第101話 復讐 14

 シルヴィアにエリクサーを飲ませてから3日が過ぎた。彼女は依然として目を覚ましていない。


(心を治すって言うのは、こんなにも時間が掛かるものなのだろうか?)


 本来のエリクサーの効能であれば、一晩経てば症状が収まり、2日も経つ頃にはすっかり治っているものだ。ただ、それは病気に限った話になるので、精神的な病にはどの程度時間が掛かるかは聞いたことがなかった。


(ちゃんと効いているんだよな・・・?)


 さすがに3日間ずっと寝ているということは、逆にエリクサーが効果をみせているとも言える。ただ、さすがに心配だ。


(前みたいに急に叫ぶような声は出していないけど本当に大丈夫か?)


 そう思いながら、ベッドで寝ているシルヴィアの寝顔を覗き込む。このところ僕に出来る事は、彼女の寝顔を見守る事しかない。今まで復讐のことばかりで、あまり他人についてどうこう考えたことは無かったけど、この数日、ずっと彼女の寝顔を見ていて改めて考えてみると、彼女は女の子としてとても可愛らしかった。


(守ってあげたくなるというか、一緒に居たいというか・・・でも、僕の側に居ると厄介事に巻き込んでしまいそうだし)


 好きという感情は良く分からない。物心付いてから今まで、愛情というものに接していなかった自分はその感情が理解できないんだろうと思っている。もし、一緒に居たいという感情が好きというなら、僕はきっとシルヴィアの事が好きだ。でも、それで言えば、メグやティアも一緒に居たいと思っている。だから、一緒に居たいという事だけが好きということでもないのだろう。


(一緒に居たい事と、好きという事の境界はどこなんだろう?)


 そんな感情について考えると同時に、ひとつの問題にも思考をく。それは、僕のこの力が厄介事を呼び寄せているということだ。


(いつか師匠も言っていたな、「名を上げたいなら武勇を示せ」か・・・この話には続きがあったな)


 師匠から王都で暮らす際に言われた言葉だが、名を上げるということは、すなわち自分に注目が集まるということだ。それは好意的な注目のみならず、敵対的な注目も集めてしまうと言っていた。


(今回の改革派閥の盟主討伐で、否応無く名は上がってしまう。そうなると、僕を良く思わない人が出てきて、迷惑行為や敵対行為があるかも・・・そうなると、僕の友人というだけで被害をこおむるかもしれないか・・・)


 目の届く範囲であれば守れるが、さすがに普段の生活の中で常に一緒というわけにはいかない。そうなると、僕の知らない所で友人が被害にあうかもしれない。


(あ~、だからメグや王子達は護衛を付けているのか。他の上級貴族なんかも、街中ではたまに冒険者を護衛にして居るのを見たことあるし、依頼にもそんなのがあった気がするな)


 貴族の護衛任務は大半が指名依頼だとエリーさんがいっていたし、身の安全を守るためにみんな色々考えているんだなと思った。ただ、今まで僕はそういったことが必要なく、気付かなかっただけなのだ。


(今後も、『風の調しらべ』に依頼しておくか?でも、また手練れが襲ってくると厄介だし・・・せめて空間認識がもっと使えるようになれば・・・)


 そう考え、ふと空間認識を意識すると・・・


(ん!?あれっ?)


 何となくだが、空間認識上のシルヴィアが、シルヴィアであると認識できることに気が付いた。さらに外に意識を向けて認識してみると。


(・・・分かる。この近くの魔獣の固有種名が分かるくらい認識できてる!でも急になんで?)


そう意識していると、空間認識も今までよりももっと鮮明に、もっと広範囲に出来てきた。明らかに能力が向上していた。不思議に思って、ひとつの可能性を考えて個人認証版パーソナルプレートを取り出して確認する。


「・・・なんで?」


そこにはこう表示されていた。


『才能:時空間』


(これは、師匠が言っていたもう一つの上位才能?速度の才能が進化したのか?でも、上位才能は、たゆまぬ努力の果てに進化するんじゃ?)


 正直言って訳が分からなくなっていた。急にいろんな事が起こり過ぎて頭がパンクしそうだ。シルヴィアのこと、両親のこと、才能のこと・・・取り合えず、王都に凱旋する予定日まであと7日あるので、それまでにゆっくり考えていこうと、問題を先送りにした。


(でも、【時空間】の才能になったおかげで、友人を守ることは何とかなりそうだ!王都内だったらどんなに離れていても、30秒もあれば駆けつけられる)


 現状で空間認識の届く範囲は、僕を中心に半径10km程ある。そう考えると少し心が軽くなった気がした。不安は一つ無くなったが、今一番の問題はシルヴィアの事だと、改めて彼女に向き合う。


(それにしても、もう3日も何も食べてないし、本当に大丈夫なんだろうか?)


