第66話 フロストル公国 12

 side ジョアンナ・スタウト


 私はきっと『風の女神アウラ』の御使みつかいと遭遇してしまった・・・。


 バハムートの襲撃はまさに悪夢の来訪だった。

 一月程前から近隣にて大型の魔獣が確認され始め、その正体を確認する為に数人の騎士を派遣したものの彼らは誰一人として帰って来なかった。事態を重く見た私は騎士団本部への応援を要請した。数日でレイクウッドからロイヤルナイツの方が来てくださり、その指揮官として騎士団団長のカイン様が来たのは、よほど上も重大な事態だとみなしたのかもしれない。もしくは、強硬派閥の多いリバーバベルへ恩を売るためだったのか。とは言え、今となっては王族のその判断が功を奏し、魔獣の正体を確認することが出来た。しかし、それは安心ではなく恐怖と不安の日々の始まりだった。ボロボロになったロイヤルナイツは魔獣の正体を告げると直ぐに首都に報告に向かうと言って立ち去った。その魔獣の正体はドラゴンの中級種バハムートだった。


 天災とも称されるバハムートが出現したとあっては、この都市の戦力だけでは到底かなうはずはない。報告に戻ったロイヤルナイツが援軍を引き連れて戻ってくるはずだ。もし間に合わずにバハムートが現れればこの都市は終わりだ。そう考え直ぐに防衛計画を策定し、住民にも避難を促したり、警報を発した場合に直ぐ逃げ出せるようにとの心構えをさせていた。


 そして今日、その時が来てしまった・・・


 空から降り立ったそれは都市の外壁を難なく破壊し、悠然と建物を破壊しながら都市中央に向かってくる。外壁と同じぐらいの大きさに、身体は黒と見間違う濃い藍色。口からは立派な牙が4本生え、大きく口を開けながら巨大な咆哮を上げこちらを威嚇してくるのを見た時、人に抗える存在では無いのだと理解してしまった。その腕を振るえば建物はゴミ屑のように破壊され、地面まで抉り取る。一歩踏み出せば土が槍状に隆起して、人もろとも建物を突き刺し破壊していった。その姿はまるで遊んでいるよう、その気になればあっという間に都市を滅ぼせるのに、わざわざ時間を掛けて破壊していく事でこちらの絶望する表情を楽しんでいるようにも思えた。バハムートにそんな感情や知恵があるのかは分からないが、その時の私はそう思った。


 事前の周知通り住民には避難指示を出し、駐留騎士団が住民が避難するまでの壁となってバハムートに抵抗するが、まったく有効打を与えられずにじりじりと後退を余儀なくされた。それはバハムートの鱗表面に見えない壁の様な物があり、それが全ての魔法や物理攻撃までも防いでいて、相手は全くの無傷だったからだ。既に死者は500人は下らないだろう、負傷者に至っては数え切れず、治癒師達の魔力ももう限界近くだと報告も来ていた。もうこのままではこの都市の騎士団は消耗し、程なく全滅してしまう、そして都市も破壊されつくし、住民も根絶やしにされてしまうかもしれない。


 そう諦めた時そのお方は現れた。見た目は美しい人間の少女のような少年で、煌びやかな短い銀髪をなびかせ、絶望する私たちの前に颯爽と現れた。そのお方はあろうことかたった一人でバハムートへと立ち向かい、私達は負傷した者の治療に専念するようにとの温かいお言葉を掛けていただいた。その戦いは壮絶、いや、言葉に出来ないほどのものだ。一人で複数の属性魔法を第五位階まで使いこなし、見たこともない剣を二本両手に携え、その内の一つは青白く光ってさえいて、まさに神々しい・・・神が持つ剣なのではないかと直感した。


 そして、戦いの最後は一瞬・・・私では何が起こったか分からないうちに、気付くとバハムートの頭が地面に落ち、残った胴体も倒れ伏していた。


(この方は何者なのだろう?人では抗えない天災と言われたバハムートをたった一人・・・しかも怪我らしい怪我もしていない。人間なの?そんなわけない、もしかしたら物語にある様な神の御使みつかいが助けに現れたのかもしれない。慎重に対応しなければ!)


