第91話 復讐 4


side ヴァネッサ・フロストル


「いよいよ、王国は動き出しましたか」


 フロストル公国の執務室、そこに居るのは2人の人物だ。女王とその夫である。


一先ひとまずは、第一の目的が達せられたな」


「ええ、これで順調にオーガスト王国内が疲弊していけば問題ないですね」


 ここまでの動きは想定通り。革命派閥に貸与した、連絡用の魔具からも順調だと報告が来ている。また、彼らが重要人物とする者を確保したということで、かくまう場所も提供している。誰かは聞いていないが、貸与した稀少なスレイプニルを使っているくらいなので、かなりの重要人物なのだろう。


「あとは、王国の状況を見て次の段階へ進むタイミングが重要だな」


「そうね。そのまま革命が成功すれば、王国の中枢に公国の息の掛かった者達が実権を握るようになるし、失敗したとしても、今回の革命を率いたフリューゲン領は弱り、領土の部分的吸収は容易でしょう」


 本当は王国に対し、弱体化させる以上のことは考えてなかったが、ダリア・タンジーなる人物の登場のせいで、計画の変更を余儀なくされたのだ。この公国を一つにまとめ上げるために、より明確な実績が必要となったのだ。


 そこで、革命が達成したとしても、その派閥を支援していた事で、王国を内部から操りやすくする。さらに、フリューゲン領にある通称『魔の森』には、エリクサーの素材となるオーガの上位種が生息している。そこを我が国の領土として取り込むだけでも、非常に価値がある。



 ただ、公国内には頭の痛い問題が出来ている。それは、私の懸念していた新たな派閥が出来つつあるということだ。名前こそ『信徒派閥しんとはばつ』と名乗りを上げたが、何の信徒なのかは考えるまでもない。


「そういえば、あの派閥の動きはどうなってるの?」


王国に関連して思い出し、おもむろに夫に聞いた。


「それがだな・・・徐々にではあるが、勢力は拡大しつつある。しかも、悪いことに強硬派閥が鞍替えをしているようなのだ」


「はぁ・・・そうなのね」


元々強硬派閥はこの公国を二分するほどの組織だったのが、たった一度の出来事でこんな事になるとは完全に想定外だった。


(まったく忌々しい)


しかも、さらに腹に据えかねるのは、マーガレットのことだ。


「あなた、メグにはもう帰国の指示は出しているわよね?」


「再三出している。さすがに反乱が始まったとなれば諦めるだろう」


 そもそも、長期休暇明けからは王国に行かす気は無かった。それを、彼に会いたいからと強行して出発していってしまったのだ。既に帰国の途についていると信じたいが、最悪の事を考えるならば、帰国の前に王国の革命派閥への公国の関与が明るみに出てしまうと、身柄を拘束されてしまう可能性がある。とにかく早く公国へ戻ってきて欲しい。


「まったく、何事も思い通りには行かないものですね・・・」


「そうだな・・・」


2人のため息が部屋の中に響くのだった。




 フェンリルの眷属から反応があった場所まで急行すると、その場所は思いがけない所だった。


「止まれ!これ以上はフロストル公国の領土だぞ!」


 僕は今、王国と公国の領土の国境線にいる。少し進めば、国境を警備する検問所がある。以前通ったときにはメグと一緒だったので特に何もなかったが、今回はここを通るのに何もないということはないだろう。


 そもそも、この向こうの公国側にシルヴィアが囚われているのだとすれば、公国と革命派閥は協力関係にあることになる。シルヴィアが攫われたことに驚いていたメグが、この事を知っていたとは考えたくない。


 とはいえ、可能性はもう一つある。


(もしかしたら、メグの匂いを嗅ぎ分けていた可能性もあるか・・・)


 例えば、反乱が起こったことで身の安全を考慮して帰国したのかもしれない。それで、ローブに残っていたメグの方の匂いを辿った結果、ここに行き着いた可能性も考えられる。


(どうする・・・そうだ!公国でもらった勲章があれば通過は出来そうだし、もし違っていたとしても現状他に情報は無いし、確認するだけしておこう)


 そう考えて、検問所に近づいていくと、王国の2人の警備兵が僕を止めた。


「そこの子供待て!ここより先はフロストル公国の領土になる。用がなければ立ち去れ!」


「フロストル公国へ用があるのですが、通れますか?」


「なに!?今は王国で非常事態が宣言されている都合で国からの許可証が必要だが、持っているか?」


「えっ?許可証ですか?それは持ってないです」


「では通す事はできん!早々に立ち去りなさい!」


 いやに威圧的な警備兵だが、シルヴィアがこの向こうにいるという確証はないので、あまり強硬な手段は取れない。


「じゃあ、ここを公国の王女の馬車が通りませんでしたか?」


「そんな事、どこの誰とも知れんお前に言えるわけないだろう!」


「いえ、こう見えて僕は金ランク冒険者ですし、公国から勲章も授与されていいます」


そう言いながら、金ランクの認識証と勲章を警備兵に見せる。


「・・・!だ、ダメだ!今は緊急時だ!許可証がなければ通せんし、何も言えん!さっさと立ち去れ!」


何故かその警備兵は動揺しながら答えていたが、さすがに力ずくで聞き出すという訳にもいかない。ここで問題を起こして面倒にしたくはなかったので、渋々ここから離れた。



(さて、どうするか。あの警備兵の動揺の理由は分からないが、確かめる価値はありそうだ)


