第90話:着せ替え人形がしたいんです!

 スマホのデータから現像したい写真をいくつか・・・・選んで仕上がりを待っていたら着信が入った。その相手は楓さん。一体どうしたんだろ?


「もしもし、どうしたの楓さん?」

『助けて勇也お兄ちゃん! 楓お姉ちゃんが! 楓お姉ちゃんが……!』


 聞こえてきたのは梨香ちゃんの声。それも相当焦っている。楓さんの身に何かあったのか!?


「どうしたの、梨香ちゃん!? 落ち着いて、状況を聞かせてくれる?」

『あ、あのね。楓お姉ちゃんと服を買いに着ているんだけどね。楓お姉ちゃんが少しおかしくなっちゃってね。店員さんを困らせてるの。だから早く助けに来て、勇也お兄ちゃん!』


 ん? 店員さんを困らせている? 楓さんが? なんで? そう思っていると梨香ちゃんは店内の様子を聞かせてくれた。飛び込んできた音声は―――


『だから! ここからここまでのお洋服を全部買わせてください! お金なら大丈夫ですから! 心配ないですから! なんでダメなんですかぁ!?』

「…………だいたいわかった」

『そういうことだから早く来てね! 待っているからね! 超特急で!』


 まさかの予想通りすぎる展開に俺はこめかみを抑えた。案の定、楓さんは暴走したか。大方梨香ちゃんに似合う服はどれかなって着せ替え人形にしたまではよかったが、全部可愛くて選べませんね。なら全部買っちゃいましょう! とか言い出したんだろうな。本人としては名案だったのかもしれないが、店側としては女子高生に棚買いをさせるわけにはいかないだろう。


「でもまぁ。気持ちはわからなくはないけどさ」


 タイミングよく仕上がった写真を受け取って出来上がりを確認しながら俺は呟いた。そこに写っている梨香ちゃんのヒマワリのような満面の笑みは心を癒す聖水だ。ちなみに隣に立って微笑んでいる楓さんは聖母様だな。この人が将来俺のお嫁さんになることを想像すると―――


「ダメだな。幸せすぎてにやける」


 ブンブンと頭を振って、俺は写真をいただいた三つの封筒に分けて入れた。一つは梨香ちゃん分、もう一つは楓さんと俺の分。残りの一つは俺個人の観賞用分。中身は秘密だ。


「さて、暴走している楓さんを止めに行きますかね」


 写真をバッグにしまい、俺は二人がいるショップへと急いだ。暴走したロボットは電源が切れるまで止まらなかったが、果たして楓さんを止めることができるのだろうか。



 *****



 店の前で梨香ちゃんがキョロキョロとしているのが見えた。待ち遠しかったのか、俺の姿に気付くぴょんぴょんと跳ね飛びながら手を振った。


「遅いよ、勇也お兄ちゃん!」

「ハハハ……ごめんね、梨香ちゃん。それで、楓さんは今どうしてるの?」

「それは自分の目で確かめて。うぅ……私の方が恥ずかしいよぉ」


 小学一年生を辱める行為とはいったい。梨香ちゃんと一緒に俺は恐る恐る店内へと入る。目に飛び込んで来たのはガルルルルとうなり声が聞こえてきそうなふくれっ面で店員さんと対峙している楓さんの姿。マジかよ。


「どうしてですか? どうして買わせてくれないんですか? これ全部、梨香ちゃんに似合いますよね? 可愛いですよね? だから全部買わせてください!」


 あぁ、うん。これは梨香ちゃんの気持ちが痛いほどわかる。全部似合うだの可愛いだのと言われ続けたら最初は嬉しいかもしれないが段々と恥ずかしくなり、止めてくれと叫びたくなるだろう。でもこうなった楓さんは止まらない。店員さんもたじたじだ。


「いえ、ですからその……さすがに全部というのは……」

「大丈夫です! 父には私から話しますから! 将来の子供ができたときの予行演習としてたくさん洋服買ったよ、って言えばむしろ喜んでくれますから!」


 店員さんがそんな馬鹿なという顔をしているが実はそうではないんだな。一人娘である楓さんの『俺と一緒に暮らしたい』っていう初めてにして史上最大のわがままを喜んで聞いてしまう頭のぶっ飛んだご家族だ。喜々としてお金を支払うことだろう。


