第92話 復讐 5

 シルヴィアを見つけた後、あまりに衣服が汚れてしまっていたので、水魔法で体を洗い、僕の服に着替えさせた。僕とシルヴィアの身長はそんなに変わらないのだが、体型の違いで胸の辺りがキツそうになってしまった。とはいえ、これしかないので我慢してもらうしかない。


 水を浴びせたり、着替えさせている最中も彼女は終始ニタニタとした笑顔を向けていたが、時折「あっ!」とか「ぎゃっ!」とか奇声を発するので、彼女を連れて移動する時は口を塞いでいくべきか悩んでしまう。


(上の人達は始末するとして、このまま学園に戻ろうか?)


 今後どうするかを考えるために、現状を少し整理して考える。


 シルヴィアが見つかった場所は公国の領土内ということで、公国が関与している可能性は高い。それが、反乱だけなのか今回の誘拐のことまで関知しているのかは不明だが、あまり信用すべきではないだろう。


 しかし、エリクサーの製作には今のところ公国の協力が必要だ。特に王族であるメグの力添えが無いと難しいと考えられる。シルヴィアがさらわれたと知った時のメグの表情から知らなかったと信じたいが、直接聞けばいいだろう。少しでも反応がおかしかったら、その時はその時だ。


 公国への対応は後で決めるとして、革命派閥はというと、上の部屋にいる実行犯の下っ端を殺したとしても、最も憎むべきは指示を出した人間だ。となると、彼らを使って黒幕へ案内してもらうのがいいだろう。


(でも、どうすれば黒幕の所に行くだろうか・・・?)


 この屋敷の規模を見れば、ここを拠点としているとは考え難い。おそらく一時的に身を潜めて、落ち着いた頃に移動するはずだったと考えられる。そこが革命派閥の拠点であるかは不明だが、少なくとも関わりはあるはずだ。


(僕がシルヴィアを秘密裏に助け出したとしたら、どう動くだろう?)


 牢の鉄格子は切ってあるので、誰かに連れ去られたというのは直ぐに分かるはずだ。とすると、捜索のために探し回るだろう。出来ればさっさと拠点に戻らせて、この反乱の首魁しゅかいに報告させるようには出来ないだろうか・・・。


(自分達のことはプラチナランクと言っていたし、失敗は避けたいはず。シルヴィアが僕に助けられて、王国方面に逃げたとなれば、必ず追ってくるだろう。そして、僕のことを捕まえられないとなれば、改革派閥の上層部に報告して指示を仰ぐはず)


 問題は、直接報告に行かざるをえない状況を作り出すことだ。街や村に連絡員がいて、そいつが報告に走られると、シルヴィアに実際に手を下したこの5人を殺すタイミングを失ってしまうかもしれない。


(そうだ!)


そうなった場合はフェンリルの眷属に跡を追ってもらい、5人を始末したあとで合流すればいいと考えた。


(よし、まずはシルヴィアを抱えて上にあがり、奴らに助けたことを目撃させる。そのまま検問所へ行き国境を強行突破して、僕が王国方面へ逃げたと思わせる。その後は、姿を消しながら奴らの動向を監視して、拠点へ案内させるといった感じだな)


 僕の考えることなので、そう上手くいかないかもしれないが、やるだけやってダメだったらまた別の手段を考えればいい。考えがまとまると、行動を開始した。


(よし!行くぞ!)



 シルヴィアを抱き上げ地下室の出口へと向かう。彼女はたまに奇声を発しているが、見つかることが目的なのでこのまま行く。隠し扉を内側から蹴り破ると、奥からバタバタと慌てた様子の足音が聞こえてきた。


「なっ!てめぇ何者だ!?」


「こいつ、どこから?」


「まて、それよりこいつ女連れ去ろうとしてやがるぞ!」


「エルフじゃないぞ。なんでこんな人間の子供が?」


「ちっ、何が目的か知らねえが、お前が抱えてる女を置いてさっさと立ち去りな!言うこと聞けば殺さねぇでやるよ!」



 駆けつけた5人が口々に殺気を放ちながら僕に怒鳴ってきた。その怒声を聞き流しながら屋敷の出口へ向かうため男達に歩み寄っていく。


「おい!聞いてんのか!?」


「その女を置いていけって言ってんだろ!」


彼らの言葉に反応すること無く、僕は歩みを止めることはなかった。


「・・・もういい、殺すぞ!」


「ったく、面倒させやがって。楽に死ねると思うなよ!」


「くくく、結構いい顔してんじゃん。殺す前に楽しもうぜ!」


 彼らは大物を釣るためのエサだ。不快な言葉も全て受け流し、無表情を崩さず歩く。すると、1人がファイティングポーズをしながら僕に突っ込んできた。さすがに狭い廊下では武器や魔法は使えないのだろう。彼は正確に僕の顔面を拳で狙ってきていたが、シルヴィアに被害がないよう上半身を捻って僕の影に入るようにし、身体強化した蹴りをカウンターで相手の顔面にめり込ませた。


