第98話 復讐 11

 重厚な執務室の机の上に置いてあった僕に宛てた手紙を手に取り、しばらくその宛名を眺めた後に、意を決して読み始める。


『・・・ダリアへ、この手紙を見ている頃には私はこの世にはいないかもしれない。王国に処刑されているか、お前に復讐されているかだろう。勝手な話だが、私の想いを知っていて欲しかったので、この手紙を残すことにした。もしお前に私の心情を知りたいという気持ちがあるなら、最後まで読んで欲しいーーー



side ライラック・フリューゲン


 16年前、我がフリューゲン伯爵家に待望の子供が誕生した。それは元気な男の子で、初めて抱き上げようとした時に、妻に抱かれているときは笑顔だった子供が、私が抱くなり急に泣き出してしまい、狼狽ろうばいしたのを今でも昨日の事のように覚えている。妻に言わせてみれば、私の抱き方が悪いのだと怒られてしまった。


 その子は、妻に似た綺麗な銀髪をしており、整った顔立ちは将来が楽しみなほどの愛らしさだった。この子を抱きかかえながら、ふと窓の外を見ると、我が家の庭一面に綺麗に咲く白や赤、黄色のダリアの花が目に入ってきた。それまで特に花に興味があったわけではないのだが、その時の私はこの花をとても綺麗だと感じたのだ。そこから私はこの子に、『ダリア』という名前を付けた。


 初めての子供ということもあり、私も妻も最初の頃は中々育児に慣れずに、使用人に頼っていたこともあった。しかし、自分の子供だけあって、自分達の手で育ててあげたいという想いがあった。日々の仕事もあって大変だったが、少しの事で泣いたり笑ったりするこの子を見ていると、そんな日常の疲れも吹き飛んだ。



 ダリアが5歳になった。


 この世界では5歳になると教会におもむき、どんな【才能】を持っているかを確認する。その【才能】によって教育方針や将来が決定するといってもいい。私は、少しの不安と期待を胸に、教会に連れていった。だが、そこで自分の耳を疑うことを宣告されてしまう。


「彼には【才能】が一つしかありません」


 愕然としてしまった。本来貴族であれば4つ前後の【才能】を持って生まれてくるのがつねだ。そんな中で、平民と同程度か、むしろ少ない【才能】の数のこの子にはどんな将来が待っているのだと言うのだろう。貴族の間ではつま弾きになるのではないか、周囲からさげすみの目で見られるのではないか。そんなこの子の将来の不安が私の心に渦巻いていった。


 しかし、私の隣であどけなく笑うこの子の笑顔に私は考え方を変えた。


(そうだ、もし周りから何と言われても、私や妻だけはこの子に惜しみ無い愛情をそそごう!しっかり勉学を積ませれば、立派に領地経営もこなせるはずだ)