「うぅ……こうなったら勇也君からも説得を―――っあ、勇也君! 待ってましたよ! さぁ、私と一緒に説得して下さ―――痛っ!」


 俺は羞恥で顔を赤く染めながら楓さんの頭に問答無用でチョップを振り下ろした。気分は映らなくなったテレビは叩けば直ると信じて疑わない頑固おやじだ。楓さんの狂った暴走を止めるにはこれしかない。


「すいません、ご迷惑をおかけしました。ちゃんと選んで買うようにしますので。ほんと、申し訳ありません」


 涙目でフグのように頬を膨らませて抗議の視線を向けてくる楓さんを無視して俺は店員さんに頭を下げた。苦笑いをして「はい、ごゆっくりお選びください」と言って離れていった。きっと裏に下がって盛大なため息をついていることだろう。


「もう! 勇也君は可愛い梨香ちゃんを見たいと思わないんですか!? これ全部梨香ちゃんに似合うと思いませんか!?」

「いや、それはそう思うけどさ……さすがに全部はちょっと……」


 楓さんが納得いきません! といった様子で指差した棚に並んでいる洋服は確かにどれも可愛い。ワンピースからこれからの季節にぴったりのTシャツ。スカートにパンツにより取り見取りだ。悩むのもわかるけど、さすがに棚買いはダメだろう。


「お家に帰ったらファッションショーをするんです! 絶対に楽しいですよ!」

「うん、それはさぞ楽しいだろうけどまず棚買いは忘れようか」

「どうしてですかぁ! 勇也君のわからず屋!」


 ダムダムと地団駄を踏む楓さん。梨香ちゃんはすっかりドン引きしている。俺だって同じ気持ちだが彼女の気持ちをどうにか静めるのが彼氏である俺の役目だ。


 だがどうする? このたくさんの洋服の中から梨香ちゃんに最も似合う可愛い服を選びだすことは俺にはできない。左右に素早く視線を動かして周囲を観察するとあるものが目についた。これだ。


「かくなる上はお父さんを呼んで買ってもらうしか……」

「楓さん! せっかくなら楓さんも一緒に服を買ったらどうかな!?」

「……え? 私もですか?」

「ほら、あのマネキンのコーデみたいにさ。楓さんと梨香ちゃんで同じ服を着るっていうのはどうかな? 親子コーデっていうのかな? 絶対可愛いと思う!」


 指差した先に展示されているのは母と子と思われる二体のマネキン。それは白地に花柄のワンピースの上に薄手のカーディガンを羽織っていた。これからの季節にちょうどいい春らしい装いは楓さんが着れば大人な女性の雰囲気を醸し出し、梨香ちゃんが着れば少女の可愛さを際立たせる。まさに二人にお似合いの服と言える。


「親子っていうよりは姉妹かもしれないけど、俺は楓さんにも梨香ちゃんにも似合うと思うよ? 二人が並んだ姿を俺は見たいなぁ……なんてね」


 想像しただけでにやけてしまうので俺はそれをごまかすように明後日の方向を向きながら頬を掻く。楓さんは目を見開いてマネキンを見つめること数秒。ふくれっ面が蕩け顔に変わった。


「ゆ、勇也君がそこまで言うなら梨香ちゃんと親子コーデにします。えへへ」


 よぉおおし! 作戦は大成功だ! 振り向いて梨香ちゃんにサムズアップ! 返してくれると思ったが、梨香ちゃんはなぜか頬を赤らめて俯いている。なぜ?


「楓お姉ちゃんとお揃いなんて……恥ずかしくて無理だよぉ……」

「えへへ。そんなことないですよぉ。さぁ、梨香ちゃん。一緒に試着室に行きましょうねぇ。勇也君に親子コーデを見せてあげないとですよぉ」


 背中に隠れていた梨香ちゃんの手をにへら顔をした楓さんが掴んで引きずるようにして連行していった。助けを呼ぶ叫びが聞こえるが俺はそれを無視して額の汗をぬぐった。


 ふぅ。これで一安心。

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