第158話 戦争介入 36
身を乗り出して、真剣な表情で質問してくる皇帝に、どんな事を聞いてくるのかと身構える。
「はい、何でしょう?」
「我が帝国の【剣聖】、ジャンヌ・アンスリウム大佐の事は知っているな?」
「えぇ、それはもちろん」
知っているも何も、彼女を通してこうやって皇帝に取り次いでいるのだ、僕が知らないわけがないとは皇帝も理解しているはずだ。
「そうか。あの子は私の姪でな、
段々と言葉に力が籠っていく皇帝に、嫌な予感が
「聞けば、あの子は神人殿に求婚し、断られたと言うではないか。是非その理由をお聞かせ願いたい!」
最後の方には激怒していると表現した方がいい表情となった皇帝は、僕を凄んできた。その迫力と内容に、何と返答していいか言葉に詰まる。
(まさかジャンヌさんが、皇帝の姪だったとは!下手な返答をすると、せっかく纏まった話しもご破算にされるかも・・・)
ここは相手の機嫌を損ねず、上手に説明しなければならないが、断ったということに激怒していそうな皇帝に、どう言葉を飾っても結果を誤魔化すのは無理なように思えた。
「いや、断ったというかですね、その、僕の取り巻く状況を伝えまして・・・」
どうにか煙に巻こうと言葉を探していると、皇帝は座っている椅子の肘掛けを拳で叩き、目を見開きながら僕に詰め寄ってきた。
「あの子は見た目良し!中身良し!実力良し!器量良し!の四拍子揃った完璧な子だ!これ以上何をーーー」
「叔父上!!!」
皇帝の言葉を遮って、後方の扉からジャンヌさんが駆け込んできた。彼女は戦場で見たような服装ではなく、赤い花を散りばめたようなデザインをした、見たこともない服装をしていた。その姿は、彼女のアップに纏められた黒髪に映えてとても綺麗だった。
「ジャンヌよ、騒々しいぞ!今神人殿と大事な話をしておるのだ!」
「叔父上!その話は
「っ!!!そ、そうか・・・余計なまねだったな。ジャンヌよ、自分の考えを持つ立派な女性に成長したのだな・・・」
ジャンヌさんの言葉に衝撃を受けたような表情をした皇帝は、目にうっすらと涙を浮かべながら彼女を見つめていた。その様子はさながら、子供の成長に感動している親のようだと思った。
(いくら姪だっていっても、そんなことで?甘過ぎじゃないのかな・・・?)
しばらく彼女達のやり取りに呆気にとられていると、ジャンヌさんが僕へ頭を下げてきた。
「すまない!叔父上は子供がいないせいか、ことさら私を溺愛してしまっているんだ」
彼女の言葉になるほど、と合点がいった。まさにジャンヌさんを我が子同然に思っていたがゆえの僕への対応だったのだろう。
「ジャンヌさんが謝ることじゃないですよ。それほど皇帝陛下はあなたを大切に思っているということですから、それに対して僕が不快に思うことはないですよ」
「そ、そうか。そう言ってくれると助かる」
ホッとする彼女に、なぜ最初からこの場に居なかったのか聞いてみる。
「ところで、今回はジャンヌさんを通しての謁見だったのに、この場にいなかったのはどうしてだったんですか?」
僕としては、当然彼女が仲介役となってその目で見たことも含めて皇帝に助言しながら会談が進むものだと思っていたのだが、謁見の間に彼女はおらず、こうして遅れてきているのは何か理由があったのだろうかと考えていた。幸い会談はスムーズに終わったので、最初から話は付いていたといえばそうかもしれないが、僕も多少心細さがあったのだ。
「そ、それはだな・・・」
言いづらそうにジャンヌさんは僕から顔を背ける。よほどの事情があったのだろうか。
「ふむ、呼びに行かせた侍女によれば、着る服が決まらなかったとーーー」
「お、叔父上!そう言うことは言わないでださい!」
彼女は顔を真っ赤にして、皇帝に抗議していた。
「確かにその服は着るのも大変そうですし、そもそも僕はこんな見事な服を見たこと無いんですが、帝国ならではの衣装なのですか?」
「ほぅ、神人殿は着物を見たことが無いのか。いかにも、この服は帝国の女性が特別な日に着るものとして、伝統ある衣装だ」
皇帝が言うには、彼女の着ている服は着物というらしい。
「べ、別に君の為に悩んでいた訳じゃない!ただ、公式な場は久しぶりだったので、どの柄がいいか決まらなかっただけだ!」
