第111話 オーガンド王国脱出 6
翌日の午前中、王城から呼び出されていた僕は、前日同様早めに王城へと到着した。前日にメグを救出するために不法侵入していることなどおくびにも出さずに。
城門の騎士に通行証を見せてからしばらく待つと、昨日の妙齢のメイドさんが落ち着いた足取りで歩いてきた。
「お待たせしました。では、ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
「はい、お願いします」
メイドさんの案内で後を付いていくと、昨日とは違う場所へと通された。そこは、王城の中に広々とある中庭だった。そこには噴水が綺麗な水飛沫を上げ、青々とした木々が植えられ、とても王城の一角にある所とは思えない場所だった。
(
時間にはまだ一時間以上もあるのだが、メイドさんは「ここで今回の式典を執り行います」と言って、予定の場所を見せてくれた。正直、式典をするにしては何の準備もなされていない、ただの広い庭なので疑問を感じたほどだ。
(式典だから昨日みたいにもっと仰々しいものかと思ったんだけど、もしかしてあまりにも急だったから簡素にしたのかな?それとも、フリージア様の関係でここに場所が移されたとかかな?)
一介の平民と、上位貴族で聖女と言われるフリージア様では、王国としての対応は全く異なるだろう。 そんなことを考えていると、メイドさんが庭の一角にあるこじんまりとした天幕を指差してきた。正直庭が広すぎて、そんなところに天幕があったなんて気付かないほどのものだった。
「ダリア様、本日はあちらで時間までお待ちいただきますので、ご了承ください」
「はぁ、分かりました」
昨日とは打って変わった対応だが、そう指示されたのなら仕方ない。僕は天幕に入り、出してくれた飲み物に口を付けつつ、時間まで天幕で過ごすことにした。メイドさんは「用があればベルを鳴らしてください」と言って、飲み物を用意した後に天幕を去ってしまった。
(まだ結構時間もあるし、どうしようかな・・・また空間認識でいろいろ確認してるか)
僕は暇潰しに空間認識で、この王城内や王都を探っていた。すると、なんとなく王都中が騒がしいような印象だった。特に、教会周辺には騎士達が睨みを効かせているような布陣で、きな臭かった。
(何も起こらなければいいけど・・・なんでみんなもっと楽しく暮らそうと思わないんだろ?)
僕に取ってみればこんな反乱や戦争なんて何の意味もないように思える。ただ人が死に、憎しみが生まれ、疲弊していくだけの何の生産性の無い行為だと思っている。
(今あるもので幸せに生きようとすればいいのに・・・)
王都を空間認識してそんな考えに
(さすがにひと騒動起こしているから、結構警戒しているんだな)
そうしていると、天幕にメイドさんが来たので、空間認識を止めた。
「ダリア様、よろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
天幕に入ってきた彼女は、相変わらず心の読めないような無機質な表情をしている。
「失礼します。実は式典の時間が少し早まりそうなのですが、不都合はございませんか?」
「いえ、元々早めに来ているので、早くなる分には問題ないです」
「かしこまりました。では、もう10分もすれば始まりますので、移動いただけますか?」
「分かりました、お願いします」
「では、こちらでございます」
彼女の案内で天幕を出ると、やはり何の準備もされていない中庭の端の方に案内された。
「こちらです。もうすぐ皆さん参りますのでお待ちください」
そう言うと、彼女は僕の傍らに控えるように立った。案内された場所には本当に何もなく、僕も彼女に倣って時間まで立ちながら待つことにした。
しばらくすると、フリージア様の声が遠目に聞こえてきた。
(ん?フリージア様の用事もここでするのか?でも、一緒にやるなんて聞いてないし、そもそも僕の用事は陞爵じゃないのか?)
状況に疑問を抱いていると、フリージア様の言葉の内容まで聞き取れるくらい近づいてきて、姿も見えてきた。
「これはどういうことですか!?私は平和的に話し合いをしたいと言うことで王城に来たのです!それなのこの扱いは・・・」
なんと、中庭に現れたフリージア様は手枷を嵌められた状態で、左右の腕を2人の騎士に引かれながら抗議して歩かされていた。
「えっ?なんだ?一体どうなってるんだ?」
「っ!!ダリア君?あなたが何故ここに?」
目が合ったフリージア様が、驚きながら話し掛けてきた。
「僕も呼ばれたんですが、それよりどうしたんですか?」
「平和的な話し合いと言われ参ったのですが、このように拘束されーーーいたっ!」
僕と話していたフリージア様の腕を、騎士が強引に引っ張った。そのせいで、彼女の肩に急激な負荷が掛かり、痛みに顔を歪めていた。
「何してるんですか!?その人はーーー」
「この者は罪人だ。民衆を扇動し、国家転覆を目論む派閥の旗印なのだ!」
騎士の行動を問い詰めようとすると、僕の言葉に割って入り、騎士が威嚇しながら睨み付けてきた。
「国家転覆なんて大袈裟な。それなら改革派閥の方が積極的に武力をもって蜂起してたのに」
「それは我らが考えることではない。陛下の考えに我らは従うだけだ」
騎士の言葉に、これが専制君主制なのかと呆れた。フリージア様は演説で、こうあって欲しいとか、こうした方が良いと言った一種の願望を主張していただけに過ぎない。扇動していたと言えばそうとも言えるが、それなら改革派閥の反乱の方がもっと直接的だ。
にも関わらず、殊更彼女だけをやり玉に上げて、罪人扱いしている現状には納得できない。何よりーーー
「彼女は王子の婚約者なのでしょう?こんな扱いは王子が許さないのでは?」
彼女と王子の関係性を見ていると、一方的に王子が入れ込んでいた印象だった。であれば、彼はこんな状況を許さないはずだ。
「殿下も納得の上だと聞いている。それに、これ以上お前に話すことはない!」
そう言い残して騎士はフリージア様を広場の中央へと引っ張っていった。こんな状況でも彼女の目は諦めなど無い、毅然とした表情をしていたのが印象的だった。
すると、中庭を見下ろせるような高さにあるバルコニーから王と宰相が顔を出した。
「みな、静まれ!王の御前である!」
宰相の言葉に中庭にいる一同が臣下の礼を取った。それはフリージア様も彼女を拘束している騎士も同様だった。混乱しながらも僕も跪いておく。
(一体これから何が始まるんだ?)