「ごふっ!」


綺麗に決まったので、相手は白目を向きながらのけ反って倒れ、後頭部を派手に打ち付けていた。倒れた彼を良く見ると、首がありえない方向を向いていた。


(しまったな、勢い余って殺しちゃったか)


 最終的には全員処分するつもりだが、黒幕を案内するまでは生きていて貰わないと困る。と言ってもまだ4人もいるので、特に気にすることもなかった。


「なっ?」


「こいつ出来るぞ!」


「ちっ、外に出てこいつを取り囲んで始末するぞ!」


 すると、彼らは僕から一定の距離をとりつつ、じりじりと後退し、そのまま外に出ると屋敷を壁にして取り囲むような陣形をとってきた。見たところ、残りの4人は剣術系が3人と魔法師が1人という感じだった。


「邪魔だなぁ。どいてくれるなら痛い目に遭わないよ?」


「はっ!何言ってやがるこいつ!?」


「頭オカシイんじゃねえか?」


彼らは僕の言葉に嘲笑ちょうしょうしていた。プラチナランクというプライドがそうさせるのだろう。僕は彼らを道端の石を見るような、感情の無い視線で見ていた。


「やるぞ!」


「「「おうっ!!!」」」


そんな視線に気づいたかは分からないが、いきり立った彼らはようやく攻撃を仕掛けてきた。


「〈風の刃ウィンド・カッター〉」


魔法師が先制して第四位階魔法を放ってきた。


「・・・〈空間断絶ディスコネクト〉」


 天叢雲あまのむくらもを空間魔法で覆った時に、何となく出来そうだなと思っていた魔法をやってみた。瞬間、僕の少し手前の空間が切り抜かれたように見えた。何故なら、僕の空間認識ではその手前の空間が、まったく別の場所のように感じられてしまったからだ。


 すると、敵の放った風魔法はその手前の空間で弾かれ、消え去ってしまった。おそらく、こちらと向こうは完全な別空間になってしまったがゆえに、干渉出来ないのだろう。言うなれば、目の前に見えてはいても存在している次元が違っているのかもしれない。


「なっ!?」


「はっ!?」


「どうなってる?魔法の発動に失敗したのか?」


その状況に驚く彼らは、僕に攻撃を仕掛けることも忘れて、ただ驚愕の表情をしたまま止まってしまった。


「へぇ、こっちからは攻撃できるのかな?」


その結果に興味があったので、空間魔法を発動したまま〈火の連矢ファイア・ハイアロー〉を目についた2人に放ってみる。


「ぎゃー!」


「熱っ!」


すると、何故かこちらの攻撃は阻まれること無く相手に届いていた。


「これは便利だな。でも何でこちらは大丈夫なんだ?」


 よくは分からないが、もしかしたら空間にはその次元において上下関係のようなものがあるとすると、下位の空間からの干渉は阻むが、上位からの空間の干渉は下位の空間は防げないのかもしれない。


(時間があったら研究してみても面白そうだけど、今はそんな場合じゃないな)


 少しそう考えていたが、〈火の連矢ファイア・ハイアロー〉に貫かれた2人が、貫かれた所から火が広がり、丸焼けになって苦痛のために地面を転げ回っている。


(ん?さっさと助けないと焼け死ぬぞ?)


すると、残りの2人が水魔法で消そうと試みているが、才能がないのか第一位階だった。しかも焼け石に水の様でまるで役に立っていない。やがて、自分達の服を脱いで叩きつけていたが、既にほとんど効果がないようで、火に焼かれた2人は動かなくなってしまった。


(殺しても良いと思ってたから、無意識に圧縮して威力を高めちゃったかな?まぁいいか)



 2人の焼死体を無表情で見た後、検問所に向かおうとしたが、その前にシルヴィアのことの意趣返いしゅがえしにちょっとした嫌がらせもしておく。


「〈隕石落下メテオ・ストライク〉!」


かなり威力を制御した第五位階土魔法で、シルヴィアが囚われていた屋敷を完璧に破壊した。制御していたが、元の破壊力が大き過ぎて、結構な爆風が辺りを覆ってしまった。ちなみに僕は空間魔法のお陰で微動だにしなかった。


「ぐっ・・・な、なんだ?何がどうなって・・・」


「あっ!見ろ!屋敷が!」


「クソっ!屋敷には魔具が置きっぱなしだったのに!!」


「このヤロー!」


 爆風を受けて辺りに転がった2人が叫ぶ。どうやら、屋敷には貴重な魔具があったようだ。彼らのそんな声を聞きながらも、公国側の検問所へと歩いていく。それに伴って、〈空間断絶ディスコネクト〉も僕を中心に1mほどの所に展開し続けた。


