第149話 戦争介入 27

「〈隕石落下メテオ・ストライク〉!」


 僕の魔力を全て注ぎ込み、最大限まで圧縮された隕石は途方もなく巨大なものとして出来上がった。隕石が落ちてくる様子は、その巨大さのせいもあって、まるでゆっくりと落ちているような錯覚さえ感じさせるものだった。その様子に、近くにいる3人の息を呑む雰囲気が感じられた。


とはいえ、このまま地面に激突させてしまっては大変なことになるので、次の作業に移る。既に僕の魔力は全快しているので、魔力欠乏を起こすこと無くどんどんと魔法を行使していく。


「〈大空間切断エリア・スラッシュ〉!」


空間認識を最大限に利用し、落ちてくる隕石を空間魔法で細切れにしていく。そして、あの巨大な大質量隕石は、大量の砂のようになって砂漠へと落ちた。さすがにこの広さとなれば、一度では十分な量を稼ぐことは出来ないので、何度も同じことを繰り返して、砂漠の砂の上に隕石から作った粗い土を全体的に被せていく。


 壁の上を移動しながら100回ほど繰り返すと、僕が囲んだ砂漠は全て新しい土で覆われ、元が砂漠だったのかすら分からなくなったほどだった。その光景に、ジャンヌさんをはじめとする帝国の人達は、開いた口が塞がらないといった感じでただただ言葉もなく見つめていた。特にジャンヌさんは、美人な顔が台無しなぐらいの表情だった。



「では、次に移りますね。〈大津波ダイダルウェーブ〉!」


 次の段階は、この水気の無い大地を第五位階水魔法で一旦浸してしまうことだ。水分を吸収させて、徐々に農業に適した土へと変えていく。ただ、これも広大な土地に十分な水分量を流し込まないといけないので、先程と同じように移動して、何十回と繰り返しながら水を大地に浸透させていった。


 一通りの作業が終わると、意外にも隕石から作った土は水捌けも良いようで、黒々とした、見た目には肥沃な大地に変わっているようだった。しかも〈大津波ダイダルウェーブ〉のお陰で地面が良い感じにならされている。


 さらに次の作業に取りかかる。


「〈大地操作グランド・コントロール〉!」


続いて、第三位階土魔法でこの大地を耕す。撹拌かくはんするように地面を動かし、空気を含ませるのだ。そうしてしばらくすると、見渡す限りのフカフカの大地へと変貌していた。そのまま〈大地操作グランド・コントロール〉を使って、簡単に農地を区分けしつつ、通路や水路、貯水池も作り出す。空間認識できっちりと碁盤の目状になったのを確認して、ジャンヌさん達に向き直る。


「どうですか?こんな感じなら農業が出来ますか?」


 出来上がった元砂漠地帯に手を向けて、農地としての出来映えを聞く。しかし、僕の声に3人とも反応できずに、ただただ壁の上から出来上がった農地を見ているだけだった。


「・・・・・・おい、ニコライ?」


「・・・はい、何でしょう?」


「これは夢か?」


「私も夢だと思いますが、どうも現実のようです・・・」


「そうか・・・私が疲れているわけでは無いようだな・・・」


「ええ、そのようで」


2人は目の前に広がる大地をぼんやりと眺めながら、そんな会話をしていた。どうもあまりの状況にずっと理解が追い付いていなかったようだ。


「みなさん、下に降りて土の状態を確認しますか?あいにく僕は農業をしたことがないので、これが良い土なのかどうか分からないのです」


「・・・あ、ああ、そうだな。セト、お前は確か農民の出身だったな?」


「・・・はい」


「土の良し悪しは分かるか?」


「・・・大丈夫です」


「では『神人』殿、頼む」


ジャンヌさんの僕を呼ぶ敬称に何故か殿が付いたが、特に気にせずみんなを〈空間転移テレポート〉して下に降ろした。


 通路とした場所は、しっかりとした固さがあり歩きやすい。農地の方の土も触ってみたが、かなりフカフカでさっきまでの砂漠の大地とは思えない出来となっていた。そんな土を真剣な眼差しで触りながら見詰めている、セトと呼ばれた書記の人がウンウン唸っている。