 私は自分がこの都市の首長であると名乗り感謝を伝えた。しかし、本人は何てことは無かったというような話し方で、こちらの被害の心配までしてくれるほどだった。ダリア・タンジー様と名乗られた彼の事について周りの者はどう思っているのか周囲に視線を配ると、皆測りかねているようだった。そこで、一体何者であるのか探りを入れたのだが、マーガレット殿下の留学先の学園の友人とのことだ。


(ありえない!人間のはずがない!見た目まだ成人もしていないような少年が3つの魔法属性を極め、あまつさえ一人で合体魔法を放ち、さらに剣術も極めているなんてありえない!そうだ、やはり私が考えている通り神の御使いなんだ!)


 そう思い聞いてみたのだが、自分は人間だと否定されてしまった。きっと秘密にしなければならないのだろう、なにせ神の御使いなのだから。周りの者も畏怖と尊崇そんすうの念が混ざった様な表情と目をしていた。一部の者は祈りを捧げているほどだ。


 さらにこのお方は、戦闘で重傷を負った者達を治療してくださるという事で、案内を仰せつかった。


(まさか、あれほどの戦闘をして魔力が余っているなんて、やはり・・・。でも、こんな方と友好関係を築けているとは・・・融和派閥である王族の隠し玉?いえ、この表現は失礼ね・・・。神の御使いが融和派閥に協力しているのだとすれば、私達の考えは間違っていたというの?・・・幹部会議を開かねば!)


 私は今後の強硬派閥のあるべき姿を考え、神の御使いが現れたことについての情報の共有と、全体の意思を確認する為の会議を開こうと心に決め、ダリア様と名乗った神の御使いを負傷者のいる天幕へと案内した。




 ジョアンナさんと数人のエルフに案内された天幕は地獄のような光景が広がっていた。そこは不気味なほど静かで、負傷者の呻き声が聞こえるだけだった。建物の瓦礫の下敷きになったのか、腕や足が潰れてしまったり、腹部が裂けてしまっていたりしていた。ベットもないのか、布が引かれた床に寝かせられているだけでその周りは血溜まりができている。


「ダリア様、こちらには特に重傷な者たちが運び込まれております。その、治癒師の者達ではもう手の施しようが・・・」


 おそらくここの天幕にはもう死ぬのを待つばかりの人達が集められているのだろう。これほどの重傷ではポーションでは治せないし、魔法であれば第五位階光魔法でなければ無理だろう。その位階まで使える治癒師がどれほどいるのか、いたとしても魔力切れになるほど頑張ったが、もはや限界だったのかこの天幕に治癒師の姿は無かった。


「全部で200人位ですか・・・。重傷者はこれで全員ですか?」


 床に所狭しと横たわっている人数を空間把握で確認すると、この天幕にはざっと200人ほどいる。隣接する天幕にも同じくらいの人数がいるのだが、重傷者がこれだけと言うこともないだろうと思って聞いてみた。


「いえ・・・。同じくらいの人数が他の天幕にもおります。確認させておりますが、おそらくこのまま治療できなければ明日までに1000人ほどは、朝陽を見ることも叶わないでしょう・・・」


唇を噛みしめながらジョアンナさんが、悲痛な想いを口にした。その表情にはここにいる重傷者の人々を救う事は不可能で、見捨てざるを得ないという決断をしなければならない者の姿があった。


(目の前で自分の知っている人が死んでいくのは嫌だよね・・・)


 第五位階光魔法はどんな怪我でも治せるが、その反面大勢を一気に治療することは出来ない。個人への治療に特化していると言ってもいい。もしフリージア様が第五位階光魔法が使えれば、【広域化】という才能を使って一気に治療できるが、残念ながら僕は一人一人順番に治療していくしかない。


「では、治療を始めますね。出来れば皆さんは動かないように」


 怪我人のそばまで行って治療していくのは時間がもったいないと考え、天幕の中心に立って空間認識で捉えた人達を順に〈完全治療フルキュア〉で治していく。治療に集中する為、目を閉じているのでどうなっているかは分からないが、一人1秒ほどの間隔で次々治療していっている感覚がある。体感で3分ほどかけて治療を終えて目を開けて周りを確かめると、潰れた手足や腹部が綺麗すっきり治っているようだった。


