第215話 【番外編】 フリージアの愛読書 下


 大国、メンディス公国へ縁談の申し込みをしてから3か月後ーーー


いよいよ今日は顔合わせの日である。ラオス王国からはこの国の第2王子との縁を結ぶということと、援助を引き出すためにフェルと宰相が数人の護衛を付き従え、メンディス公国の王城へと訪れていた。


今日の為にフェルは髪を伸ばし、水色の美しいドレスを着こなしている。彼の肩まで伸びる艶やかな銀髪は、風に靡く度にサラサラと絹のような滑らかさを主張する。また、薄く化粧が施された顔は、元々の整った顔立ちと、生来の母親似の美しさも相まって、彼を外見だけで男性と見抜くのは不可能なほどになっていた。


 謁見の間に通されたフェルは優雅な所作で、壇上の豪奢な玉座に座るこの国の国王と、その隣に佇む縁談相手に歩みより、両手でドレスの裾を少し摘まみ上げ、淑女然とした挨拶を述べた。


「初めまして国王陛下、アッシュ殿下。私はラオス王国王女、フェル・ラオスと言います」


「これは美しいお嬢さんだ。余はメンディス公国国王、ランデル・メンディスである」


「・・・私はメンディス公国第二王子、アッシュ・メンディスだ」


「お二方のご尊顔、拝謁できまして恭悦至極に存じます。私とアッシュ様の縁談が実り、両国にとって繁栄をもたらせられればと存じます」


形の上ではフェルの言い分はもっともで、本来王族同士の婚姻は両国の結び付きをより強固なものとし、互いの繁栄をもたらすものとされている。しかし、現状ではラオス王国が一方的に助力してもらわねばならない力関係になっているので、フェルの言葉はこの場では酷く胡散臭く感じられてしまうだろう。


ただ、それを表だって指摘することは出来ない。外交上の問題になってしまうし、他国からも無礼者のレッテルを貼られてしまうからだ。



 お互いに簡単な挨拶を交わし、ラオス王国の宰相はメンディス公国の国王と宰相に今回の縁談と助力についての交渉をするため、また、メンディス公国はフェルの化けの皮を剥ぐために、「後は2人っきりで親交を深めなさい」と王城の中庭へ移動させられていた。


「アッシュ様は一人の時間はどのように過ごされるのですか?」


中庭を散歩しながらフェルはアッシュから好印象を抱いてもらおうと、柔らかな笑みで会話をふった。


「・・・部屋に籠って本を読むくらいだ」


「まぁ、読書がお好きなのですね!私もよく読ませて頂いてます!」


「そうか、どんな本を?」


「最近読みましたのはーーー」


 本は貴重品だ。一冊で金貨一枚は下らない。どれだけの本を所有しているかは、そのままその家の財力を反映していると言っても過言ではない。それゆえ、アッシュにとっては本の話と言うのは相手の正体を知る上では好都合だった。特に、王家にしか所有を許されない物もあるので、その内容について詮索すれば、フェルが身分を偽っているかどうか直ぐ判別出来ると思ったのだ。


思っていたのだーーー


「ーーーと言うことで、幼い頃はお父様に隠れて禁書も読み耽っていたんですよ?」


「そ、そうか。本当に君は本が好きなのだな・・・」


「はい!」


目の前で花のような笑顔を咲かせるフェルの言葉からは、王家のみしか見ることも許されない本の事を語って聞かせてくれた。


(くっ!さすがに直ぐにはボロを出さないか・・・)


知識という面ではフェルの本性を暴けなかった。そこで、言動という面での確認に移ることにした。


「この先はダンスホールになっていてね、よく舞踏会を開いているのだが、フェルは踊れるかい?」


「ええ、嗜む程度には」


「それは良い。では、私と一曲踊ってくれないかね?」


「はい、喜んで!」


ラオス王国の財政状況から考えれば、そうそう舞踏会を開くだけの力は王公貴族程度しかないだろう。いくら練習していたとしても、ダンスというのは幼い頃からの積み重ねが良し悪しを左右する。そう考えてのアッシュの提案に、フェルは二つ返事で応じて見せた。


 そのダンスホールでは何故か楽団が待機しており、いつでも曲を奏でることが可能な体勢を取っていた。


「ではお嬢さん、お手を失礼します」


「よろしくお願いします」


2人が手を取ると、優雅な音楽が流れ始めた。2人はその流れに身を任せるように踊って見せた。その様子はまるで、二羽の蝶が花の上で戯れるような幻想的な光景だったという。


(・・・上手い!知識と良い言動と良い、王族の人間にしか見えない。まさか彼女は本当に?)


