第2話 鍛錬 1

 僕を拾った老人はグランと名乗ったが、結局この名を僕は一度も呼ばなかった。何故なら『私の名前は覚えなくていい、師匠と呼べ』と命じられていたので呼ぶ機会がなかったのだ。


 師匠との生活は家に居た頃とは180°変わって鍛練漬けの日々だった。6年間何もしてこなかった僕に課せられた最初の課題は基礎体力作りだった。


 朝、日が昇る前に10㎞の走り込み。朝食後に30㎞、昼食後に50㎞日没と共に夕食を食べて泥のように睡眠を貪った。大変だったのは平坦な道ではない、ただの森の中を走り込むので、普通に走るより倍以上疲れるのだ。


 初めて走り込んだ時は300m程で倒れ込む位体力が無かったが、どこから現れたのか師匠が後ろから僕を蹴飛ばして無理やり走らされた。

少し走って休んで蹴飛ばされて、少し走って休んで蹴飛ばされての繰り返しだったが、生きて復讐したいと決めた時に今後弱音は絶対吐かないと決めていた。だからどんな鍛練でも歯を喰いしばって耐えた。


ただ、一つ心配事があったので一日目の始めに聞いたことがある。


「師匠、僕はもう11歳なんですが、今から鍛練して他の者に追い付けますか?」


 5才で才能を授かった者達は直後から鍛練を始めることが普通だ。いくら才能があってもきちんと努力していかなければその才能を十全に発揮できないからだ。逆にその才能にかまけて努力をおこたれば、その才能がない努力した者に負けることもごく稀にある。

ごく稀にというのは、ほとんどの才能は例えば通常は習得に10年掛かるものが、半年や数ヶ月で良いなど持つものと持たざる者の差が如実に現れるからだ。


だからこそ11歳の今から鍛練しても才能を持っている者はもちろん、持たずに努力している者にさえ追い付けないのではという不安があった。


「お前が心配することではない。お前は両親に捨てられたあの時一度死んだ。だったら死ぬ気で鍛練にはげむことだな。お前が望む力はお前次第でいかようにもなる」


「・・・分かりました。鍛練に励みます!」



 それから一週間ほど走り込みを続けると、1日全速力で走り回っても息が切れない位の体力がついた。こんなに簡単に体力がつくならもっと小さい頃からやっておけば良かったと思ったほどだった。



 次の鍛練は筋力作り。走り込んで下半身には走るための筋力は付いたが、上半身はヒョロヒョロで、正直お風呂に入った時に身体を眺めてみると、アンバランスで気色悪かった。


 やる事は基本的な腕立て、腹筋、背筋、重量挙げ等を体幹というものを意識してやりなさいと指示されたが、なんの事か分からずにやると走り込みの時と同じで蹴飛ばされ、正しい姿勢とやり方を教え込まれた。ちょっとでも教えられた姿勢から間違うと、蹴り飛ばされるのでお風呂の時には身体のどこにアザや怪我があるか確認しながら入ろうとするのだが、よほど上手に蹴り飛ばすのか、身体のどこにもアザも怪我も無かった。


 それから3日間筋力作りをしたが、結構筋肉が付いてきたところで『もう必要無い』と言われ次の鍛練になった。こんなに簡単に筋力が付くならもっと小さい頃からやっておけば良かったと思ったほどだった。


 次の鍛練は徒手格闘術としゅかくとうじゅつ。最初に師匠から言われた言葉は『じゅうよくごうを制す』というよく分からない言葉だった。しなやかなものが、一見弱そうに見えても、かたいものの矛先をうまくそらして結局勝ってしまうということの例えらしい。だから柔らかくしなやかな動きを心掛けろと言われ、型の動きをまず教えられたが、僕が想像した柔らかい動きは軟体動物の様な動きで、それを想像しながら型をすると、師匠の拳がクリーンヒットしてきた。


違う違うと言われながらも2日間型をやっていると、師匠の拳が飛んでくることはなくなった。『もう基本的な型は良い』と言われ次の鍛練へ移った。


 次は師匠との組手を日の出と共に延々とする。少しでも気を抜いたり隙を見せると、その瞬間に師匠の拳が急所と言われる場所にクリーンヒットする。師匠曰く、『どう殴られたら身体がどうなるのか、その身で確かめろ』とのことらしい。しばらく呼吸困難で地面に這いつくばっていると『早く立て』という声と共に拳が飛んでくる。

それから4日で『もう組手は良い』と言われた。

こんなに簡単に格闘術が身に付くならもっと小さい頃からやっておけば良かったと思ったほどだった。


 次の鍛練は刀剣術。師匠から言われた言葉は『武器は自分の身体の一部だと思え』だった。言わんとすることは分かるが、そんな急に自由自在に扱えないのに、少しでも武器の扱いを誤ったり、身体の一部ではなく、ただの武器のように扱うと師匠の棒術の餌食になった。


一体どの様に棒を扱えば、あれほど僕を叩きのめしてもアザの一つも付かせないのか・・・やはり師匠は只者ではない。

刀剣術の鍛練は初日こそ木の武器だったのが、翌日には真剣へと変わっていた。最初に『切れ味を身体で覚えろ』と言われ腕を斬られた時には正直卒倒するかと思うほどの恐怖だった。


斬られるという感覚を初めてその身で実感したのだが、最初は痛みはなく冷たいだった。そして熱いに変わり、最後に激痛を実感する。その感覚はこれから二度と味わいたくないものだ。師匠曰く、『武器の恐怖を知ることは武器の扱い方を知ることにつながる』とのことだった。どう武器を扱えばどう身体を斬れるのかという事らしい。


 血がだらだらとしたたる位には腕を斬られたが、5分もすると血は止まり、10分すると傷も塞がって動かしても痛みは感じなくなった。

師匠の斬り方が凄いのか、こんなに速く斬り傷とは治るものなのかと驚いた。


ただ体術の鍛練のせいなのか、今までの鍛練での習得速度に比べると武器の扱いに馴れるのに相当時間が掛かってしまった。師匠から合格点を貰えたのは1週間後だった。


そして師匠から指示された次の鍛練はーーー


「次は勉学だ」

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