「こ、これは・・・本当に良い土になってる!?あの砂漠の大地とは思えない・・・」


「本当か!?では、この土で作物は育てられるのか?」


「そ、それは問題ないです。これだけ肥えた土地なら何でも育てられますよ!もうジャガイモではなくて、普通の野菜や小麦、米・・・本当に何でも育ちますよ!」


「そうか・・・良かった」


セトさんのその言葉に、ジャンヌさんは満面の笑みを浮かべていた。ニコライさんも笑顔だったが、何か言いたげでもあった。それはきっと、農地は出来てもそこから作物を収穫するまでは相当の期間が掛かることや、手入れをする人材等の不安があるのかもしれない。


「では、土の準備は出来たと言うことで、いよいよここからが本番ですね!」


そんな彼女達を見やり、僕はこれからが本番だと伝えた。


「は?え?何を言っている?これが奇跡では無いのか?」


「まさか!これでは帝国の問題の半分も解決していないでしょう?次はここに作物を作ります。手持ちに小麦の種しかないので、とりあえずこの辺一帯を小麦畑にしますね」


「『神人』殿、農業の知識がないということでご存じ無いのかも知れませんが、作物が育つのには何ヵ月もの時間を要するのです。一日二日で収穫できるものではありません」


僕の言葉にニコライさんがおずおずと農業について説明してくるが、そんなことは僕も百も承知だ。ただ、僕には時間の概念が通用しないと言うだけで・・・。


「ふふふ、言ったでしょ?奇跡を見せると。では、〈風操作ウィンド・オペレーション〉!」


 僕は収納から次々と小麦の種を取り出し、それを風魔法にのせて認識できる範囲に種植えをしていった。ものの数分で終わり、集中するため目を閉じながら最後の行程に取りかかる。


(集中・・・集中・・・時間加速!)


 空間認識するこの広大な大地の時間を早めていく。加速は元々得意なので、空間認識下では100倍ほどの加速が出来るようになっていた。本来小麦の収穫までには約7ヶ月の歳月を必要とする。しかし、僕の【才能】を使うことで、たった2日での収穫が可能だ。それでもここに2日間いるわけもいかないので、全体的に適度に成長させてから、目視しての加速に切り替えるつもりだ。


そうこうしていると、ジャンヌさんやニコライさんの驚く声が聞こえてくる。


「お、おぉ!?何だこれは!?あっという間に芽が出て、成長していくぞ!!」


「し、信じられません!!」


「あっ、これは夢だったんだ・・・そうだよな・・・」


セトさんは目の前の光景に、夢だと思っているようで変な笑い声を出していた。全体的に膝丈くらいに成長したところで、一旦止めてみんなに話し掛ける。


「さて、全て成長させても良いんですが、これはデモンストレーションなので、まずはこの区画の小麦だけ見てください」


そう言って、目の前の区割りさえれた畑の成長途中の小麦に目を向けさせた。


「いきますよっ!」


「「「っ!!!」」」


3人は声になら無い声で驚いたようだ。人とはそんなに目が開くのかと言う位3人の目は見開かれていた。ただ、それも無理はないだろう。なにせ目の前の小麦は一瞬にして黄金色の穂を付け風に揺られてソヨソヨと揺れていたのだから。しかもそれが、目の前の区画一面に広がって、黄金色の絨毯の様になっている。僕もその光景に少し驚き、見とれているのだ、3人は僕以上だろう。


