第50話 学園生活 16

 僕が離れた樹上で監視している人物に話し掛けると、僅かに動揺した気配が感じ取れた。しばらく待っても相手は返答してくれないので、回収したナイフを監視者に向かって当たらないように投擲する。すると観念したのか樹上から飛び下りた監視者は僕の方へ歩いて来てくれた。


「・・・いつから気付いていた?」


「いつからって、あなたは最初からここにいたでしょ?」


ローガンが呼んだ情報取集者と同じ格好で同じ様な背丈だが、何となく別人であると感じる。仮面越しの声で分かりずらいが、この人も女性であるようだ。


「気配は完全に遮断していたのだが?」


「う~ん、僕には気配を消しても無理だと思うよ?」


今までは気配や視線といったものから相手の存在を掴んでいたのだが、最近は空間を認識することが出来るようになったので、僕の認識可能な範囲では存在を隠すのは無理だろうと思っている。


「・・・ちっ。それで、何か用か?言っておくが内容によってはしっかり金を払ってもらうぞ!」


「もちろんそれで良いですよ。知りたいのはこの男が本当の事を言っているのかの裏付けと、貴族へ対する告発の要件かな」


「・・・それなら金貨3枚で引き受けようか」


そう言われたので直ぐに懐から収納してあるお金を取り出し、相手に渡した。


「お前・・・素直過ぎるだろ。もう少し相場とか考えたり、値切るとかしろよ・・・脳筋かよ」


「う~ん、それも含めて教えてくれると助かります」


「ちっ。まったく、ちぐはぐな奴め!良いだろう、その男の言葉には嘘と真実が混ざっている。まず契約書だが、上級貴族様がわざわざ表沙汰に出来ない裏の仕事を依頼した証拠を残すなんてありえないだろ。それを利用すれば貴族を脅すことも出来るんだからな」


なるほど、言われてみればもっともな話だ。その証拠を使えばこの貴族は裏でこんなことをやっていると暴露される不安材料になってしまう。


「じゃあ、こういう依頼は口約束なの?」


「いいや、報酬の2割を先に渡し、残りは商業組合に入金しておく。そして、契約の際に次回の面会許可証を渡され、依頼の達成報告をすると、その面会許可証に代わって小切手を貰えるから、それを商業組合に持ち込むと報酬がもらえるってことだ」


 つまり表向きは真っ当な商売の取引のようにも見えるってことか。面会許可証を不正の証拠には到底できないだろうし、よく考えられた構図になっていると思った。それにローガンが言っていたが、こういう商売は信用が第一だろう。たったの2割をネコババしたところでしょうがないし、もしかすると、そういう行為をした者は商業組合で小切手をお金に出来ないようになるかもしれない。それにこんな裏の仕事を頼むんだ、よほど信頼できるところでないと依頼なんてしないだろう。


「じゃあ、依頼人である貴族を告発するって言うのは難しいという事ですか?」


「ふん、これだけの情報で良く分かっているじゃないか。だからよほどの馬鹿じゃなければ契約書なんて作らない。告発するには、たまたま依頼や報告の際に騎士や衛兵が居合わせたとか、貴族の屋敷から裏帳簿だ計画書だとか見つかるとか、貴族を裏切って証人が現れるとかでないと不可能だな」


聞けば聞くほど告発なんて無理な気がしてきた。平民が貴族に目を付けられると、よほどの力があるか、有力貴族にコネがあるとか、大金で護衛を雇うとかできなければ、成す術なくいいようにされてしまうようだ。この世界は貴族にとって都合の良いように出来ているのだと痛感させられる。もっと簡単に物事を片付けたいものだ。


(いや、今まで力に頼りすぎていたんだから、もう少し頭を使って周りを動かして復讐するのはどうだろう?)


「・・・例えば君にエリック・バスクードへの告発が出来る情報の収集を依頼したら、引き受けてくれるの?」


「ほぅ。それなりの金は掛かるが、可能だ。少なくとも大金貨10枚は下らないぞ」


「じゃあそれで!」


そう言って僕は懐からまたお金を取り出し、大金貨10枚を渡す。


「・・・お前、こんな大金いつも持ち歩いているのか!?いくら力があるからって、不用心だぞ!それに値切ったり相場を知れとさっき言ったばかりだろう!あと、最初に渡す金額は2割だ!」


どうもこの監視者の人は僕を心配してくれているのか、商売人としてはどうなんだろうという発言も目立つ。


「後日ローガンさんに会いに行ったときに相場とかは教えてください。お金はあなたを信用して渡しておきますのでよろしく」


「・・・お前、今まで良く生きてこれたな。いや、そんな力があるから当然なのか。まぁ、オーナーもお前とは良い関係を築きたいと言っていたし・・・良いだろう、依頼を受けよう」