これまでの一連の言動からは、フェルを王族でないと否定するだけの確信は得られていない。このまま見抜けなければ、自分は好きでもない女と結婚するという事になってしまう。それは、男色の自分にとっては耐えられない苦行となってしまう。


 ダンスを踊りながらそんな焦りを感じ始めたアッシュは、動きが激しくなる曲の終盤に差し掛かったとき、他の事に意識を割いていたためステップを躓き、あろうことかフェルを巻き込みながら倒れ込んでしまった。


「うわっ!!」


「きゃっ!!」


短い悲鳴と共に音楽が鳴り止む。楽団員がその事故を見つめる先で、アッシュは驚愕していた。ダンスを踊る紳士として、倒れる際には女性を庇うように自分が下敷きになるべきが、アッシュはその趣向からフェルを庇おうとしなかった。


そのため、アッシュがフェルに覆い被さるようになってしまったのだが、アッシュの右手はフェルの胸に置かれている。事故の結果なのでしょうがないのだが、アッシュはそこに本来あるべき感触がないことに驚愕していたのだ。


「・・・なっ!こ、これは!?」


「・・・っ!!」


フェルはアッシュを押し退けるようにダンスホールを出て中庭へと駆け出す。その腕にはアッシュに巻き込まれて転倒した拍子に飛び出してしまった胸の詰め物を抱えて。


(詰め物?胸のサイズを気にしていた・・・?いや、あの筋肉質な感触は紛れもなく・・・まさか!!)


アッシュは一つの確信と共にフェルの跡を追うため中庭へと駆け出した。そこには項垂れるように花壇の縁に腰かけているフェルの姿が目に入った。その姿を認めてゆっくりと歩みより声をかけた。


「少し話を聞いてもいいかな?フェル・・・君?」


「っ!!・・・何でしょうか、アッシュ様?」


フェルはアッシュが自分に言い放った敬称で秘密がばれてしまったと確信したが、それを肯定することはできなかった。そして、フェルの覚悟を決めたような、全てを諦めたような表情を見たアッシュは、男性でありながら女性と見間違えるほどの美貌の持ち主を前にして、何と声を掛ければいいか迷ってしまった。


「・・・その姿は自分で望んでなのか?」


「望んでいるように見えていたのなら光栄です。私のこの数ヵ月の努力が報われるというものです」


それは言外に、こんな格好などしたくなかったと言っている。


「ラオス王国が生き残るための苦肉の策か・・・」


「ふふふ、笑えますよね・・・」


王族の知識を有し、言動も完璧を求められるとなると、幼い頃よりの教育が不可欠だ。そんな人物をこの数ヵ月で一から作り出すことは不可能だ。それならば実際に教育を受けてきた王族本人であれば何も問題ない。なるほど、簡単な解決策だ。本人の性別以外は。


「・・・それほどまでに自国の事を想っているのだな」


「私は自分の役割において、出来ることをしているだけですよ」


アッシュは自分の国に対して愛国心など持ち合わせていなかった。第2王子という立場は、王位継承権第1位である兄の代替品という認識が強く、また、自信の性癖からも国王である親から蔑まれ、肩身の狭い思いをしている。そんなアッシュにとって、性別を偽ってまで自分の国のために尽くそうとしているフェルのことは、どこか眩しく見えた。


だからだろう、アッシュのフェルを見る目が熱を帯びるように変わった。この健気に国のために尽くす美少年は、殊更アッシュの琴線に触れたのだ。その見た目も含めて。


「フェル・・・この名前も偽名かな?確かラオス王国の第一王子の名前は・・・」


「フェルネンです、アッシュ様」


「そうだったな。では、フェルネン。私と取引しないか?」


「・・・取引ですか?」


フェルネンはアッシュの申し出に訝しげに彼を見つめた。その視線を浴びてアッシュは胸の高鳴りを押さえるのに苦労する。


「私と結婚するのだ!そうすれば我が国からの援助も叶うぞ。まぁ、父上の事だ、援助という体裁をとってもいずれは貴国を吸収する算段をつけそうだが・・・」


「け、結婚って!?無理です!私は・・・男なのですよ!?」


フェルネンは驚愕に目を見開きながら彼を凝視すると、自分の性別をはっきりと告げ、顔を逸らした。そんなフェルネンをアッシュは顎を持ち上げるようにして自分の方を向かせて言い放つ。