僕がこの場にいることも、フリージア様が手枷を嵌められていることも、まったくもって状況が理解できないまま宰相の言葉が続いた。
「これより罪人フリージア・レナードにおける
厳しい口調で声を上げている宰相の発言は、どうやら今から王が決定を下す裁判をすると言うことらしい。フリージア様の味方は誰もいないようなこんな場所で行う裁判なんて、きっとろくでもない結果が待っている気がする。
そして、問題は僕の立ち位置だった。何故この裁判の場に呼ばれているのか、何となく嫌な予感がしてならない。ため息を吐きたくなる気持ちをぐっと堪え、続く言葉を聞く。
「今回の裁定は特別に、オーガンド王国第一王子ゲンティウス殿下が、罪人に対する聴取より始める。その後、その聴取を元に陛下が裁定を下す!では殿下、よろしくお願い致します」
そう言って後ろに下がった宰相と入れ違いに、王子がバルコニーから顔を出した。その表情は悲しげにフリージア様を見つめているようだった。
「フリージア・レナードよ、そなたに聞こう!今回の一連の教会派閥による動きにおいて、貴殿が主導的役割を果たして民衆を煽動していたのは間違いないか?また、他の派閥を取り込み、教会派閥をより強固とし、国の転覆を目論んでいたというのは本当か?」
「・・・確かに私は教会派閥を代表して演説を行いました。ですが、それはあくまで主義を主張しただけであり、殿下が言われるような民衆の扇動や改革派閥の取り込みなどは行っておりません!」
王子の問いかけにフリージア様は毅然と自らの考えを主張していた。彼女の言葉に嘘は無いだろう。彼女は演説をしていただけだし、改革派閥の裏の行動については、彼女の預かり知らぬところで起こっているのだから。
「だが、聖女と名高い君の言葉は、民衆の心を動かすのに十分な力がある。よもやそれを知らぬわけではないだろう?」
「私はこの国に住む全ての人々が、より幸せに満ちた生活を送れるようにしたいと思っているだけです!教会の教えにも、『生きとし生けるもの、平等に愛を注ぎなさい』とあります。平民だから、貴族だからと差別される国ではなく、一人の人間として尊ぶべきなのです!」
「フリージア・・・君には何度も言ったであろう、この国の秩序とはそうあるべきなのだと!平民はその才能の少なさから、我々優秀な血筋の者である貴族が管理せねばならんのだ。平民はその感謝の証しとして労働力を提供しているのだ!つまり、この国は既に平等なのだ!」
「しかし、現に平民に適用される罪はあっても、貴族には適用されない罪があります。それを貴族は解釈を曲げ、平民を虐げる口実にしています!」
「管理してやっているのだ、平民と貴族が同じ場所に立っているわけないだろう!」
「ですがーーー」
どうやら王子は彼女を説得したいようだった。貴族と平民はこれが正しいあり方であると。それに異を唱えることは間違っていると。しかし、彼女も自分の考えを曲げる気はないようで、王子に対して真っ向から反論している。その様子を宰相や王は、ほくそ笑むような表情で眺めていた。まるでこの説得は茶番で、結論は既に決まっているのだと。
そうして数十分もの間、王子とフリージア様は互いの主張をぶつけていたが、いつまでも平行線のままだった。
「フリージアよ、どうしても考えを変えぬと言うのだな?」
「はい。私は自分の考えに誇りを持っています。ですから、私が考えを変えることはありません!」
「・・・そうか。では、仕方ない。君との婚約は破棄する!」
王子はそう言い残し、バルコニーから姿を消した。その言葉を聞いても、フリージア様の表情は小揺るぎもしなかった。
「では、殿下による聴取は終了いたしました。これより、陛下による裁定へとなります」
玉座に座ってこちらを見下ろしていた王が、ゆっくりと立ち上がって手すり近くまで来て中庭を見渡す。僕と目が合うと不適な笑顔を見せていた。
(なんだ?)
そして、王の口から僕の想定外の言葉が飛び出してきた。
「罪人、フリージア・レナードを国家反逆罪により処刑する!なお、同反逆者に荷担した者、組織も同様に相応の処罰をいたす!そこにいるダリア・タンジー準騎士爵が刑の執行を行う!執行は今この時!さぁ、王国の為にその力を捧げよ!」
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