第34話 冒険者生活 24

 ドラゴンを秘密裏に討伐する依頼の報酬を貰ってから一月以上経ち、来週にはいよいよ国立魔道武術学園への入学が迫っている。報酬の大金貨100枚は今のところ使う予定はないが、僕の月の生活費が約金貨5枚だと考えると、大金貨は金貨にして1000枚になるので、15年は何もしなくても生活が出来てしまえるような大金だった。勿論大きな買い物をしたり、フライトスーツのような高額の欲しい物をどんどん買っていけばあっという間に無くなってしまうので、冒険者としての依頼は今まで通りの週一ペースで続けていた。


 また、もう一つの報酬の地下書庫への許可証だったのだが、師匠の手紙にあった地下二階は全て禁書指定になっており残念ながら僕の閲覧したかった本は見ることが出来なかった。禁書指定の閲覧には王族の許可が必要らしいので、どうすればそんな許可が得られるかは今のところまだ分からなかった。それでも、地下書庫には高威力魔法の書物だったり、上級剣技や上級武術が載っていたので、結構参考にすることができた。


 ちなみに、フリージア様ともあのお茶会以降度々お招きがあるのだが、なんやかんやと理由をつけて辞退している。しかし、さすがに全て断るわけにもいかず、3回に1回位のペースで付き合っている。正直彼女の趣味について僕には理解することは永遠に出来ないだろうと思わせた。その疲れが顔に出ていたのか、エリーさんと出掛けた時に疲れているのかと心配されてしまったほどだった。


 そして今日は来週からの学園入学に向けて冒険者協会に挨拶に来ていた。


「そっか、ダリア君もいよいよ学園に入学か・・・。今以上にここに来る時間が無くなっちゃうから寂しくなるね」


「長期休暇の際には依頼を受けに来ると思いますし、学園の実習で討伐の授業もあるらしいですから、ちょこちょこ顔を出すと思いますよ」


「学園に行っても私の事忘れないでね!」


そう言いながら潤んだ瞳で僕の手を握ってきた。


「忘れるわけないですよ!エリーさんには凄いお世話になっていますし、本当のお姉さんみたいな人ですから!」


そう感謝を伝えたのだが、何故かエリーさんは打ちひしがれた様な表情になってしまった。


「お、お姉さん?・・・そ、そっか、お姉さん・・・お姉さんよね・・・」


小声でぶつぶつと呟くエリーさんが何だか怖い。するといつものように後ろからマリアさんが現れた。


「あら、ダリア君。今日はどうしたの?」


「はい!お世話になりましたので学園に行く前のご挨拶にと思いまして。と言っても、ちょこちょこ顔を出すと思いますが、何も言わずに行くのもどうかと思いましたので」


「さすが、しっかりしているわね!学園に行っても頑張ってね!それに比べて・・・エリー!公私混同は止めなさいといつも言っているでしょう!しゃきっと送り出しなさい!」


今までぶつぶつと呟いていたエリーさんにマリアさんが活を入れると、いつものエリーさんに戻ったようだった。


「学園ではいろいろ大変なこともあるかもしれないけど、ダリア君ならきっと大丈夫!あっ、変な貴族に絡まれないように気を付けてね!」


この一年間は平民街を拠点としていたので、ほとんど貴族と日常的に会う事は無かった。大図書館に行く際に道で貴族にすれ違うことはあるが、軽い会釈をするだけで面識を持つ事は無かった。しかし、学園では貴族と一緒に学ぶ場に集まるという事なので、否が応でも面識を持つことになる。


