第99話 復讐 12


side ライラック・フリューゲン


 王国中や、各国に放っていた諜報員達からもたらされたダリアの【才能】についての各種の報告は驚くべきものだった。ただ、それはこの【才能】のほんの一端なのだろうと感じた。その多岐にわたる報告書には様々な事が書かれていた———


『王国の大図書館にて、【速度】の才能の内容に修正された様な痕跡あり』


『各地の教会にて、【速度】についての文章はどれも異様なまでに短く記載されており、何らかの意図を感じるが、その詳細までは残念ながら不明』


『フロストル公国の図書館にて【速度の才能】についての記載あり。その効果は、自身の成長速度を操作することが可能であるということです』


『エリシアル帝国にて情報あり。【速度】の才能は上位才能へと進化する可能性があるという事です』



 それぞれの報告書の内容を丹念に読み取り、そこから推察されるこの【才能】の本質を考察する。


(ふむ、おそらくこの才能はとんでもない可能性を秘めているようだ)


 私がそう考えたのは、フロストル公国からの報告書にあった自身の成長速度を操作できるという点だ。本来長い年月を掛けて成長するはずの魔法や武術、剣術といった技術が、その才能を使えば短時間で習得できる可能性が高いからだ。


 才能の無い技術を鍛練することは、時間の無駄だと昔から言われているが、この才能はその考えを根底から覆すものだ。


(もしかすると、ダリアは才能の無い魔法や武術、剣術の全てを習得できるかもしれないか・・・いや、それ以上に・・・)


 自身の成長速度を操作出来るなら、寿命すらも自分で操れるということに他ならないのではないだろうか。そう考えると、この才能の真の価値がうかがい知れる。


(歳を取ること無く、全ての技術を最高峰まで極められる・・・エルフでも不可能だったことが可能となる【才能】、もはや神に近しい存在になるではないか!)


 しかも、帝国からの報告では、更に上位才能へと進化する可能性があるという。それがどのように進化するか不明だが、一国にとって無視できる存在では無い。無害を立証するはずが、危険性を証明する情報が集まってしまった。


(しかたない、第一案は破棄だな。これからは第三案までを同時並行で実行していくか)


そう決めて、部下に指示を出していった。



 更に2年後ーーー


「当主!ようやく見つけました!」


興奮した様子で部下が執務室に報告に来た。


「本当か!?よくやったぞ!」


 情報収集をしていく中で並行していたのは、ダリアと同じ、もしくは同種の【才能】の持ち主がいないかということだ。


「それで、その人物はどのような為人ひととなりなのだ?」


「はっ!それが、魔の森に住む老人でして、かなり気難しいようです」


「金はいくら掛かっても構わん!その人物との友好関係を築け!」


「はっ!それでしたら、庭師の使用人が適任かもしれません」


「・・・なるほど、あの者は以前は商人をしていたな。口が達者なぶん、懐に入り込む技術には長けているだろうな。よし、私から話をしておく」


「かしこまりました」


「それと、第三案はどうなっている?」


「はっ!順調です!・・・ですが当主、本当によろしいのですか?」


「構わん!子供達の未来のためだ!」


「かしこまりました。万事抜かり無くいたします!」


「頼んだ」



 ようやく見つけたダリアと同種の才能の持ち主との交渉は、難航を極めた。元商人の手腕をもってしてもなかなかその牙城を崩すことが出来ずに、ただただ時間だけが過ぎていってしまった。


 それでも、準備だけは万全にしていく必要があるので、各種の折衝せっしょうを整えていった。



 そして2年後、ダリアが11歳の時にいよいよ全ての準備が整った。


難航していた老人との交渉も、何とかまとまり、ついにオーガスト王国に対して我が子の葬儀を数ヵ月後に執り行う旨を報告した。


 ダリアとはこの6年間、ほとんど顔を合わせていなかった。その愛らしい顔を見れば自分の決心が鈍ってしまうかもと恐れたからだ。妻も同様で、下に出来た弟に愛情を注ぐことでなんとか精神的なバランスを取っていた。


 そして遂に、ダリアを老人に預けるために魔の森へと連れ出した。老人に接触する前に魔獣に襲われたらと考えたが、何故かその老人が「心配無い」と怪しく笑っていた。その表情が心配だったのだが、ここまで来て後には引けない。この6年間ですっかり表情が消えてしまった我が子を見ると、自分の行動が正しかったのかを疑ってしまうが、断腸の思いでダリアをその場に残して屋敷へと引き返した。