「まずどうすれば?」


「簡単だ、この男を使って依頼人を呼び出し、報告をさせているところを衛兵か騎士に聞かせてやればいい。それでエリック・バスクードは捕縛されるだろうよ。まぁ、処刑されるわけではないが、上手くいけば貴族籍を廃嫡されて平民になるという、貴族にとっては最大の屈辱になる」


なるほど、今まで敵対者は消してきたけど、あの傲慢な貴族にとってみたら、家の跡を継げずに平民に成り下がるというのはもしかすると、殺される以上の辛さを味あわせられるかもしれない。何より死ぬのは一瞬だが、屈辱は一生なのだから。


「じゃあ、そういう事でお願いします。あなたも今の話聞いていたなら、自分のやるべき行動は理解していますよね?」


そう言って今まで放っておいた、たった1人残された傭兵へ目を向ける。僕の思う様に動かなければここで殺すという意味を込めて。


「わ、分かった!分かったから殺しはしないでくれ!」


「もちろん、あなたは重要な駒だから殺しはしないよ」


「では、この傭兵の身柄はこちらで預かっておこう。君は助けた子の介抱をしてあげた方が良いんじゃないか?」


「そうですね。後の事はよろしくお願いしますよ」


「依頼は遂行するさ」


それから監視者の人は傭兵を連れてこの場所を去って行った。




「シルヴィア!大丈夫か?」


 土魔法を解除してシルヴィアをあの場所から運び出し、少し離れた場所に横たえて、上半身を抱き上げながら意識の確認をした。身体を一通り確認したが、特に目立ったケガも無いので本当にただ気絶しているだけの様だった。


「・・・うっ」


「っ!?シルヴィア?気が付いたか?」


「・・・ダ、ダリア君?どうして・・・えっ、ここは?」


「落ち着いて。自分に何があったか覚えてる?」


「・・・何が・・・あった?・・・わ、私は・・・急に何も見えなくなって・・・それから・・・」


「覚えてない・・・?」


「ゴ、ゴメンなさい・・・本当に分からなくて・・・何があったの?」


「・・・実は———


 僕は搔い摘んで事の詳細をシルヴィアに聞かせた。冒険者崩れの傭兵にさらわれたことや、先日の休息日における下級平民街の公園での出来事などその理由も含めて伝えていった。


「———つまりシルヴィアは僕の巻き添えになって、こんな危険な目に合ってしまったんだ。本当にゴメン!」


「・・・そうだったんだ。・・・でも、悪いのはダリア君じゃないよ」


「それでも、君が僕のそばに居ることで君が不幸になるのは僕の望むことじゃないから・・・」


「・・・そ、それでも私はダリア君の側に居たいって言ったら・・・迷惑・・ですか?」


「め、迷惑じゃないよ!でも、なんで?」


「わ、私が側に居たいだけだから・・・ただ、側に居たいだけだから。ダメ?」


「僕だって側に居てくれることは嬉しいよ。ありがとう」


そう言いながら僕達は見つめ合っていた。学園内ではそれほど心配はいらないが、学園の外であったり、こういった大森林では僕の目が届かない。


(今以上に空間認識の技術を向上させればある程度離れていても守ることは出来る・・・空間魔法の鍛練だな)


彼女の目を見ながらも、頭の中ではどのような鍛練をするか色々と考えていた。すると、僕の腕の中に居たシルヴィアがなんだかモジモジしだした。


「あ、あの、ダリア君!わ、私・・・その・・・あなたの事―――」


「おーい!!無事か!!」


「「!?」」


声に振り返ると、遠くからマシューの班が近づいているのが見えた。どうやらシルヴィアの捜索をしていたようだ。


「ああ!!シルヴィアは無事だよ!!」


マシューの声に答えるように、無事を伝えた。その時、シルヴィアは僕の袖を引っ張って小声で話しかけてきた。


「ダリア君、今回のことはただ私が迷子になっちゃったって事にして」


「えっ、どうして?」


「ダリア君のせいで攫われたなんて分かったら、きっと皆ダリア君を変な目で見る事になると思うから・・・」


「でも、それじゃあ―――」


「落ち着いてから先生にだけ伝えて。ねっ!?」


「・・・分かった。シルヴィアがそれで良いなら」


「うん!じゃあ、行こっか!」


 そう言った彼女は何故か若干の不満の感情と言うか、怨めしそうな視線を近付いてくるマシュー達に向けていた。それは、マシュー達と合流して拠点に戻る間もずっと頬を膨らませたり、時折ブツブツと呟いていたので、彼女の機嫌が落ち着くまでそっとしておこうと思い、僕がマシュー達にシルヴィアは迷子だったと説明しておいた。

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