「ちっ、待ちやがれ!!」


 その様子に、慌てて残っていた剣術系1人と魔法師が僕に再度攻撃をしてくる。剣士は上位技まで繰り出せるほどの腕前らしいが、僕の空間魔法は小揺るぎもせず見えない壁に弾かれているようだった。また、魔法師の魔法もさっきと同じような結果で、彼らは完全に僕に手を出すことが出来ていない。その様子は、見ていてなんだか滑稽こっけいだった。召喚していたフェンリルを送還し、歩き出す。



 やがて、検問所まで来ると、その異様な状況に驚きながらも、エルフの警備兵が5人ほど駆け寄ってきた。


「こ、これは何事だ!?」


「お、お前らは・・・何が起こっているんだ?」


エルフ達はこちらに剣を構えているが、理解できない状況にどう対処すべきか分からないようだった。


「ここを通ります。どいて下さい」


 努めて冷静に、丁寧な口調でお願いしてみたが、彼らは狼狽うろたえているばかりで行動に移してくれなかった。すると、その中の1人が僕に気づいたようで声を上げた。


「あ、あなたは!ダリア殿!何故こんな所に!?いや、どうやってここに!?」


「?あなたにお会いしたことはありましたか?」


「・・・いえ、私は城下で女王陛下から勲章を受けているダリア殿を見ていました」


どうやら、あの授与式の時に僕の姿を見ていたらしい。


「そうですか。僕は友人を助けるためにここにいます。ご覧の通りもう助けたので帰るんですよ」


「は、はぁ・・・」


僕がまるで旅先から帰るような気軽さでいうと、彼は間の抜けたような返答だった。


「待て!その小僧を通すなよ!こっちにはおたくの女王陛下からの協力許可状があるんだ!あんたらも俺たちと協力してそいつを止めろ!」


さっきから後ろでチクチク攻撃している奴が、声高にエルフ達に向かって命令していた。


(ふ~ん、協力許可状ね・・・)


これで公国と革命派閥は協力関係にあったことが確定した。


「た、隊長、どうしますか?」


「・・・」


「隊長?」


僕の事を知っていたエルフが、隊長と呼ぶエルフに指示を仰いでいたが、その隊長は考え込んでいるようで何も言わない。


「邪魔をするなら相手になりますよ?そうでないなら何もしません」


そう言うと、隊長が重々しく口を開いた。


「ダリア殿、此度の事は公国は一切関知しておりません。我々や公国は場所を提供するに当たって相応の対価を得ておりますれば、どんなことをするか迄は聞いておりません。どうかそのことはご理解いただきたい」


手に持つ剣を下げて、頭をこれでもくらいというほどまでに下げながら、隊長は僕に対して公国はシルヴィアの誘拐は知らなかったと弁解してきた。


「それを信じろと?」


「この状況で無理なのは承知の上。ですが、私の命にかけまして誠にございます!」


隊長は剣を捨て、頭を垂れながら必死に弁明してきた。本当の事はどうか分からないが、彼の必死さを見て、今はそれで良しとしようと思った。


「おいっ!ふざけんな!協力しろって女王からの命令だろうが!」


後ろの奴がうるさいが、彼には黒幕を釣るエサになって動いてもらわないと困るので、そのまま気にせず進み、2つの国を別ける巨大な鉄の扉の前まで来た。


「ダリア殿、少々お待ちを。この扉は王国の警備兵と連携して開けねばなりませんので、今確認をーーー」


隊長の言葉を待たずに僕は伝える。


「結構です。自分で開けれますから」


そう言うと身体強化を施し、抱いているシルヴィアに衝撃がいかないように注意しながら上位技の蹴りを放つ。


「〈冥晃衝撃脚めいこうしょうげききゃく〉」


 およそ鉄の扉からは聞こえないだろう『ドゴーーン!!』という轟音と共に蹴った場所から鉄の扉がひしゃげて吹き飛んでいった。


「な、なんだ!?」


「どうした!?何があった?」


 王国側からバタバタとした騒動が聞こえるが僕はまったく気にしない。僕は怒っていた。それも激怒していた。シルヴィアにした革命派閥の所業、公国の関与、さらには自分を捨てた親までもが関与している可能性があることに。今は振るえぬその力を、ただ扉にぶつけた。


「扉はそっちで直して下さい。ではまたいずれ」


「・・・はい。(やはり、あのローブのマークは・・・)」


 エルフの隊長に振り向きながら、笑っていない笑顔でそう言うと、彼は小声で何かを呟いていた。その時は特に気にすること無くシルヴィアを抱きながら王国側へと歩いていった。

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