 帰りの馬車で流した涙は、私の人生で最後の涙と決めて、屋敷に着くまでは我慢すること無く、いつまでも流れていた。



 葬儀の報告から数ヵ月すると、わざわざ宰相が参列に来た。


「これは宰相、お待ちしておりました」


「悪いな。君を疑うわけでは無いのだが、確認はしておかねばならんのでね」


「理解しております。あちらの棺桶に我が子の遺体がございますので、どうぞご確認ください」


そう言って、宰相を我が子の身代わりが横たわる棺桶へと案内した。その棺桶に入っている子供は病死した他人を少し似せただけだが、6年掛けて領内に流した噂通りのダリアの風貌にしている。


「ふむ、報告にあった容姿と一致してるな。しかし、自分の息子の葬儀だというのに、君はまるで動じていないように見えるな?」


宰相の鋭い指摘に、情報が漏れているのかと疑念を抱きそうになるが、それを顔に出すわけにはいかない。


「私の心の整理は、6年前のあの時にとうに付けておりますので」


「・・・ふむ、そうか。それは結構。して、フリューゲン卿よ、あの話を確認しておこうか」


最後の関門を突破した私は、その安堵を悟られまいとつとめて神妙な表情で宰相を執務室へと案内した。



「例の計画に君を新しい盟主とすることで決まったよ。これからも王国のためにその手腕を振るって欲しい」


「はっ!ご配慮に感謝申し上げます。」


 大袈裟に腰を折って宰相に感謝の意を伝える。ようやくこれで、全ての道筋に光が見えた。その後、宰相からは細々こまごまとした指示と分厚い書類を渡され、私に求められている役割を確認していく。全てが終わり、屋敷を去っていく宰相の馬車を見送りながら顔を綻ばせる。


(これで、どんな選択をあの子がしたとしても、選択肢を残すことが出来た)



 もしあの子が、今までとまったく違う人生を歩もうとするならそれで良し。その【才能】の力で栄達を望むも良し、自分を捨てた私に復讐しようとするも良し。あの子が取り得るであろう全ての選択肢において、何不自由無く暮らしていけるように準備は整えた。


 話を付けた老人にも、ダリアが世間と関わらないような人生をするなら相応のお金を持たすようにお願いしてある。


 領地の事も何事もなければそれで良し。新たな役割を利用して、この国の改革に乗り出し、どんな【才能】でも正当な評価が受けられるように出来れば良し、失敗してもダリアの弟であるレオンがこの領地を継げるように手は打った。もし、ダリアがこの領地に未練があり、領地を経営したいとか、更なる栄達を望んでも大丈夫だ。


 時々もたらされるダリアついての情報は、長年我が子をしいたげる結果となっていた私や妻にとっては、心に潤いを与えるものだった。王都で冒険者として活動して、問題なく生活出来ている事を知って安堵したものだ。


 その後学園に入学し、友人も作ることが出来ているらしく、もしかしたらこのままダリアは私達と関わること無く、まったくの別の人生を歩もうとしているのではないかと思えるほどだった。



 しかし、そうとはならなかった。あの子の私達に対する憎悪の想いは、あの時から変わることは無かったのだろう。


 そして、この王国の改革に乗り出すための行動に出てからもたらされた情報を精査し、私が考えていた中では次善の策くらいの結果になりそうだった。ただ、第一目標がダリアの友人だったのは想定外だった。彼女には悪いことをしてしまったが、自分の子供の将来と他人の子供を天秤に掛けた時に、傾いたのは当然ながら我が子の為に全てを犠牲にしても構わないという結論だった。


 それについて、ダリアからいくらそしりを受けても構わない。いや、そもそも私に恨みを持たせることさえも計算だったのだから、この状況さえも利用するだけだった。




(しかし、愛する我が子に嫌われるということは、ここまで苦しいものだったか)


 既に6年前に決心はしている、心も封印している。それでも、我が子の知らせを聞けば揺らぎ、その姿を実際に見れば隠すのも難しいほどの情愛の想いが溢れ出ようとしてしまう。だが、ようやくここまできたのだ、今までの苦労を水泡に帰す訳にはいかない。


 私の執務室に入ってきて、憎々しげに私を睨んでくる久しぶりの我が子の姿を見て、決意を濁すこと無く相対したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る