第67話 フロストル公国 13

 陽も落ちかけてきた頃、首都レイクウッドの城へと戻ってきた。僕を見た門番は何かを察したような生暖かい目を向けて来て、「戻ったことを報告してきます!」と言って走っていってしまった。


 しばらくすると、マーガレット様がメイドと共に足早に出迎えにきて、僕の姿を見つけると安心した表情になった。そして、門番と同じように、何かを察したような納得顔になりながら近づいてきた。


「心配しましたよダリア殿!いや、でも思い直してくれたようでなによりです。私の為に命を掛けてバハムート撃退に向かった時は、その・・・女としては嬉しかったのですが・・・今日1日ダリア殿が死んでしまうのではと、気が気でなかったのですよ?」


少し早口になりながらも、僕の事を心配していたというマーガレット様の言葉は嬉しくもあった。が、なるほど・・・どうやら先程から感じる周囲の僕を見る生暖かい様な視線は、僕が討伐に向かわずに引き返してきたのだと誤解しているようだ。


「ご心配をお掛けしたようですみません。ですが、ちゃんとバハムートは討伐しましたからもう安心ですよ!」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


デジャブのような光景が僕の前に広がってしまった。


(あ~、これは絶対に信じてないな。素材とか証明書を出そう。それと勲章も首から下げておくか・・・)


 そう思って静かになってしまった周囲をよそに、背負っていたリュックをおろして勲章を首に掛けながら、牙や鱗を取り出して最後にジョアンナさんが書いた討伐証明書を取り出した。


「これらは討伐したバハムートの牙と鱗です。それからバハムートが暴れていたリバーバベルのおさをしているジョアンナさんから貰った勲章と討伐証明書です」


首に掛けた勲章を見えやすいように掲げながらマーガレット様に証明書を渡すと、目が点になりながらもそれを受け取った。証明書を広げて読んでいくと、彼女は急に顔を上げて僕を凝視してきて、証明書と僕を何度も見直していた。


「た、た、単独でバハムートを討伐と書いてありますが?そ、それに1000人以上の瀕死の民を救ったと・・・」


「えぇ、そうですよ!」


 それにはので当然のように肯定したのだが、何がいけなかったのか彼女は目をグルグルさせて混乱しているようだ。その顔はせっかくの美少女顔も台無しになっている。


「そ、それにこれは・・・退竜蒼炎勲章の授与・・・4属性の魔法が第五位階?・・・ダリア殿、少しいいでしょうか?」


文章を読み進めていくうちに、マーガレット様の目は鋭いものへと変っていき、真剣な眼差しを僕へ向けてきた。


「はい、いいですよ」


「ミーシャ!密談に使う会議室の準備を!」


「かしこまりました!直ぐに準備いたします!」


こうしてマーガレット様に引き連れられて会議室へと向かったのだった。




 4人も入れば手狭に感じる部屋に案内され、今はマーガレット様と2人で対面して座っている。ちなみにメイドのミーシャは扉の外で待機している。この部屋は防諜設備が完璧らしく、外に漏れてはマズいような話をするための場所らしい。


(こんな部屋に案内されたという事は、よほどの事なのか・・・何だろう?)


「ダリア殿、その勲章とこの証明書は事実である前提ですが・・・いや、真実なのでしょうね。こんな力を持っているという事が周囲に、いえ、世界に知られれば・・・とても面倒なことになりますよ?」


いやに真剣な面持おももちで僕の持つ力について力説してくるマーガレット様の言葉を、僕は未だその真意を理解できずにいた。


「はぁ・・・?僕は僕の出来ることをしただけですし、その証明書にも本当の事しか書かれてないですが、何か面倒なことになるんですか?」


「・・・ダリア殿、本気で言っているのですか?」


 マーガレット様が言うには、人である身でドラゴン種を単独討伐する存在などありえないという事。また、才能があったとしても僕の年齢で6属性の魔法の内、4属性もの魔法を既に極めていることその全てがありえないと言われてしまった。そんな力を持つ人物が存在するなら、各国が放っておくはずがないらしい。おそらく2つの反応に分けられるとのことだ。何としてでも自らの陣営に取り込むか、もしくは・・・


「・・・排除されるか、ですか?」


「はい、その通りです」


「・・・マーガレット様は僕をどうしようと考えていますか?」


「わ、私は・・・あなたが心配なのです!それだけの力を持っている反面、あなたの精神はおさな過ぎます!自分自身の持つ力の影響力を考えずに力を振るい、その結果あなた自身を苦しめることになるかもしれないというのに・・・」


 次第に興奮した様子で話す彼女は、本気で僕の事を心配してくれているようで嬉しかった。僕の行動の根底にあるのはたった一つの復讐心だ。僕の行動の結果がそれほどの影響力を秘めているものなら、それさえも利用できないかと考えるだけだ。


(実家の敵対派閥に潜り込んで没落させてしまうことも、僕に敵対する事さえ考えられないような圧倒的な力を周囲に見せることで、実家を根絶やしにしたとしても誰にも文句を言わせないことも出来そうだ)


 この時僕はこの力を見せつければ、僕の唯一の目的である両親を見返す事も殺す事もどちらも可能になると思った。ただ、それをそのままマーガレット様に話すわけにはいかないので、何となく誤魔化しておく。


「心配してくれてありがとうございます!でも大丈夫です!今回の事はただそうしたいと思ったからそうしただけです。僕の行動した結果なら甘んじて受けます」


「そ、そうですか・・・覚悟があるのならば良いのですが・・・わ、私の為にそれほどの力を示しても良いなんて・・・それほどまでに私の事を?」


「?はい、マーガレット様の事は(友人として)大切に思っていますので、助けるのは当然じゃないですか!」


「っ!!そ、そうですか。私の事が(女性として)大切ですか・・・分かりました!お母様への報告は私の方からダリアの不利益にならないようにはかりましょう。大丈夫です、私もダリア殿が大切ですから、頑張ります!」