 彼女の額に触れてみても、特に熱はない。顔を近づけ息を確認しても、規則正しい寝息で問題なさそうだった。そんな今にも唇が触れそうな位の距離から彼女を観察していると、今まで固く閉ざされていた彼女の目蓋がゆっくりと開いた。


「・・・ん、あ、あへ?ダ、ダリひゃ君!?」


「!?シルヴィア!良かった!気が付いた?」


「えっ?あっ、うん。え?わ、私・・・この状況は?」


「君は・・・、いや、目を覚まして本当に良かった。ずっと眠っていたから心配したんだよ!実はね・・・」


 彼女の身に起きたことを説明しようかと思ったが、さすがに自分が何をされて、どんな状況だったのかを言う必要は無いのではないかと考え直した。


(あんな事になっていたなんて、知らない方がいいだろう)


 そう考えて、彼女は改革派閥の襲撃の混乱で怪我を負って意識不明になってしまい、それを治すために僕が連れ出したと、まったく別のストーリーを説明した。


「・・・そうだったんだ。ありがとうダリア君、また助けてくれたんだね!」


 笑顔でお礼を言うシルヴィアの顔を見て、僕は衝動的に身体が動いてしまった。


「えっ!?ダリア君?」


 ベッドに腰掛け、抱き締めた彼女の身体は、こんなにも細いのかと驚いてしまった。きっと、今回のことで身体が痩せてしまったのかもしれない。


 目覚めた彼女と会話し、腕の中から伝わってくる彼女の鼓動を肌で感じると、シルヴィアは本当に助かったのだと実感することが出来た。


「本当に心配だったんだ。治って良かった」


彼女にそう伝え、身体を離そうとすると、シルヴィアの方が僕を離そうとしなかった。


「色々心配掛けてゴメンね。それに、さっきの説明・・・私の事思って言ってくれたんでしょう?」


僕を抱き締めながらも、彼女は少し震えている声で言ってきた。


「・・・もしかして記憶があるの?」


「誘拐されて薬を飲まされた所までは覚えてるんだ。その後のことは全然・・・でも、最後に強く願った記憶があるの!」


「最後に?」


「うん、助けてダリア君って。そしたら本当に助けてくれるんだもん!本当にダリア君は私の王子様だよ・・・」


 その言葉に僕はどんな顔をして良いか分からなくなってしまう。確かに彼女を助けることは出来たが、本当はこんなことになる前に、もっと早く助けたかった。心を壊される前に助けたかった。そもそもさらわれないようにしたかった。そんな後悔の念から、彼女の言葉に対する表情が分からなくなってしまう。


 すると彼女は、抱き締めていた力を緩めて、僕の顔を正面から見つめてきた。


「ダリア君、あなたは異性を好きになると言うことがまだ分からないって言ってたけど、私が理解させてあげたいの!」


「えっ?それって、どういう・・・」


「こんな状況で言うことじゃないけど、でも今ならって思って・・・わ、私・・・ダリア君がーーー」



『ぐ~~~!!!』


「・・・・・・」


「・・・・・・」



 そのお腹の鳴る音と同時に、シルヴィアとの間に微妙な空気が流れてしまった。


「//////////!!!」


 シルヴィアは顔を真っ赤にして、両手でお腹を隠すようにベッドの上で丸まってしまった。さすがに3日間も食事をしてなかったので、空腹に身体が悲鳴を上げてしまったのだろう。


「・・・ご飯食べる?」


「・・・うん・・・」


「ねぇ、シルヴィア?」


「・・・ん?」


彼女は恥ずかしがりながらも、上目使いで僕を見てきた。


「僕はシルヴィアが好きだよ。一緒に居たいと思っている」


「っ!!!!!!」


僕の言葉に一段と顔を赤く染め、目を丸くしながらシルヴィアは驚いている。そんな彼女に笑顔で言葉を続ける。


「だからこれからも一緒に居ようね!」


「・・・もぅ、ズルいなぁ」


 彼女はまだピンク色に頬を染めながらも、僕の言葉を理解していた。友人と異性の好きの違いがまだ分からない僕のそれは、彼女の想いに対する精一杯の返答だった。



 それから、シルヴィアと食事をしようとしたのだが、その前にちょっとした騒ぎがあった。


「あれっ?わ、私の服って・・・」


「あ、綺麗にしてあるから大丈夫だよ!」


「えっ?そ、その、ダリア君がその・・・着替えを?」


「えっ、そうだよ?」


「えっ、で、でも・・・そ、その・・・この下着って・・・」


「あっ、僕のでゴメンね。それしかなかったから」


「(・・・み、見られた?えっ?綺麗にしたって、汚れてたってこと?・・・それって何の汚れで?)」


「ん?どうしたの?」


「い、イヤ~~~!!!!!!」


「えっ?ど、どうしたの?」


 彼女はさっきよりも顔を赤くして、涙目になりながら耳をつんざくような悲鳴を上げた。その悲鳴の理由が分からず、僕はただどうしたものかと、しどろもどろになっていた。

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