第214話 【番外編】 フリージアの愛読書 上

 建国宣言も無事に終わり、第一地区は新国家の新たな首都として位置付けられた。今のところ新しく国民となった人々に大きな生活の変化は無いが、魔獣の間引きや各地区間の街道の整備等やるべき事は山積している。そんな中、新国家の王城の建築が始まろうとしていた。


内装やデザイン等はメグやジャンヌが中心となって決めていて、今日もみんなで集まってその話し合いを行っていた。


僕はといえば、各地区間の街道をどのように通すのが一番効率的なのかという議論の前段として、大陸中を回って大まかな地図の製作に取り組んでいた。


これは予想よりも早く地図の制作作業に目処がついたために、早めに屋敷に戻って来たある日の出来事である。



 今日の作業を既に終えた僕は、お昼というには遅く、夕方というには早すぎる微妙な時間帯に帰宅していた。


「ん?これは?」


屋敷に戻り、飲み物を飲むためにリビングへ向かうと、誰も居ない静寂に支配されたその場に、一冊の本が落ちていた。


「・・・『滅亡の国の王子』?」


拾い上げた本の表紙を見ると、そこに書かれているタイトルに目が行った。


「この本って・・・確かフリージアが大事そうに持ってたアレだよな?」


度々この本を見ることがあるが、彼女は絶対に僕に見せようとしていなかったものだ。ただ、他のみんなには貸していたので、もしかしたら貸していた誰かが返そうとして落としてしまったものかもしれない。


「・・・僕に見られるのは嫌そうだったけど、一体どんな内容の本なんだろう?」


他人の持ち物を勝手に見るのは良くないことだと分かっているのだが、どうしても内容が気になってしまう。僕が着せ替えさせられたときの異常なまでの彼女の興奮の元凶は、この本のはずだからだ。


「・・・ごめんフリージア」


謝罪の言葉なんて届かないと分かってはいるが、一応彼女にお断りを入れてから本を開いた。




 ~滅亡の国の王子の物語~


 僕の名前は、フェルネン・ラオス。今年で16歳になるラオス王国の第一王子だ。王子といっても煌びやかな生活に、何不自由ない暮らしをしているというわけではない。何故ならこのラオス王国は今、滅亡の危機に瀕しているのだから。


僕が生まれた頃はまだ豊かな国だったのだが、隣国との戦争に負けたことが切っ掛けとなり、坂を転がる小石のようにこの国は衰退の一途を辿った。その一番の原因は敗戦国の賠償として、鉱山を取られたことだろう。


元々鉱物資源が豊かな国であり、鉱物を加工した製品は他国でも高級品として良く売れた。しかし、敗戦の際に奪われた鉱山は、この国でも屈指の良質な鉱物が大量に取れる場所だったのだ。


その結果、製品の品質は下がり、売れないどころか在庫を山のように抱える羽目にまでなってしまった。それだけなら良かったのだが、品質が下がったことで国としての信頼まで落ち込んでしまい、挙げ句の果てに鉱山を手に入れた戦勝国が良質の製品を売り出したことで、我が国は再起不可能なまでに追い詰められてしまった。


「こうなってはもう、何処かの大国とえにしを結んで助力を乞うしかない・・・」


執務室に呼ばれた僕は、力なく項垂れるお父様の呟きを隣にいる宰相と共に聞いていた。


「お考えは分かりますが、陛下・・・3人のお子さまは皆男性でございますれば、落ち目の我が国へ嫁ぎたいと考える国など居りますまい・・・」


宰相も現状の我が国の事を良く把握しており、その未来を憂うように口を開いた。


「しかし・・・そ、そうだ!フェルネン!」


「はっ!?何でしょうか父上?」


「お前は城下でも評判の見目麗しい王子と言われていたな?」


「は、はぁ?私がですか?」


自分の容姿についての噂話など聞いたことがないし、聞こうともしなかったので、父上の言う言葉が本当かどうかの判断は自分ではつかなかった。僕の困惑を見て取ってか、宰相が代わりに答えた。


「へ、陛下!確かにフェルネン殿下は民からも評判の美男王子と言われておりますが・・・まさかっ!?」


「そうだ、フェルネンを余の娘として縁談を探すのだ!!」


「え・・・えぇぇぇぇぇぇぇ!!!!?」


父上の言葉に一瞬理解できなかったが、言葉の理解が追い付くと恥も外聞もなく絶叫を上げてしまった。


「お、お、お待ち下さい陛下!!王子の事は周辺の国にも知れ渡っております!娘といっても信じるはずがございません!仮に信じたとしても、直ぐにバレてしまい、我が国の信用は地の底よりも落ちてしまいます!!」


あまりの驚きようで絶句していた為、何をどう抗議して良いかも分からずにいると、宰相が僕の言いたいことを代弁してくれた。


「そんなことは分かっておる!紹介の際には余が秘密裏に囲っていた側室の子と言うことにし、顔見せまですれば良い」


僕が生まれて程なくこの国は戦争に敗戦している影響で、父上は側室を囲う金銭的余裕がなかったのだ。その為本来は側室など存在しないのだが、でっち上げるつもりらしい。


「そ、それならば、平民の娘を使えばよろしいのでは?」


「それでは教養の無さを瞬時に見抜かれてしまうだろう!他国の王公貴族に差し出すのなら、王族としての気品はもちろん、教養も所作も何もかも高いレベルで備わっている必要がある。そんな人物を僅か数ヵ月で用意できると思っているのか?」


