第211話 絆 18

 そして、ドラゴン掃討作戦開始から一ヶ月近くが過ぎようとしていた今日、ようやくこの大陸全ての都市を回り終えることが出来た。もちろんドラゴンに襲われようとしている時に介入して。ただ、終盤はドラゴン達の数が減り過ぎてきてしまったため、襲ってきた半数を討伐して、残りは撃退するような方法をとっていた。


回数を重ねる毎に、比較的弱いドラゴンの下級種であるドレイクやワイバーンはほぼ狩尽くしてしまい、残ったのは中級種のバハムートやヒュドラだった。そのため、中級種の群れが迫り来ていた都市では大混乱となってしまったので、撃退した後の話しが中々始められないという事態も起こってしまった。



 とにもかくにも、この大陸に存在して人間の味を覚えていたであろうドラゴンは全て討伐を完了したので、次の段階に移ることとなった。即ち、各地区の住民達の意思確認である。


「では、ファラさん、準備は良いですか?」


 第一地区の会議場執務室には、僕とメグ、シャーロット、そしてファラさんがいる。今後はこのメンバーで各地区を回って意思確認をしていくつもりだ。当然移動は僕の空間魔法なので、予めファラさんには話しておいたのだが、信じられないという心境と、未知の魔法に対する恐怖心のためか、少々青い顔をしている。


「あ、あぁ、大丈夫さ。ただ、空間を一瞬で移動するなんて・・・本当に大丈夫なのかい?」


「ダリアが失敗したところなど見たことありませんよ。大丈夫ですから、ご安心なさってください」


メグが不安な表情のファラさんに笑顔で語り掛けると、表情は若干落ち着いたように見えるが、それでもどこか心配そうだった。


「ファラさん、あまりそんな表情をされてしまいますと、住民の方達にはダリア様が脅して連行しているように映ってしまいますので、一度深呼吸をして、もう少し気分を落ち着けてくださいませんか?」


シャーロットが懸念を口にしたことで、ファラさんはそれもそうだと納得顔になり、言われたように数回深呼吸をしていた。その甲斐あってか、最初よりはよほど良い表情になっていた。その瞬間を逃すことなく僕は魔法を発動する。


「では、行きますよ。〈空間転移テレポート〉!」



 まず始めに向かったのは、一番最初にドラゴンの討伐を行った地区だ。一応事前に従魔を使って、今日訪れることは連絡済みだ。その移動方法も含めて。


「っ!!?ひっ?きゅ、急に人がっ!!?」


「なっ!?一体どこから?」


住民達は急に目の前に現れた僕達に驚きの声を上げていた。僕は笑顔を振り撒きながら周囲を見回し、目的の人物を探す。そして、集まってきた住民達の人混みを掻き分けるように、小太りの男性が僕たちの前へと進み出てきた。


「こ、これはこれはダリア様、お待ちしておりました!まさか本当に空間を跳躍するような魔法があるとは・・・いやはや、信じ難い事ですが、ダリア様なら何が出来てももはや驚きませんな・・・」


ジョスさんは乾いた笑いを浮かべながら、手を擦り合わせて話し掛けてきた。


「お出迎えありがとうございます。本日は予め連絡したように先日の返事を聞きに来ました。とはいえ、色々と聞きたい事や確認したいこともあるでしょうから、そういった事に詳しい人達も連れてきました」


そう言いながら隣に並んでいるメグ達を見やった。


「初めまして。私は新国家で内政を担当することになります、マーガレット・フロストルと言います」


「私は各地区との折衝等を担当します、シャーロット・マリーゴールドと言います」


「私は第一地区の代表のファラと言う。よろしくな」


3人が挨拶をすると、ジョスさんは驚いたようにファラさんを見つめた。


「あ、あなたが第一地区の代表でしたか!いつも従魔での連絡感謝しております」


「いいさ。各地区の状況や、ドラゴンの動向などはこの大陸に住まう者にとって重要な情報だからね。役に立っていたのならそれで良い」


 ファラさんは何でもないことのように、笑いながら彼からの感謝を受け取っていた。そうして、一言二言会話を交わした後に、この地区の集会場に案内された。そこには数十人の住民達も集まっており、これから始める話し合いに興味深々といった表情だった。


「では、先日僕がお伝えした提案について、地区としてはどうされるか聞かせてくれますか?」


話し合いの早々に、僕は今回の訪問の核心となる質問を彼らに問い掛けた。


「先日、第一地区の代表から送られてきた内容も拝見いたしまして、大陸に散らばっている各地区を、一つの国として纏める理由や意義については私共としても納得しておるところです。ただ、具体的には何が変わるのでしょう?」


