異なり、今年の俺は燃えている。なぜなら同じクラスに楓さんがいるのでカッコいいところを見せないといけないし、男女で優勝を果たせば担任の藤本先生から焼き肉というご褒美をもらえるのだ。


「今年こそは優勝目指すぞ!」

「張り切っているね、勇也。僕も負けていられないよ!」


 俺と伸二を含めた試合に出場するメンバーはグラウンドの端で身体をほぐしたり談笑したりしながら出番を待っていた。


 男子の種目のサッカーはハーフコートで行われ、6対6の一試合30分のミニゲーム方式。同時に複数の試合を消化していかないと二日間で決勝まで終わらない。今日は準々決勝まで行い、明日の準決勝、決勝戦はフルコートで11人対11人の60分制で行われる。


「今日だけでも3試合。明日の準決勝まではハーフコートだけど決勝はフルコートで60分。体力のことも考えて戦略立てないとね」


 全学年合わせて20クラスのトーナメント戦のためスケジュールはどうしても過密になる。俺達の目標はあくまで優勝なので、最後まで戦いきるだけの体力を考えてメンバー選出をしなければならない。


「あくまで照準は明日の決勝戦だ。順当に行けば杉谷先輩のクラスと当たるからな。出来る限り体力を温存させておきたい」

「そうだね。でも、だからといって手を抜いて足元掬われるかもしれないから、油断せずに行こう」


 そうだな、と言って頼れる相棒と拳を合わせる。


 最終的に、可能な限り早期に得点差をつけて相手のやる気を削ぐ。その後は俺と伸二は交代して体力温存という作戦に決定した。作戦といえるかどうかは甚だ疑問ではあるが。


「まぁ茂木とか他のみんなも頑張ってくれるよ。なにせ僕らのクラスには日本一可愛い女子高生の声援があるからね」


 確かに、楓さんの声援を受ければ俺達のクラスの男子は皆やる気マックスになることだろう。その分相手チームからの嫉妬も激しさも増しそうだ。


「あ、もしかして勇也。一葉さんの声援は自分だけのもの、だなんて考えてないよね? もう、独占欲強すぎだよ?」

「うるさいよ、シン君。お前だって大槻さんの声援が自分以外に向けられたらどう思うか、考えてみればいい。少しは頭にくるはずだぞ?」

「そ、そんなことは……むっ……あれ? それは確かに……一理あるかもしれない!」


 そうか、わかってくれるかシン君。まぁお前が大槻さんのことを独占したいってことは見ていればすぐにわかるからな。目の中に入れても痛くないくらい溺愛しているもんな。


「……勇也には言われたくないんだけど? 一葉さんのこととなると世界を敵に回しても戦う! とか言いそうだもん」

「ハッハッハッ! よくわかっているじゃないか。楓さんのためなら俺はなんでもするさ。それくらい俺は―――」

「ゆ―――う―――や―――君!」


 楓さんのことが好きだからな、と言おうとしたところで背後から聞き慣れた声がしたので振り返ろうとしたのだが、それよりも一歩早く飛び掛かられた。背中にふにゃっと柔らかさを感じながら、倒れないように両足を踏ん張る。


「か、楓さん。びっくりするじゃないか。心臓に悪いよ……」

「ごめんなさい。勇也君が無防備だったのでつい……」


 謝ることではないんだけどね。楓さんに抱き着かれるのは嬉しいことだし。ただ人の目が多いから恥ずかしくはあるんだけど。


「楓……いくら吉住が大好きだからっていきなり飛び掛かったら危ないよ?」


 ため息をつきながら二階堂が俺の背中に貼り付く楓さんを引きはがした。こら、なんてことをするんだ。


「はぁ……それはこっちのセリフだよ。もうすぐ試合だって言うのに鼻の下を伸ばして……エースがこんな調子だと不安だよ」


 やれやれと肩をすくめるバスケ部エース。誰が鼻の下は伸ばしているだって? 俺は楓さんからパワーをもらっていたんだぞ? 魅惑の果実に心を奪われていたわけではない。断じてそんなことはない。


「俺のことより、二階堂はどうなんだ? 初戦から三年生のクラスだろ? バスケ部の人もいるって言っていたけど大丈夫なのか?」

「問題ない、と言いたいところだけど正直厳しいね」


 苦虫を嚙み潰したような顔をする二階堂。こういう顔をするの珍しいので、それだけ相手クラスは強敵ということか。


「あぁ……向こうには主将も含めてレギュラークラスが何人かいるからね。間違いなく私を押さえに来るだろうから楓が頼みの綱になるね」

「そうか。でもまぁ……大丈夫だろう。勝てるさ、きっと」

「……ねぇ、吉住。私の話を聞いてた?」


 あっけらんかと答えた俺に不満を抱いたのか、二階堂の視線と語気が鋭くなる。どうして怒るんだよ。


「この学校で一番バスケが上手いのは二階堂だと俺は思っている。その相棒に楓さんだろう? なら負けるはずないだろうが。いつものように強気でいればいいんだよ」

「―――勇也。そろそろ出番だよ。行かないと」


 気が付けば俺以外のメンバーはすでグラウンド中央に向かっていた。先を行く伸二の背中を追いかけて歩き出す。だけどその前にこれだけは言っておかないとな。


「―――勝てよ、二階堂」

「……フフッ。あぁ、勝ってみせるさ。吉住も、頑張って」

「おう! 任せておけ。楓さん、応援よろしくね!」

「はい! 全力で応援しますよ! 勇也君、頑張って来てください!」


 二人の激励を背に、俺はピッチに立つ。

 カッコつけた手前、いいところを見せないとな。


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