「ありがとうございます!貴族には気を付けますね」



 宿屋に戻り女将さんたちにも今までのお礼を伝える。来週からは寮生活になるので、一年間慣れ親しんだこの宿とはしばらくの間お別れだ。


「女将さん、一年間いろいろお世話になりましてありがとうございます!また長期休暇の折には来ると思いますが、その際にはお願いします!」


「お前さんはあっという間に金ランクになっちまった、冒険者の中でも出世頭だからね、学園を卒業してもまた贔屓ひいきにしてくれよ!」


「分かりました!カリンちゃんもまたね!」


女将さんの側にいる看板娘のカリンちゃんにもお礼とあいさつで声を掛けた。


「はい、頑張って来てください!私もあと4年もすれば入学なので、戻ってきたらどんなことをお勉強するのか教えてください!」


「もちろんいいよ。カリンちゃんも家のお手伝い頑張ってね!」


「はい!」


可愛らしい笑顔で答えてくれた看板娘のカリンちゃんに僕も笑顔を返して、自室へと戻って行った。



 そして、国立魔道武術学園の入学当日。


 朝も早い時間帯から下級貴族街への通行門は周辺の領地から来ている今年で15歳になる入学者たちで賑わっていた。中には僕と同じ冒険者の認識票を下げている人もいるが、ほとんどが銅ランクで、極稀に銀ランクの認識票も見られた。ただ、その人達は一目で貴族だろうと思わせる恰好をしていた。ここで金ランクの認識票を下げていると無用な騒動になりそうな予感がしたので、認識票を収納して変に突っかかれないように大人しく通行門を通過しようとしたその時———


「貴様ら!平民の分際でバスクード辺境伯嫡男である私に向かって無礼であろう!」


 何事もないようにと思って通過しようとしたが、前方から怒鳴り声が聞こえてきた。周りに比べると僕は身長が低い方なので、人垣の隙間から何事かと覗き込んだ。すると、怒鳴り声を上げているのは貴族然とした衣服に身を包み、パーマがかった茶髪をした吊り目の男の子と、その前方に新入生と思われる数人の男女が怯えるように片膝をついて臣下の礼をとっていた。周りからヒソヒソと事のあらましが聞こえてくるが、どうやら通行待ちをしていた平民達が、貴族である自分にかしずかなかったことに腹を立て、不敬罪だと声を荒げたらしい。


(貴族に会うたびにそんなことするのか?面倒すぎる!)


そんな感想を抱いていると、通行門近くに一台の豪華な馬車が現れ一人の女性が現れた。入学者たちが自然と道を開け頭を下げているその女性は眩しい位の金髪が特徴的で、その腰まで届く長い髪を後ろで一つに束ねていた。整った顔立ちは将来は美女になるだろう面持ちで、一目で高貴な貴族なのだろうと分かる深紅の服を身に纏い、彼女の後ろからは使用人らしき男性が大量の荷物を持って付き従って来た。


「失礼!通してくださるかしら?」


「何?私を誰だと思っ・・・!」


「あなた?平民相手にいい気になってるお子ちゃまかしら?」


「・・・マリーゴールド侯爵家のシャーロット・・・様」


「あら、貴方のような品の無い男でも私の事は知っているのね。なら教えて上げる、学園では自分の領地の領民にしていたことは止めなさい!特にここでは私の通行の妨げになるわ!目障りよ!」


「・・・お目汚し、失礼致しました」


「分かれば良いわ!まぁ、平民の方達も貴族には敬慕けいぼの情を持って接してくださる?では、ごきげんよう」


彼女は颯爽と人垣の割れた道を歩き通行門を過ぎていった。そして周りにいた人達は皆一様に彼女に頭を下げていた。


(本来はこんな感じで軽く頭を下げれば良いのか?じゃあさっきのは他領地ルールってやつか)


 師匠から聞いたことだが、領地ごとに独自のルールを領民に課す所もあるらしく、師匠曰くそういったルールを課しているような領主は大抵ろくでもない奴だと言っていた。


しかもこれからこんな自意識高め、プライドは霊峰山脈を越える高さの貴族達と一緒に学園生活を送るというのはなかなかの苦難が待ち受けていそうだ。


(イラッとして殺さないように注意しないとなぁ・・・)


前途多難な生活が始まりそうな状況に陰鬱いんうつになりながらも、気持ちを切り替えて学園へと歩みを進めた。

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