ジョスさんは新しい国家の住民になることについては特に反対していないようだったが、どのように生活が変化するのかを恐れているようだった。その疑問にメグが答える。


「すぐに大きく何かが変わるわけではありませんよ。各地区の自治は今まで通り代表者の方にお願いしますし、ほとんど今まで通りの生活と大差ないと思います」


「・・・すぐには変わらないと言うことは、ある程度時間を掛けて変えていくと言うことでしょうか?」


「そうですね。混乱がないようにゆっくりと変えていきたいですが、国家としての約束事は、出来れば早急に確認していただきたいです」


「約束事ですか?」


「そんなに難しいことではないですよ?他人を傷付けないとか、差別しないとか、盗みを働かないとか、一般常識的な内容です。限られた人数の中での生活であれば、互いに家族のような付き合いでそんなことは起こらなかったかもしれませんが、人数が増えていくと、もしかしたらそんなことをする人も出てくるかもしれません。ですので、そんなことはしてはいけませんよ、という約束を守ってくださいね、という事です」


「・・・それは当然でしょうな」


メグの言葉に、そんな事は当たり前だろうという反応をこの部屋の住民、みんながしていた。


「後は、少し時間がかかりますが、各地区を繋ぐ街道を整備しようと考えています」


「街道ですか?」


「はい。馬車等を利用されれば、数日で別の地区へも移動できるようになりますよ?」


「しかし、外にはたくさんの魔獣達が・・・とても無事に移動できるなど・・・」


「大丈夫です!魔獣については僕がかなり間引きますので、安全に通行できますよ」


移動中に魔獣に襲われるかもしれないという彼の心配に、問題ないと告げる。ただ、僕の言葉に彼は疑問を持ったようだ。


「は、はぁ、しかし間引くということは、全滅はさせないということなのですか?」


「実は魔獣も食料になったり、その骨や毛皮も貴重な素材になったりします。実際に僕の住んでいた大陸では、冒険者という職業の人達が魔獣を討伐して、その肉や素材を売って生計を立てているんです」


「ま、魔獣を食べる?・・・食べられるんですか?」


彼の疑問は周囲にいる住民達も同様のようで、僕の言葉に驚きを隠せないようだった。


「もちろんですよ!確かに飼い慣らされた家畜の方が脂が乗ってジューシーかもしれませんが、魔獣の肉も十分美味しいですよ!ただ、食べられる魔獣とそうでないものもいますので、その点については僕の方で分かりやすい表を作っておきますね」


王国の冒険者協会には、初心者向けのそういった本があったはずなので、こっそりと王国へ転移して持ってきてしまおうと考えていた。


「な、なるほど。我々は今まで外壁から外に出たことはありませんから、そんな食文化もあるのですね・・・」


感心したようにジョスさんは話すが、幾人かの住民達は信じられないといった表情をしていた。もしかしたら外壁の上から魔獣の姿を見たことがあって、その姿から嫌悪感を持っているのかもしれない。


「それから、これは将来的な変化になりますが、しばらくは物々交換により欲しいものを手に入れるということになりますが、わざわざ重い物を運んだりするのも大変でしょうから、貨幣経済を取り入れようと考えています」


シャーロットの言葉に住民達は一様に首をかしげてしまった。


「か、貨幣経済?」


「はい。交換したいと思う物と同じ価値を持つこの様な硬貨を代わりに使って、持ち運ぶ負担を無くすのです」


「は、はぁ、なるほど・・・」


いまいち理解できていないような反応だったが、この大陸ではそんな文化が無かったので仕方ないだろう。


「大丈夫です。すぐにそうするという訳ではありませんし、確実に浸透するように丁寧にご説明していきます」


「わ、分かりました」



 その後も細々とした質問が、この場に集まった住民達から寄せられたが、その全てをメグとシャーロットが丁寧な口調で説明し、みんなの不安を払拭していった。そしてーーー


「それで、この地区はどうする考えだね?」


質問も一段落したところで、ファラさんがジョスさんにこの地区としての意思を確認した。


「・・・色々不安な部分もありますが、良い話だと思いますし、その考えも納得できます」


そう前置きした彼は、一呼吸置いて集まっている住民達を見渡した。彼に対してみんな力強く頷いていた。


「この地区の全住民の代表として、ダリア様からもたらされた提案、新たな国家の住民になるという事を了承いたします」


その言葉を聞いて、僕は少し肩の荷が降りた気がした。少なくともこちらの提案があちらにとっても益になると判断されたのだろう。これから他の全地区にも回らないといけないので、この地区での事が良い弾みになりそうだった。


「ご判断ありがとうございます。これからよろしくお願いします」


僕はジョスさんに握手を求めると、彼も笑顔で返してくれた。


「こちらこそよろしくお願いします。我らの国の王よ」

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