「そ、それは・・・」


父上の言葉に宰相は言葉もでなかった。父上の要求は、よほど幼い頃から教育を施されていないと不可能だろう。いくら数ヵ月みっちり教育されたとしても、付け焼き刃ではボロが出る可能性が高いし、何より相手は人を見る目に長けている王公貴族だとすれば、一瞬で見抜かれてしまうのが関の山だ。


「し、しかし父上、私が男性と言うのは変えようのない事実です。縁を結ぼうとすれば必ずその事は露見します!」


性別と言う最大の問題点をどう考えているのか、父上に確認する。


「問題ない!挙式が決まれば、その数日前に流行り病にかかって、治療むなしく天に旅だったとすればよい。元々架空の人物なのだ、替えの死体を用意すればいくらでも誤魔化せるだろう」


 出来なくはない策だった。王族同士の結婚であれば、顔見せを1度するだけで、次に合うのは結婚式だ。顔見せで相手に好印象を抱かせ、婚姻に持ち込むことが出来れば、縁を結んだ国として援助を願い出ることも可能だろう。


「た、確かにそうかもしれませんが・・・そう上手く行くでしょうか?」


「出来なければ我が国は終わりなのだ!フェルネンよ、今よりお前はフェルと名乗り、我が娘として大国との縁談を結ぶ事に全力を尽くせ!よいな?」


「は、はい!」


 こうして父上からの無茶苦茶な要求を実現すべく、僕はその日から毎日のようにメイドから女の子らしい所作を学ぶハメになった。




 その頃、大国メンディス公国では、この国の国王と宰相、第2王子が密談を行っていた。


「それで、宰相はラオス王国の縁談の申し出を受けた方がよいというのだな?」


「左様でございます陛下。我が国は周辺国家を吸収してここまで成長しておりましたが、近年の労働力人口の急減にともない、国内生産力が低下しております。領土と労働力を手早く増やす絶好の機会かと」


宰相の助言に陛下は思案する。ラオス王国に側室を構えることが出来るほどの金銭的な余裕はないし、そんな状況で女を囲おうとするならば国民からの反発は必死だ。それはすなわち、今回の縁談の相手として長年隠し通していた側室の娘という王国の話は虚偽であろうと確信していた。十中八九どこかの上位貴族の娘であろう。国王の娘として教育されているかどうかなど、少し言動を見れば直ぐに判明する。付け焼き刃の知識で騙し通せるほど王族の人を見る目は安くない。


その上で宰相が持ちかけてきたのは、騙されたふりをすることだ。顔見せの際に国王の娘と憚り、我が国との縁を結ぼうと画策したラオス王国を糾弾し、国際的な地位を貶める。その後その非礼の代償として属国になるように要求するのだ。


「ふむ。確かにラオス王国の国力は既に風前の灯火だ。国民を養うだけの余力はもはやないだろう。そこに、労働力を欲している我が国の利益を見るか・・・」


「はい。属国として労働力を安価に提供せよと言うことでございます」


「・・・よし、アッシュ!お前には縁談を受けるふりをしてもらう。顔合わせの際には相手の言動を見極め、側室の娘ではない確信を得よ!そのくらいお前とて出来るな?」


「畏まりました父上。アッシュ・メンディスがその大役仰せつかりました」


「ふん!こんなことくらいしかお前は使えんのだ!くれぐれも失敗するなよ?」


「・・・はい、父上」


そう言い残し、この国の第2王子アッシュは退室した。彼は今年で20歳になる王位継承権第二位の王子だ。絹のように滑らかな金髪に、整った顔立ちは今まで幾人の他国の王女から縁談の申し込みがあったほどだ。しかし、彼はそのことごとくを断り続けた。王族ともなれば成人する18歳までには婚約し、成人と同時に成婚するのが当たり前だ。しかし、彼は20歳になっても相手を見つけようとはしなかった。


それは彼が相手に求める条件があまりにも荒唐無稽なものだったからだ。彼の好みは父親である国王や宰相など、国の上層部の極少数の者は把握していたが、それは決して表沙汰にできないものだった。そんなことが世間に知られれば王室の権威が失墜してしまうほどの内容だったからだ。


だからこそ国王は彼に失望し、一生独身でいるように指示していた。彼の好みが世間に知れ渡らないように。彼は不満ながらも納得せざるを得なかった。それが国のため、王室のためと理解していたから。


そんな彼は部屋を退室し、私室へ向かって一人廊下を歩きながらため息を吐く。


「・・・くそっ!誰を好きになろうが俺の勝手だろうが!男を好きになって何が悪いんだ!」


彼の大きめの独り言は、誰もいない廊下に反響し、やがて消えていった。




「・・・え?これって一体どういう物語なんだ?」


 物語を途中まで読み進め、ぼんやりと感じる違和感を口にする。特に第2王子のアッシュの台詞は僕の理解できる範疇を越えていた。


「この人は、男なのに男か好きってこと?なんで?」


僕の中の常識を越える物語の内容に、今後どう展開していくのか気になってしまった。


「でも、物語は基本的に主人公が幸せになって終わるはずだし、この王子達も幸せになるのかな?」


そうして、首を捻りながらさらに物語を読み進めていった。

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