「ありがとうございます!」


「では、この後会議室でバハムート討伐の報告を開くことになると思いますので準備しておいてください」


「分かりました」



 話はまとまり、しばらく部屋で待ったあとに以前使った会議室へと案内された。部屋には昨日の会議と同じ顔ぶれが揃っており、その表情は皆等しく混乱が顔に貼り付けられていた。異様な沈黙が支配する中、ヴァネッサ女王が口を開いた。


「では、本当にダリア殿がバハムートをリバーバベルの討伐したというのですね?」


「は、はい。そうです」


 協力したと文言が変わっているのは、きっとマーガレット様が僕への扱いを心配した結果なのだろう。戦闘後にジョアンナさんや騎士達と一緒に負傷者の治療や収容もしたから、あながち嘘でもない。討伐証明書をどうしたのかは分からないが、この表現の方が相手の受ける驚きが少なくなるのだろう。


(ただ、リバーバベルの人達は実際に見ているから、どうなんだろう?なんか僕を拝んでいたようだったし大丈夫だとは思うけど・・・)


「しかもたった1日足らずで移動し、討伐を終えて戻ってくる・・・なかなか信じられませんが・・・」


「それは、僕の【才能】の特性ですから」


「しかも、バハムートとの戦闘においてダリア殿が主導的地位におり、止めを刺したのもダリア殿と言うことで間違いないでしょうか?」


「はい、間違いないです」


これも、僕が主としてバハムートを討伐したので何も間違いはない。


「そうですか・・・討伐したバハムート自体はリバーバベルにあり、素材については牙二本と鱗数枚で良いと・・・ずいぶん欲が無いのですね?」


「はぁ・・・、まるまる素材を貰っても使い道が無いですし、売るにしても相場が分からないので、これで良いかなと」


 気のせいか女王の言葉には若干のトゲがあるように感じる。直接的に不平不満を言うわけではないのでなんとなく感じる程度だが、マーガレット様も大変なことだと言っていたし、きっと為政者として思うところがあるのかもしれない。


「分かりました。財務卿!バハムートの素材も考慮して、討伐という偉業を成したダリア殿に公国としてどの程度むくいれる?」


「はっ!なにぶん前例の無いことでありますれば、バハムートの素材の予想売却価格と討伐の報奨を合わせて考えまして・・・大金貨一万枚と言ったところでしょうか?」


「そうか。では、それに加えフロストル公国自体からも勲章を授けよう。どうだダリア殿、それで満足してはもらえぬか?」


大金貨一万枚となると、もう働かなくても良いくらいの金額というか、きっと使え切れない程だろう。それだけのお金を貰って、結果として眠らせておくくらいなら・・・


「ありがとうございます!とはいえ、それ程の大金を個人で貰っても困ってしまいますので、リバーバベルの復興のために半分お使い下さい」


「よ、よろしいのですかな?ダリア殿?これ程の金額です、王国で言えば一生上級貴族並みの生活が可能なのですぞ?」


 会話に入ってきたのは、宰相のヴィクターだった。別に僕は貴族の暮らしに憧れがあるわけでもないし、半分でも多いかなと思っての事だったのだが、そんなに驚くような反応をされるとは思わなかった。


「ダリア殿、今回の報奨はあくまでも行動に対してのお礼です。お心はありがたいですが、そう遠慮せずともよろしいのですよ?」


女王も僕の発言に驚いているのか、お金を受け取るように促してくる。


「大丈夫です!それにバハムートとの戦闘で僕も少し都市の建物を壊してしまったので・・・そちらで使ってくれると嬉しいです」


僕も別に100%善意というわけではなく、結構建物を破壊してしまった自覚があるので、その罪悪感を払拭するための事もあってだ。


「建物の事はバハムートが相手であったと考えれば、致し方ないことです。どうかお気になさらず」


 先程から女王はどうしても僕に全額受け取って欲しい様な言い種なのだが、僕が提案された金額を受け取らないのは公国としては体裁が悪いのだろうか?


「女王陛下!ここはダリア殿の言うように復興のために使ってはいかがでしょうか?国の財源も無尽蔵というわけではございません」


「・・・財務卿、そうは言うが・・・」


「陛下、宰相の立場としてもここは受け取っても良いものかと。国民へはダリア殿のご厚意があったと発表すれば、ダリア殿に対する国民感情は良きものとなるでしょう」


「お母様それでよろしいのでは?ダリア殿が今後我が国を訪れても、人間であるということだけで白い目で見られるよりか、よほど良いかと思います」


「・・・はぁ、分かった。では、ダリア殿に大金貨5000枚と勲章を。リバーバベルへの復興として寄付してくれたことを国民へ発表しよう」


なんとなく女王は周りに諭され、苦虫を噛み潰したような雰囲気で了承したようだった。


「あっ、授与が終りましたら王国へ戻ろうと思います。ティアさんにも心配させてしまっていましたので」


「えっ?そ、そうですか。それも・・・そうですね・・・」


 マーガレット様は何故か納得しかねるような反応だったが、長いこと心配させっぱなしも心苦しかったので、早めに戻ることにした。


「分かった。では、2日後に勲章と報奨金の授与、国民への周知を行う式典を開くので、終ればそのままオーガンド王国へ戻るが良い」


「はい!ありがとうございます!」


 楽しかった公国の観光もこれで終わりだと思うと名残惜しいものがあるが、今後は来やすくなるなら、これから何度でも来れば良いと思う。


「では、後の事は宰相と財務卿に任せる!頼んだぞ!」


「「はっ!」」


女王の言葉で会議はお開きとなった。

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