彼女は顔を赤らめながら僕にそう言うと、そっぽを向いてしまった。改めてじっと着物を見てみると、艶やかな見た目に赤を基調とした花の色鮮やかさが素晴らしい。それを長身の彼女が着こなすことで、とても美しく見えていた。
(戦場ではお腹を出しているような装備と比べると、まるで別人みたいだ)
最初に会ったときは、好戦的な戦士という印象だったが、着物姿を見ると、おしとやかな大人の女性という印象に変わった。
「どうかね神人殿、初めて見る着物の感想は?」
そう皇帝に問われたので、僕はそのまま素直に感想を伝えてしまった。
「とても素晴らしいですね。鮮やかな色合いの着物に、ジャンヌさんの黒髪が映えていて、とても綺麗です」
「っ!!!/////////」
「ほほぅ・・・」
ジャンヌさんはそっぽを向いていて、その表情を窺い知ることは出来なかったが、皇帝はジャンヌさんの顔を見て何か思うことがあるように唸っていた。
「ときに神人殿よ、今回の会談の趣旨とは外れるが、貴殿にお願いしたいことがあるのだ」
「はぁ、何でしょうか?」
あまり良い予感はしないが、とりあえず内容を聞く。
「帝国の【剣聖】ジャンヌ・アンスリウム大佐を、貴殿の元で武者修行をしてやって欲しい」
「「えっ!!?」」
僕とジャンヌさんは同時に驚きの声を上げた。
「いやなに、貴殿がこうして各国の問題を解消して戦争を止めるというのなら、しばらく帝国は安定するだろう。実は、普段から彼女の実力に合う訓練相手が居ないのが悩みの種でな、平和ボケして腕を鈍らせられては困りものだが、彼女を打ち負かしたという貴殿の元でなら、腕が鈍るどころか上達すると考えたのだ。是非考えてはくれんかね?」
「陛下!私は平和ボケなどーーー」
「お前もいつも実力を出せる訓練相手が居ないと、
「それは、そうですが・・・」
「武人として高みを目指すのは当然だが、今までお前は自分以上の実力者に会えることがなく、そこが限界だと思っていた。しかし、世界は広い。実際に目の前にお前を上回る実力者がいて、現状友好関係にあるのだ。指南を教授願うのは普通のことだろう?」
「・・・・・・」
皇帝の正論に、彼女もそれ以上反論することが出来なかったようだ。
「して、どうかな?神人殿?」
皇帝の提案自体は筋の通った話だ。より実力を高めたい武人であるならば、自分より上の実力者から指南された方が伸びるというものだ。ただ、そこには当然皇帝の下心も存在しているだろう。ジャンヌさんを僕の側に居させることで、彼女を後押ししたいという。
(まぁ、会談とは別と言っているし、断っても大丈夫だろう。それに、僕に人を指導できるような器があるとは思えないし)
少しの思案の後、そう結論づけて口を開く。
「申し訳ありまーーー」
「時に、この話は神人殿と我が帝国の友好関係を図る意味もある。その事を重々考慮の上で返答されたい」
皇帝は断りの口上を述べようとした僕の言葉に被せて、断り難くなる事を言い放ってきた。
(ぐ、これで断っては、こちらが帝国と友好関係を築く気がないように捉えられてしまう・・・)
僕の困った顔に、皇帝はしたり顔で笑顔を見せていた。ジャンヌさんも反論すべきところが無いといったように、何も言わず僕の答えをじっと待っているようだった。黙考の後、僕は答えを出した。
「分かりました」
「そうか!受け入れてくれて嬉しいぞ!これで今後とも我が国とは良い関係でいられそうだな!」
ニヤリと笑う皇帝に、さすが一国の為政者だと思った。ジャンヌさんは少しそわそわしながらも、この決定に喜んでいるようだった。それは、彼女の表情からも一目瞭然だった。
「では、大佐にも引き継ぎ等の作業があるのでな、また一週間後に迎えに来て欲しい。よろしいかな?神人殿?」
「分かりました。では、一週間後にジャンヌさんをお迎えに上がります」
「うむ。では、ジャンヌ大佐!くれぐれもしっかりな!」
「はっ!畏まりました!!」
皇帝の指示に、ジャンヌさんはとびきりの笑顔で返答していた。
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