第210話 絆 17

 遠目に見えるおびただしいまでのドラゴンの群れが、都市の上空でその様子を見つめる僕に接近してきていた。足元からは、この都市の住民達が絶望するような声が聞こえてくる。そんな悲鳴を聞きながら、自分のすべき事を今一度思い起こす。


(なるべく派手で見映えの良い倒し方、か・・・)


 ファラさんとの話し合いから一週間後ーーー


僕達は今後の基本方針を決めてから行動へと移った。その大まかな方針として、全都市へのドラゴン討伐と、その後の魔獣の間引きを予め周知しておく必要があった。


前段として、ファラさん達に僕の実力を確認してもうために、第一地区上空で〈紅炎爆発プロミネンス・フレアを放ったのだが、その強大な威力のせいで、その後の僕に対する態度がどこか余所余所しいものになってしまったほどだった。


また、ドラゴンを一掃するのに直接住み処に討伐しに行くのではなく、各都市へ襲いに来たドラゴン達を順次討伐することで誰の功績か分かりやすく住民へ示すということが策略の一つとして必要だった。その際、圧倒的な力でもって一掃するということ。そして・・・


(討伐が終わった後に住民達への宣言・・・上手く出来るかな?)


 住民達の窮地を救う形になるので、その方がこちらの言葉を聞きやすくなるだろうという打算あってのことだ。さすがに急にこの大陸に新しく国を創るので、その住民になって欲しいと言っても賛同を得られるか分からないが、圧倒的武力を背景にその庇護を得られるとなれば、少なからず検討はするだろうという考えだ。


(まぁ、各都市との交渉はシャーロットがやる気を見せてくれているし、僕は僕の出来ることをするだけだ!)


 今後の方針を再認識し、かなり近づいて来ているドラゴン達を見据えて、そろそろ行動を開始するために風魔法を発動してこの都市の住民達に僕の声を響かせる。


『聞けっ!この都市に住まう者達よ!!空を見て分かる通り、今この都市は滅亡の危機に瀕している!だが案ずるな!僕が君達を救って見せる!この絶望の淵から君達を救い出し、新たな可能性の未来へと連れていこう!!』


〈不可侵空間〉を利用して都市上空に悠然と立っている僕に、少なくない住民達から視線が向けられてくる。少し距離があるので顔までは分からないかもしれないが、神人の衣装として使っていた白の狩衣という目立つ格好をして印象に残るようにしている。


ざわざわとした困惑の声が聞こえてくるが、今やるべきは住民達に僕の力を見せつけることだ。既に外壁周辺まで到達したドラゴンの群れに向けて攻撃を開始する。


「〈紅炎爆発プロミネンス・フレア〉!」


指向性を持たせた〈紅炎爆発プロミネンス・フレア〉で近づいてくるドラゴン達を迎え撃つ。一瞬虹色の光が辺りを照らし、次いで轟音と共に紅炎が一直線にドラゴンへと殺到する。


『『『ガアァァァァァーーー!!!!』』』


『ドドドドドゴーーーン!!!』


『ーーーーーーーーー』


それは僕に対する威嚇の咆哮だったか、断末魔の叫び声だったのかは分からない。ただ、その咆哮を最後に、人間を襲おうと襲撃してきたドラゴン達は、跡形もなく消滅したのだった。数匹の打ち漏らしはあったが、以前と同じように転進して逃げ出してしまったようだ。


(これに懲りて別の都市に向かってくれればいいけど・・・)


 今回の行動方針では、襲われる各都市を救うということで僕の力を見せつけないといけない。その為、同じ都市を襲われ続けられても埒が明かないのだ。欲を言えば全ての都市を順々に襲って欲しいのだが、そう上手くいかないだろう。そこで、数匹のドラゴンは逃がし、この都市に来ると全滅するぞという認識を植え付ける。多少知性があるはずなので、これに懲りたらもう来ることはないだろうという目論見だ。


この作戦も僕の空間認識があって初めて可能となる。人の集まる場所へドラゴンが移動し始めれば〈空間転移テレポート〉で先回りして討伐していく。時間も手間も掛かるが、僕の力を見せるにはこれが一番効率的だろう。


(ついでに命を助けられたという恩も売れるしね)


恩があるから新しい国家の住民になってくれるかまでは不明だが、それでもこちらに抱く印象は良くなるだろう。もっとも、全ての都市を回る前にドラゴンが全滅してしまうと、恩が売れなくなってしまって困るのだが。


そう考えつつも、まずはこの作戦最初の都市の住民達の反応を窺おうと眼下を見渡すと、みんな上を向いたまま口を開けて、目が点になっていた。どうやらあまりの衝撃的な光景に言葉もないようだ。


一通り都市を見渡してから地上へ降りると、住民からは歓迎とも恐怖ともつかない表情で迎えられた。


「怪我はありませんか?」


僕を見つめ、動けないでいた住民達に気遣いつつ言葉を掛けた。


「・・・え、ええ、わ、我々は大丈夫です・・・」


近くにいた男性が応えてくれたが、その震えた声には恐怖の感情が込めれているように聞こえた。


「予め第一地区の代表から各地区へ連絡が言っていると思うんですが、聞いていませんか?」


これでは話が進まないだろうと考え、連絡を受け取ってないか確認することにした。


「・・・・・・?」


しかし、目の前の男性や、周りの住民達も僕の質問に疑問符を浮かべてしまっていた。


(あれ?もしかしてこの地区には従魔が来ていない?)