「それがどうした?私はお前が気に入った!だから自分のものにする。私に正体を知られているのだ。お前に逃げ場などないだろう?」


それは自分から逃げようものならフェルという人物の正体を公表して、国際問題にするぞという意思表示でもあった。


「・・・・・・」


事態がフェルネンの想像を越えた状況になってしまったことで、彼はどうしたらいいのか分からず、黙り混んでしまった。


「なに、そんなに難しい話ではないだろう?お前が私のもとに来るだけで国は救われるのだ。ほら、簡単だろ?」


さも当然のことだとアッシュは言っているようだが、フェルネンにとっては大問題だ。なにせ男に求婚されるというあり得ない状況に陥っているのだ。一応ラオス王国でも男色家という貴族が存在していることは知識として知っているが、自分にはそんな性癖はない。いくら女顔であっても好意を寄せるとしたら女性なのだ。


しかし、ここで自分が断ればその時点で正体をばらされ国際問題に発展する。他国の王族を騙そうとしたのだ、相応の賠償を要求されるだろう。では、彼の提案を受け入れたとすればどうだ。国はメンディス公国からの援助で救われる可能性がある。自分さえ我慢すれば国は救われるのだ。そう考え、フェルネンは重い口を開いた。


「・・・分かりました。末永く・・・よろしく、お願いします」


絞り出すようなフェルネンの言葉に、アッシュの口は三日月の様に笑っていた。


(いいねぇ、その嫌悪感のある瞳を俺好みに変えられるかと思うとゾクゾクするよ!)


「ああ、よろしくな、フェルネン・・・」


これで契約は成立だとして、アッシュはフェルネンの顎を上に向けて、自らの唇を強引に押し付けーーーー



『バタンッ!!』


 本を読むのに集中していたため、空間認識を意識していなかったので、帰ってきたことに気づくのが遅れてしまった。その為、ドアの開く音がして驚きながら振り替えると、急いで来たのだろう、息を切らしているフリージアと目が合った。


しばらくお互い見つめ合うと、彼女は僕の持つ本を見て、顔色が青くなってしまった。


「ダ、ダリア君・・・見たの?」


感情の窺えない表情で問いかけてくる彼女に、若干の恐怖を感じながらも答える。


「あっ、いや、床に落ちてて・・・その、みんな凄い笑顔でこの本を絶賛してたから、どんな内容なのかなと・・・」


「・・・読んだの?」


「そ、その・・・途中まで・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


僕の言葉に沈黙したまま何も言わず、目をぐるぐる回している彼女は顔を真っ赤にしていた。


「・・・あ、あの?フリージア?」


心配になって彼女に近づき声をかけようとした。


「あ゛~~~~~~~~!!!!」


突然彼女は顔を覆いながら絶叫を上げた。いつもの彼女とはかけ離れた様子に、いっそう心配になってしまう。


「フ、フリージア!だ、大丈夫?」


「ち、違うの!!こ、この本は別にそういうことじゃなくて!男性同士が好きとか、尊いとか、そんなんじゃないの!!」


激しく体を揺さぶりながら否定しているフリージアを落ち着けようと、慰め?の言葉を掛ける。


「そ、その、趣味は人それぞれだし、僕は・・・その、否定しないよ?」


「う~~!違うの~~~!!そんな目で見ないで~~~!!!」


フリージアの心からの叫び声が屋敷中に響き渡る。その後、彼女はこんこんと自らの趣味についての誤解?を解こうと、この本について解説を行った。この物語の本質は、友人同士の固い友情が魅力的なのだと。


途中までしか読んでいない僕にとっては、そうなのだろうと納得して彼女を落ち着かせたのだが、話の途中でみんなも帰ってきてしまい、彼女達全員から物語の講義を受ける羽目になってしまった。


しかも、講義が白熱してくるにつれて段々と開き直ったかのように、男同士の友情の素晴らしさから、男同士の愛情の素晴らしさに話が変わり、終いには物語の主人公のように、僕に女性物の服を着せようと全員でにじり寄って来たのには正直恐怖しかなかった。


そして、着替えなければ話が終わらない雰囲気になってしまい、泣く泣くファッションショーをすることになり、みんな目を潤ませながら輝く笑顔を向けてくるのだが、どうにも素直に喜べなかったのだった。


(あぁ・・・あの時、本を読まなければこんなことにならなかったのに・・・)


過去の自分の行動に後悔しながら、彼女達が満足するまで取っ替え引っ替え女性物の服を着させられる羽目になったのだった。

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