 そう考えた私は、この子のこれからの教育方針を決め、さっそく家庭教師を探すことにした。しかしそんな時、我が家に招かれざる1人の来訪者が来たのだった。



「はじめまして、私は教会より報告を受けまして参上いたしました、才能審議官というものです」


 聞いたことない部署の人間だった。いぶかしげにその人物を見やると、彼はおもむろに懐から一通の封書を取り出した。


「これをご確認ください」


その蝋封ろうふうは紛れもなく王家の紋章だった。


「こ、これはいったい?」


「内容を・・・」


促されるままその手紙を確認すると、中には驚愕の内容が記されていた。


「ど、どう言うことだ!?我が子を殺せと言うのか!?」


そのあまりの内容に、我が家を訪れた男に掴みかかった。


「落ち着いてください。私はただの連絡係です。私はただ、王命でこちらに参っただけでございます」


その男の落ち着き腐った態度がますます鼻に付くのだが、彼の言う通りいくらこの男を詰問きつもんしたところで、状況はなにも変わらなかった。


「・・・失礼。この説明はいただけるのですか?」


「そちらの封書に説明は記載していると聞いておりますが、違うのですかな?」


彼の言う通り、手紙の中にはの説明が書いてあった。とはいえ、それは到底納得できるものではなかったのだ。


「いくらなんでも、【速度の才能】は将来この国に害をなす恐れがあるからと言われても、はいそうですかと納得は致しかねる!」


「そうは言われましても、王命でございます。歯向かうとなれば反逆と取られかねませんが・・・」


その言葉に私は苦虫を噛み潰した表情になる。この封書の蝋封を見る限り王命であるのは間違いないのだろう。もしこの蝋封を偽造しようものなら、一族郎党即絞首刑なのだから。となれば、何を根拠にこんな内容の命令を出したかということが問題だ。逆に考えれば、この才能が危険ではないと証明すれば我が子は助かるはずだ。


「・・・王命は確かに承りました。だが、息子の処遇についてはこちらに一任していただきたい」


「かしこまりました。その旨は我があるじに申し伝えましょう。またご報告に参りますのでよろしくお願いいたします」


そう言うと男はこの屋敷を去っていった。



 それから数日、この封書について妻や信頼の置ける使用人とも相談した結果、王の命令であることは間違いなく、【速度の才能】の無害性を証明しない限りは、我が子の命はないとの結論になった。


 それからは各地を奔走し、速度の才能についての効果を確認した。しかし、得られる情報はどれも『早くなる』とただその一文しか記載されていなかった。この事をもって無害だと主張しても無駄だろう、王家が動いている以上、これ以上の何かがこの【才能】には隠されているはずなのだから。



 しばらくすると、また才能審議官と名乗った男がやって来た。


「お久しぶりです。以前のご子息の処分に関しての嘆願たんがんですが、確実に執行するならば任せるとのことにございます」


 その言葉にほっと安堵する。王国主導で動かれては、我が子を守ることも出来ずに、あっという間に亡き者にされてしまうからだ。


「王命承りました。ご配慮に感謝しますとお伝えください」


「我が主は時期まではご指定されませんでしたが、くれぐれも王からの勅命である事をお忘れなきように」


 他人事だと思ってこの男は言いたいように言ってくれる。本当だったら、すぐにでもこの男の首をねてやりたいところだが、それはすなわち反逆の意思ありと取られてしまう。そうなれば守るべき家族も含めて処刑の対象になってしまう。それを分かっていての、この男の態度なのだろう。私は感情を殺し、渋々と返事をするので精一杯だった。


「・・・かしこまりました」


 そう絞り出した言葉に、その男は意味ありげな視線を残して屋敷を後にした。



(どうしたものか・・・なぜこの【速度の才能】はそれほどまでに危険視されているというのだ?)


 私は持てる情報網の全てを使って、その真相を探るべく動くことを決めた。さらに、万が一の事も考えて次善策、次次じじ善策まで検討することにした。全ては愛する我が子のためだ。



 情報収集と平行して取りかかっていたのは、ダリアが病弱という噂を流しつつ、使用人の数を徐々に減らしていくということだ。情報を統制する場合、ダリアの状態や素顔を知っている者は少ない方が良い。さらに、出来るだけ外界と隔絶させた生活をさせて、外からの目も閉ざすようにした。


 更に、跡継ぎの関係も解消しなければならないので、妻とは複雑な心境ながら子作りにも励んだ。その甲斐あって、翌年には第二子が誕生したのだった。



 そして、一番辛かったのが、我が子を遠ざけるということだった。妻からはそこまでする必要があるのかと泣き叫ばれてしまった。王国の目から隠し続けていけばいいと。しかし、それではこの子は一生日の光を見ない生活になってしまう。それでは生きているというだけで、幸せだとは到底思えなかった。


 それに、これはどうしてもダリアの将来にとって必要なことだった。この家に未練を残し、将来この家の子供だったと吹聴するようになることは、絶対に許容できなかった。


 その為、私は自らの心を斬り刻み、すり潰し、頑丈に封印し、最後に残ったフリューゲン家の当主としての責務に徹し、ただただ仕事に没頭した。



 やがて、情報を収集し出してから2年の歳月が経ち、私はようやくダリアが危険視されるその理由の一端を知ることが出来たのだった。

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