第88話:突然の行方不明
俺たちが映画を観にやってきたのは複合型のショッピングモールだ。映画館のほかにも様々なショップがあるので一日いても飽きることはない。ぶらぶらと見て回るのも悪くないのだが女の子二人がクレープが食べたいと言うのでフードコートに移動した。
「さて。クレープ買ってくるけど何が食べたいですか?」
「はいはい! 私はカスタード生クリームチョコバナナ!」
「私はカスタードストロベリー&ミックスベリー生クリームでお願いします」
梨香ちゃんが定番のチョコバナナで楓さんがイチゴ系か。すらすらと名前が出てくるあたりさすがは女の子。俺なんかとりあえずチョコバナナでいっか、くらいしか思いつかないぞ。
「それじゃ買ってくるから、二人はここでおとなしく待っててね。喧嘩したらクレープは没収だからね?」
えぇ!? と抗議の声を上げる二人を残して俺はお店へと向かった。さすがは春休みの週末。かなりの行列ができていた。しかもその多くが女性客かカップル。男一人でいるのは俺くらいだから気恥ずかしい。羞恥に耐えること十分弱。ようやく注文することができた。さらに数分待って二人分のクレープを受け取って席へと戻る途中、ズボンのポケットにしまっていたスマホが震えた。誰だろうか。出たいのは山々だが生憎と両手が塞がっているのですぐには出られない。まずは楓さんたちのところに戻らなくては。
「あぁ! 勇也君! やっと戻ってきてくれました!」
「楓さん? どうしたの? あれ、梨香ちゃんは? 一緒じゃないの?」
「そうなんです! 私がお手洗いから戻ってきたらどこにいなくて……どうしましょう!?」
顔面蒼白で泣きそうになっている楓さん。俺も起きていることがすぐには飲み込めなかったが、俺以上にパニックになっている楓さんを落ち着かせるためにもまずは席に座らせる。
「どこに行っちゃんたんですか……今すぐ探しに行かないと……何かあったら大変です!」
「落ち着いて、楓さん。パニックになるのはわかるけど冷静にならないと。ほら、クレープでも齧って落ち着いて?」
「あぁ……どうしよう。しっかりしているから大丈夫だと思って一人にしたんですけど……梨香ちゃん可愛いからまさか誰かに連れ去られたとか? もし梨香ちゃんの身に何かあったら私……」
「―――落ち着け、楓!」
俺は思わず強い口調で彼女の名前を呼んだ。びくっと肩を震わせる楓さんの口元にクレープを突き出して食べさせる。はむはむと生地と一緒に生クリームを頬張ることで少しは冷静になっただろうか。
「大丈夫。きっと待ちきれなくてどこかふらっと遊びに行っちゃっただけだから。すぐに見つかるって」
「うぅ……だといいんですが……」
もぐもぐとクレープを食べながらも落ち込んだ様子の楓さん。かくいう俺も内心では焦っていた。こういう時、まずは総合案内カウンターに行って迷子のアナウンスをかけてもらうのが一番だ。だからといって二人同時にここを離れてしまったら、梨香ちゃんと入れ違いになる可能性もある。となると楓さんには残ってもらって俺が行くのがいいか。
「よし、楓さんはここに残っていてくれ。俺は迷子のアナウンスを流してもらうように総合案内カウンターに行ってくるから。その間に梨香ちゃんが戻ってきたら電話して。いいね?」
「はい、わかりました……」
俯いている楓さんの頭をぽんぽんと撫でてから俺が歩き出そうとしたとき、恐る恐る声をかけてきた人がいた。
「あ、あの、すいません。そこに座っていた小学生くらいの女の子ならどこに行ったか多分わかります」
声をかけてきたのは梨香ちゃんと同い年くらいの女の子を連れたお母さん。その人は今俺たちが一番知りたい情報を知っているようだ。藁にも縋る思いで楓さんが詰め寄って尋ねた。
「り、梨香ちゃんを見たんですか!? どこで!? どこで見たんですか!?」
あまりの剣幕にお母さんとお子さんはびっくりして固まってしまった。これでは聞ける話も聞けなくなる。俺は楓さんの肩をそっと抱き寄せた。
「楓さん、落ち着いて。すいません、驚かせしまって。それで、ここにいた女の子はどこに行ったんですか?」
「あ、はい。その女の子ですが、きっと映画館のほうに向かったと思いますよ」
映画館? ついさっきまでいたのに何故?
「あのね! お兄さんとお姉さんが戻ってくる前にここをピ●チュウが通ったの! その後に付いて行くのを私見たよ!」
国民的人気アニメの電気ネズミがここに現れた? え、ますますわからないんだけど、どういうこと?
「夏に公開される映画の宣伝で写真撮影のイベントをしているんですよ。その告知で練り歩いていたのをたまたま見て付いて行ったんだと思います」
そういうことか。一人で待っていて退屈しているところに着ぐるみが歩いていたら付いて行きたくなるよな。さらにお母さんの話ではその写真撮影のイベントはまだやっているとのこと。
丁重にお礼を述べて、俺と楓さんは梨香ちゃんがまだ映画館にいる可能性に賭けて急いで向かった。本当なら楓さんには残っていてほしかったが頑として聞かなかった。
「嫌です! 私も行きます! 一人残って待つなんて嫌です!」
「……わかった。なら一緒に行こう」
押し問答をしている時間もないので二人で行くことにした。お願いだからいてくれよ、梨香ちゃん!
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