どうしたものかと困っていると、こちらに向かって馬が猛スピードで近づいて来ていた。蹄の音に住民達もそちらに顔を向け、何事かと囁き合っていると、一人の小太りの男性が到着するやいなや、慌ただしく馬を降りて駆け寄ってきた。


「お、お迎えが遅れまして申し訳ございません!私、この地区の代表をしておりますジョスと言います!」


「初めまして。僕はダリア・タンジーと言います。その様子なら第一地区から連絡が言っていると思いますが、住民には伝えなかったのですか?」


僕の質問に、ジョスさんは大量に汗を流しながら青い顔をして答えた。


「な、何ぶん驚くべき内容だったものですから・・・私としても住民にどう伝えるべきか検討しておりまして・・・気付けばこんな状況になってしまいまして・・・」


彼は懐から取り出したタオルで滴る汗を拭いながら、歯切れの悪い返答をする。どうやら連絡の内容が信じられずに、自分の所で情報を止めていたようだ。ただ、実際に僕の実力をその目で見たことで内容が事実だったと分かり、慌てて弁明に来たのだろう。


「そうですか、僕としては住民の皆さんが驚かないようにという配慮もあったのですが、伝え方というのは難しいものですね」


「はは・・・、仰る通りでございますな」


彼は目を逸らしながら苦笑いを浮かべた。


「では、ちょうどこの地区の代表であるあなたと、住民の皆さんも居ますので、ここで改めてお伝えしておきますね」


「は、はぁ、何をでしょうか?」


「僕はこの大陸に新たな国を建国しようと考えています!今はその為に生活の邪魔になるドラゴンの掃討を、大陸中を回って成しているところです」


僕の言葉に周りにいる住民はざわざわと騒がしくなった。「そんなこと可能なのか?」とか、「でも実際にドラゴンは・・・」とか、「国が出来たらどうなるの?」などと、住民同士で言葉を交わす声が聞こえてくる。


「そ、それでは、我々はその国の住民として組み込まれると?」


「もちろん強制ではありませんが、僕の庇護下に入れば平穏な生活を約束しましょう。その為の力は、先程見ていただいた通りです」


「・・・しかし、住民になるからには義務も発生するのではありませんか?」


ジョスさんは僕の話に不安な表情で、そう聞いてきた。


「当分は今までと変わらぬ生活を送ってもらいますから心配ないですよ。そもそもこの大陸の現状は皆さんよく理解されていると思いますが、このまま何も出来なければドラゴンの食料になって滅んでいくしかないと・・・」


「「「・・・・・・」」」


僕の指摘にジョスさんだけでなく、周りで聞いていた住民達も暗い表情で下を向いてしまった。そんな彼らを勇気づけるように声を大にして語りかける。


「僕にはその運命を覆す力がある!そして、みんなが一丸となって新たな国を創ることが出来れば、この大陸は生まれ変わる!空を見て怯えることも、知人の誰かを生け贄に捧げることもない!平穏で幸せな生活が送れるようになるんです!!」


「・・・ほ、本当にそんな生活が送れるのか?」


僕の宣言に、近くにいた住民の男性が問いかけてきた。


「本当に送れるかどうかは、みなさんの協力次第です!僕には単純な力はあっても統治の知識には疎いです。でも、僕を支えてくれるたくさんの仲間がいます。そして、みなさんにも仲間になって欲しい!」


「・・・この地区の中だけでも生活は送れる。国を創って、俺達が住民になる意味なんてあるのか?」


「外敵が居なくなれば人口は増えていくでしょう。やがてこの都市の中だけでは賄えられなくなるほどに。そんなとき、あなた達はどうしますか?口減らしの為に子供を捨てますか?それとも外壁の外に可能性を求めますか?」


「そ、それは・・・」


「もし、外壁の外に可能性を求めたとして、他の地区の住民の方も同じように考えた場合、土地の奪い合いが起こる可能性があります」


「・・・・・・」


暮らしに適した場所というのは、そう簡単に見つかるものではないだろう。開拓のしやすさを考えれば、出来るだけ平坦な場所で、水場の近い場所が望ましい。そんな理想的な場所はそうそう簡単には見つからないだろう。


「あなた達の子や孫が、そんな事にならないように、国がみなさんの住む場所を提供した方が争いも生まれず、安心して生活できると思いませんか?」


「・・・そんなこと出来るのか?」


「そんなことが出来る力があるから、僕はこうやって行動しているんです」


「まだ子供に見えるが、大丈夫なのか?」


「僕だけでは無理ですよ?だから仲間が必要なんです。そして、第一地区は既に僕に協力して動いてくれています。それはこの地区の代表に届けられた知らせにも書かれているはずですよ?」


僕の言葉に住民達はジョスさんに視線を向けると、彼はコクコクと何度も首を大きく縦に振っていた。


「国か・・・そうなれば平穏に暮らせるのかな・・・」


住民の男性が吐き出すように呟いたその言葉は、まるで水面に投げられた小石の波紋のように周りの住民達にも伝播して、僕の言葉を真剣に考え出してくれたように見えた。


「この場での返答は求めません。まだ僕にはやるべき事がありますから!この大陸中のドラゴンを討伐し終えたその時には、改めて答えを聞きに来ますので、みなさんそれまでじっくり検討してみてください」


 そうして、この大陸での新国家建国に向けた動きの、最初の地区を後にした。

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