七夕SS:二階堂哀の場合

 一年の中でも七月七日ほど運命的な日はないと私───二階堂哀───は思う。去年の同じ日に、つい口が滑ってこのことを隣の席に座る吉住に話したら怪訝な顔でこんな風に言われた。


『いきなりどうしたんだ、二階堂? 熱でもあるのか?』


 まったく、失礼な奴だ。私にだって乙女心はあるんだぞ?


『考えても見なよ、吉住。七夕は織姫と彦星が一年の中で唯一逢うことを許された日だよ? これ以上に運命的な一日はないと思わない? 364日間、逢えないことを寂しく思いながらお互いのことを考える。そうして迎えた七月七日は最高に尊くない?』


『二階堂のそういう考え、俺は好きだよ』


 私が理由を話すと、吉住は優しい笑みを浮かべてこう言ってくれた。しかもそれは取り繕った答えではなく本心からの言葉だった。その証拠に彼の頬は若干赤らんでいた。ちなみに私は言い終えてから恥ずかしくてなってしばらく吉住の顔を見ることができなくなった。


「ねぇ、哀ちゃん。大丈夫?」


 ちょっと過去の思い出にふけっていたら正面に座っている友人の秋穂が心配そうな声で尋ねてきた。


「べ、別に何ともないけどどうして?」

「本当にぃ? だって眉間にしわを寄せて難しい顔をしたと思ったら、突然頬が緩んでにやけた顔に変わったのに何もないって言うのは無理があるよ?」


 頬杖を突きながら意地の悪い笑みを壁ながら秋穂は言った。そんなことないと思いながら私は確かめるように自分の頬を触ってみる。おかしい、気持ち熱を帯びているような?


「その顔はもしかしなくてもヨッシーのことを考えていたんでしょう? もう……哀ちゃんってば本当にわかりやすいんだから」

「……そんなことない。秋穂の気のせいだよ」

「ムキになっているところを見ると図星かにゃ? そう言えば今日は七夕だよね? あっ、確かこのショッピングモールの入り口に短冊を飾れるようになっていたから今から行かない?」


 言い忘れていたが、今私と秋穂がいるのは吉住や一葉さん達とよく遊びに来るショッピングモールだ。今日は週末ということもあって大勢の家族連れで賑わっている。


 ちなみにこの場にいるのは私と秋穂の二人だけだ。元々一人で映画でも観に行こうかと考えていたら秋穂から夏服を見に行こうと誘われたのだ。ちなみに秋穂の恋人の日暮と吉住は部活のため不在。一葉さんはどうしても外せない用事があるとのこと。


「楓ちゃんのことだから期末試験後の準備でもしているんじゃないかな? 前に〝勇也君が勉強頑張ったらご褒美を上げます!〟って言っていたから」

「……吉住の成績が上がっているのは一葉さんからご褒美が貰えるからだったのか……」


 そんな不純な理由とは思わなかった。見損なったよ、吉住。とこの場にいない隣の席の男の子に心の中で嫌味を言う。でも好きな人から〝頑張ったらご褒美を上げる〟って言われて頑張らない人はいないから無理もないか。私だって吉住から〝頑張ったらご褒美あげるぞ〟って言われたら───


「たとえ相手が誰であっても負けないよね? 球技大会の時みたいに」

「……うん。そうだね」


 私は素直に頷いた。球技大会当日。前半で心が折れかけていた私は吉住にわがままを言って名前で呼んで貰った。たったそれだけのことだけど、あれは私にとっては十分すぎるご褒美だった。願わくば勝ったご褒美に頭を撫でてほしかったけどそこまで言う勇気はない。


「哀ちゃんのそういう乙女なところ、私は大好きだよ。王子様と言うよりお姫様だよね」

「お姫様なんて柄じゃないよ、私は」

「そんなことないよ? 哀ちゃんは十分お姫様だよ。それこそ私たちの中で一番ピュアな清純派だよ」

「……それはなんだか褒められているのか貶されているのかわからない言い草だね」

「いやいや。楓ちゃんも確かにお姫様だけどあぁ見えて肉食系だからね? きっと今回のご褒美もとんでもないものを用意しているはずだよ? いつか〝プレゼントは私です!〟を実行するんじゃないかってヒヤヒヤしているよ」


 いやいや、秋穂。さすがに吉住が大好きな一葉さんでもそこまではしないと思うよ? せいぜいがちょっと際どい衣装───例えば童貞を殺すセーターを着て迫るくらいじゃないかな? それでも大分攻めていると思うけど。


「あぁ、ありえるかも! もしくは泡風呂なんか準備して一緒に入ろうって提案してそう!」


 こんな話を一葉さんに聞かれたら〝私はそんな破廉恥なことはしません!〟と顔を真っ赤にして怒られそうだ。


「これはあれだね。本格的に夏になったら哀ちゃんも攻める時が来るかもね。夏休みにみんなでプールとか行っちゃう? そこで水着でヨッシーにアピールしちゃう?」

「みんなでプールはなんか恥ずかしいから私はパスで。せめて夏祭りにしない? 花火も打ちあがるし、みんなで見に行かない?」

「おっ、いいね! それなら浴衣を着ないとだね! なんか今から夏休みが楽しみだよ!」



 この後、私達は夏休みをどうやって過ごそうか話で盛り上がった。帰り際、秋穂がどうしても短冊を書いて飾りたいと言うので渋々ながら私も一緒に願い事を書くことにした。


 私の願い事は一つだけ。


〝どうか私に想いを告げる勇気をください〟


 一年の中で唯一彦星と織姫が逢瀬を許された運命の日。素敵な一日を過ごしている二人の星の神様。臆病な私にどうか力を貸してください。

 

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