「ふぅ、これで良いでしょう。次に行きましょうかジョアンナさ・・・ジョアンナさん?」


隣にいるジョアンナさんに目を向けると、何故か跪いて僕に祈りを捧げているようだった。


「感謝いたします神の御使い様。我らを救う為、危機に駆けつけて下さったのですね。リバーバベルの民達を代表して感謝致します」


「えっ?いや、だから僕は人間だって!」


「はい、ダリア様の御心みこころは存じております。ダリア様に治療して頂いたこと、皆も感激いたしますでしょう!」


 ジョアンナさんからきっと全く理解していないだろう表情で言われてしまった。僕のやったことは神の御使いだと勘違いするまでの事だったのだろうか。ただ自分かやりたいと思ったことをしただけで、こんな神のように崇められても困るだけなのだが・・・。


(まぁ、もう会う事なんて無いだろうし、面倒くさいからこのままでいいや・・・)


若干投げやりになりつつも、さっさと治療を終えてレイクウッドに戻りたいので、次の天幕を案内してもらった。



 それから5つの天幕を回り、1300人以上の明日をも知れない重傷者の治療を終えた。残りは比較的軽傷の者が多いらしく、治癒師達の魔力の回復を待って治療できるので大丈夫との事だ。治療後はさすがの僕も魔力が尽きかけてしまったが、回復速度を上げて少し休むと数分で魔力は回復した。ジョアンナさんにはバハムートの素材などについて交渉したのだが、「ダリア様の心赴くまま、如何様いかようにも」という逆に困る返答だったので、とりあえず牙2本と鱗を何枚か剥ぎ取って、リュックを貰って詰めておいた。


 また、討伐の証明として、この都市のおさであるジョアンナさんが証明書を発行してくれるのと、リバーバベル都市退竜蒼炎たいりゅうそうえん勲章というものを合わせて授与してくれた。良く分からないが、ドラゴンを討伐した証にという事らしい。首に掛けるタイプの金色のメダルにドラゴンと剣の意匠が施されている。僕の出立に間に合うように慌てて準備したとの事だ。証明書にもバハムートは僕が討伐したこと、その後重傷だった負傷者を1000人以上治療に尽力したことについてや、バハムートの素材の事や報奨について最大限考慮して欲しいと記載されていた。一読した証明書にはのでこれで良いだろうと思って受け取った。



 そんなこんなで既に時刻は夕方近くになってしまっていたので、これからレイクウッドに戻るところなのだが、ジョアンナさんが跪いて涙を流しながら感謝を伝えてきた。身だしなみを整えた彼女はとても美しく、凛とした表情に都市の長であることを意識させられるほどだったのだが、涙を流されてまで感謝されるとさすがに周りの目が気になってしまう。


「で、では僕はレイクウッドに戻って討伐の報告をしてきますので、ジョアンナさんも都市の復興頑張ってください」


「はい!ダリア様の有難いお言葉に感謝申し上げます!ここをまた美しい都市として復興するようこの身を賭して行います!その際には是非もう一度降臨頂けましたら幸いでございます!」


「え?あ、はい。来れそうならまた来ますね!・・・では失礼します!」


 フライトスーツに風魔法を込めて飛び上がると、あっという間に眼下には破壊されてしまったリバーバベルの街並みが見下ろせる。ただ見下ろした街並みに居る人々の姿に僕はギョッとしてしまった。


「・・・えっ?みんな何やってるんだ?」


 この都市の住民達は皆僕に向かってだろう、跪きながら祈りを捧げているようだった。それは異様な景色。目に見える全ての人々が一様に跪いているのだ。感謝を示してくれるのは嬉しいが、まるで神のように崇められても僕はただの人間なだけなので居心地が悪い。


「ま、どうせもう来ることも無いだろうし・・・別にいっか!」


深く気にしてもしょうがないので、考えても仕方ないことは考えないようにしてレイクウッドに戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る