「さぁ、もう収穫できますので、ちょっと確認してもらって良いですか?」


「「「・・・・・・」」」


僕がそう言っても3人は動こうとしなかった。ただ、目の前の光景に惚けている様で、僕の声が耳に入っていないようだった。


「あの?ジャンヌさん?」


まるで動こうとしない彼女の服を引っ張り声を掛けた。


「っ!!!す、すまない!そうだな、出来を確認する必要があるな。セト、頼むぞ」


「は、はい!」


セトさんはおずおずと小麦の穂を手に取り、籾殻を剥いて出来を確認した。


「じょ、上物ですね・・・これなら皇帝に献上できるような品質だと思います」


「それは良かったです。帝国の砂漠地帯を全てと言うと、生態系の事もあるらしいので難しいかもしれませんが、こんな感じで、2時間もあれば農地が出来上がります。食料問題については解決できるんじゃないですか?作物の育成については最初は手助けしますが、その後は自分達でやらないと意味無いですので、そこは頑張ってくださいね!」


僕の言葉に、しばらく小麦畑を見つめていたジャンヌさんが大きく頷き僕に近寄ってきた。


「ありがとう!『神人』殿!」


そう言いながら、彼女は右手を差し出してきた。僕はその手を握り返し、力強い握手を交わした。


「これである程度、問題は解決しそうですか?」


「そうだな、食料が安定すれば鉱物資源を買い叩かれる事もなくなるだろう!」


「それは良かったです!」


不意にジャンヌさんは、握手したままの手に力を入れた。僕をぐいっと引き寄せ、少し身体を屈めて小声で耳打ちしてきた。


「時に、君の名前は教えてはくれないのか?」


 一応正体は秘密と言うことにしておこうと思っているので、どうしたものかと悩んでいると、ジャンヌさんは更に言い募る。


「帝国のとも言える君の名前さえ知らないというのは、寂しいではないか。大丈夫、私は口が固い。もちろん他言無用だ!」


恩人という言葉に重きを置いた彼女の言葉に、それもそうかなと思う。


(怪しげな『神人』よりも、名前を知っていた方が信頼が置けるかもしれないしな・・・)


そう思って、彼女にこそっと名前を伝えた。


「僕の名前はダリア・タンジーと言います」


「そうか・・・なるほど、良い名前だ」


僕の名前を知り、彼女はうっとりしたような笑顔で僕を見つめ、少し頬を赤らめながら握手している手に、更に力が込められた。


「っ?どうかしましたか?」


「・・・いや、その、私との事をもう一度聞きたくてな。勘違いするなよ?私はただ、自分に課した決意に従っているだけだ!」


どうしたかと思えば、どうやら昨日僕に求婚したことの続きらしい。結構はっきりと断ったと思うのに、未だ彼女は諦めていなかったようだった。


「その~、昨日も言いましたがーーー」


「待て!その先は聞きたくない!」


僕が再度断ろうとしたのだが、彼女は僕から飛び退き、右手を突きだし、駄々をこねるように頬を膨らませて僕の言葉を聞こうとしなかった。


(え~、面倒にならないように、ここでスッキリしておきたいのに)


僕が困っていると、彼女は意を決したように聞いてきた。


「もしや、女性を好きになる事が分からないと言ったのは、他に好きな者がいて、私を気遣った断りだったのか?」


その言葉に、このまま『そうですよ』と伝えて話を終わらせた方が良いと考え、彼女のその勘違いを使うことにした。


「・・・実はそうなんです」


「っ!!!!!そ、そうなのか・・・」


「えぇ、ですかーーー」


「分かった!では、君が見込んだ女性と会わせて欲しい!」


話を終わらせようとする僕の言葉に被さってジャンヌさんが会わせて欲しいと言ってきてしまった。


「えっと・・・どうしてでしょうか?」


「君を任せるに足る人物か見定めるためだ!」


一点の曇りの無い真摯な表情をしながら、ジャンヌさんはそう言ってきた。


(あ~、どうしよう!余計面倒なことになってきたぞ・・・)


 僕は表情には出さずに、頭を抱えたくなる心境を隠しながら苦笑いするしかなくなってしまった。

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