 そう判断し、検問所から離れた木陰でフライトスーツを着込み、上からローブを羽織る。


(姿を隠して、上空から越境してしまおう)


 フェンリルの眷属を抱えながら〈幻影ミラージュ〉で姿を隠し、一気に上昇して公国の領土内に侵入した。検問所から少し離れた場所に降り立ち、抱えていた眷属を地面に放す。


「頼むぞ。察知した匂いの所まで連れていってくれ」


指示を出すと、勢いよく走り出す眷属の跡を追っていく。そして、検問所から1kmほど離れた場所にポツンとある屋敷の手前で眷属は止まった。


「あそこに匂いの主がいるのか?」


『バウッ!』


空間認識で確認すると、屋敷には地上部に5人、地下に1人居た。


(もしシルヴィアが囚われているとすれば地下かな?でも、彼らにとって重要人物であるはずの彼女に見張りも付けずに地上部の屋敷に居るのも妙だな・・・)


 認識した配置に違和感を覚えつつも、眷属をその場に残し、〈幻影ミラージュ〉を発動したまま屋敷へと接近する。静かに扉を開けると、奥の部屋の方から男達の話し声が聞こえてきた。部屋の方へ近づき、その会話に耳を澄ませる。



「それにしても、もったいないよな!」


「ああ、せっかくの上玉なんだから薬漬けにしなくてもいいのにな!


「チャンスがあったら手を出したかったぜ・・・」


「バカかお前!そんなこと後でバレてみろ、殺されるぞ!」


「分かってるって!それに、あの状態の女に興奮するほど女に困ってないって!」


「そりゃそうだ!プラチナランクだと女は寄ってくるからな」


「「「ははは!」」」



 聞いている限り、胸糞の悪くなるような会話だった。そして、彼らの会話からシルヴィアが最悪の状態に陥っている事を直感する。今すぐ部屋の中に飛び込んで、1人残らず殺してやりたいところだが、まずはシルヴィアの確認が先だ。その場を離れ、地下室の方へと移動する。



 地下室への入り口は、隠し扉の向こうに巧妙に隠してあるのだが、空間認識で屋敷の構造自体が分かる僕にとって隠蔽は不可能だった。焦る気持ちを必死に押さえ、なるべく音がしないようにゆっくりと地下室への扉を開けると、とたんに異臭が漂ってきた。


(!?これは排泄物のような匂いだな・・・こんな環境に重要人物とする人を閉じ込めておくなんて、正気か!?)


 匂いを嗅ぐだけで、えずきそうになる喉元を必死に我慢しながら奥へと進んでいく。そこにはたくさんの牢が並んでおり、一番奥の牢に照明の魔具がぼんやりと明かりを灯していた。意を決して近づいていくと、桃色の髪の女の子が僕に背を向けて体を揺すっていた。


「・・・シルヴィア?」


背を向ける女の子に呼び掛けるが、その女の子は反応しなかった。


「ねえ!シルヴィアなの!?」


再度、今度は少し大きめの声で呼び掛けたのだが、やはりまったく反応することはなかった。名前に反応しないことで、もしかして別人なのかもという淡い期待を持ったが、次の瞬間女の子の方から『シャー』という音と共にアンモニア臭が漂ってきた。


「えっ?」


 音がしている間も、その女の子は先ほどと何も変わらず体を揺すっている。それは、自分がしていることがまるで分からないようなそんな感じだった。その瞬間、僕は自分の体の中にとても黒い何かが芽生えたような気がした。収納から銀翼の羽々斬はばきりを取り出す。先日の改革派閥の襲撃で魔法を吸収していたので、切れ味は十分だった。牢の格子を僕が通れるくらいに切断し、女の子へと近づきその顔を覗き込んだ。そして・・・


「・・・シルヴィア・・・」


 紛れもなく彼女だった。


 しかし、その心はここにはなかった。うつろな目をしながら、ニタニタと笑い、体を揺すっている。僕が顔を覗き込んでいても、まるで見えていないように、その目はどこか違うところを見ているようだった。


「・・・ごめん、間に合わなかった・・・」


悔しさと後悔が心に渦巻く。もっと早く見つけることが出来ていれば。彼女がさらわれないようにもっと注意していれば結果は違っていたはずだ。


「・・・必ず助ける。必ずまた君の笑顔を取り戻す」


 僕はそう決意し、シルヴィアを優しく抱き締めた。

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