第179話 ヨルムンガンド討伐 17
シルヴィアの持ってきてくれた書物はかなり古いようで、見た目には所々破けているようだった。乱暴に見てこれ以上破れてしまっては困るので、慎重にページを捲りながら内容を確認していくと、こんなことが書かれていた。
『遥か昔、人々はドラゴンの脅威に対処するための技術を編み出していた。それはおそらく、人の願いを具現化するもの。その者が得てきた経験や知識、能力等使用者のあらゆるものを願いと共に具現化しているようだった。具現化したものの形状は様々で、使用者のそれまでの経験や能力が反映された形をとっていたと考えられる。
ある者は剣、ある者は武具など様々だ。しかし、一様に具現化したそれは考えられないような力を発揮していた。その一振りが山を切り裂き、その一撃が大地を割るのだ。その威力にさすがのドラゴンも逃亡せざるをえないほどに。
しかし、大きな力を得ようとすれば、相応の代償も必要なのは自明の理なのだろう。願いによって具現化したそれを維持し、使用し続けるには、おそらく絶えず自らのーーーを注ぎ込み続けなければならないと考えられる。
それはつまり、自らのーーをーめる行為に他ならない。この様な技術は後世に残すべきではないかもしれない。いつか国の危機にはーーーによってーーーが強制ーにーーーしてしまーー。』
そこから先はページが破れたり、文字が霞んでいて何が書かれているのか読めない状態だった。
(肝心な部分が都合よく読めなくなっているような気がするな・・・)
シルヴィアの持ってきた書物の内容を一読して、そんな感想を持った。みんなにも感想を聞くために、その書物を読んでもらった。
「何だが危ない技術のような感じですね」
最初に読んだメグがそんな感想を口にした。文面を察するに、その具現化した力を使うには、何かを代償とし続ける必要がある為そう感じたのだろう。
「願いと言うと聞こえは良いかもしれませんが、自分を生け贄にしている印象を受けますね・・・」
フリージアもそんな感想だった。問題は何を注ぎ込まなければならないかということだろう。
「ん、もしそれが自分の血液とかだったら、すぐに倒れるどころか、下手をすれば死んでしまう」
ティアは僕がヨルムンガンドから得た情報の、自らの血を媒体とした技術がこれなのかもしれないということで、そう思ったのだろう。不安げに僕を見つめる。
「皇帝陛下の仰っていた『一生の終わりに』という技術がもしこれだったなら、代償は自らの命ということも考えられるな・・・」
ジャンヌさんが皇帝の語っていた技術のことを、この書物の内容と重ねるように話した。そう考えると、一生に一度しか使えないことも納得だ。何せ自分の命を注ぎ込みながら戦うなら、戦いが終わった後には自らの命が残っていない可能性があるのだから。
「ダリア様、一度公国へ戻って、今まで集まった有益と思われる情報を精査して考えを整理してみませんか?」
シャーロットが一端頭の中を整頓しようと言い出す。確かに王国で調べられるだろう書物については一通り目を通したと思えるので、一度今までの情報を整理した方が良いだろう。
「じゃあ、公国に戻って食事をしてから、午後は今までに集まった情報を繋ぎ合わせて考えてみよう!」
僕の言葉にみんなが首肯したのを確認して、国立図書館の司書さんに一言断ってから、〈
昼食の後、会議室でこれまで得られた情報を精査する。ヨルムンガンドの言動から得られたもの、各国の書物や言い伝えなどから得られたものを箇条書きで書き出していく。
(血を使う・・・絶望から生まれた力・・・一生に一度・・・戦況を覆す・・・祈願の
箇条書きにされたそれを見ながら、頭の中で
「これって、全て同じ技術のことを指しているのかな?」
何となしにそう口にすると、ジャンヌさんが賛同してくれた。
「私もそう感じる。何故各国にバラバラに情報があるのかは分からないが、そういくつも大それた力が手に入る方法があるとは考え難い」
「では、もしかすると、ミストリアス国やイグドリシア国にも情報があったかもしれませんね・・・」
メグが、今はもう確認のしようもないと付け加えながらそんなことを言った。
「あくまでも想像ですが、この大陸の全ての国が協力することで初めて分かる技術なのかもしれませんね」
考え
「ん、確かに。今分かっている情報を繋ぎ合わせると、この技術の断片が見えてきている」
「血を触媒に祈りを捧げ、自らの経験と能力を具現化するということですね。血を触媒とするのは、代償を注ぐための経路を開くためのようなものですか・・・」
ティアの言葉から、シャーロットが情報を繋ぎ合わせたこの技術の全体像と思われる考えを言葉にしてくれた。
「じゃあ、問題は何を代償とするかですね・・・」
シルヴィアのその言葉に、みんなが深刻そうな表情で考え込んでしまった。ただ、その顔は全く代償の検討が付いていないという訳ではなく、何となく分かっているという感情が見てとれた。
「多分代償は、命かそれに類するものだろうね・・・」
沈黙の中、僕は自分の考えをみんなに伝えた。僕の言葉にみんな静かに頷いた。
「ダリアの言う通りだろうな。個人の力で戦況を覆したり、山を切り裂き、大地を割るなんて力だ、それほどの代償があって当然と考えるのが普通だろう」
ジャンヌさんが当然とばかりに、その力の代償についての考えを口にした。もし、追い詰められた状況下で、それをどの力を手に出来るとなれば、飛び付かないことはないだろう。
おそらく一生に一度と言うのは、その力を使えば代償で死ぬと言うことだろう。しかも、経験や能力を具現化するなら、より経験を積んだ者、つまりある程度の年齢の者の方がより強力な力を手にすることが出来そうだ。
(他の人なら使えば命はなさそうだけど、僕なら使う前の身体に戻せば良いだけだし、試してみるか!)
そう考えていると、不安げな表情でシルヴィアが僕に聞いてきた。
「ダリア君・・・やっぱりこの力、使うつもりなの?」
彼女のその言葉に、この場にいるみんなが僕の返答に不安を感じている雰囲気が伝わってきた。
「そうだね、僕なら自分の【才能】で代償を無かったことに出来そうだし、出し惜しみして負けちゃったら、みんなを守れないかもしれないし・・・そうだね、使うよ」
「本気・・・なんだね・・・」
「大丈夫!ヨルムンガンドを討伐して、笑顔でみんなの元に帰ってくるよ!」
みんなの不安げな雰囲気を和らげようと、明るく伝えたのだが、みんなの表情は一向に優れなかった。特にシルヴィアは、不安げな表情を更に曇らせてしまっている。
「ダリア君!そうじゃない、そうじゃないんだよ!私達は・・・私は、あなたに危険なことをして欲しくないの!本当はヨルムンガンドなんて、そんな得体の知れない相手に挑んで欲しくない!守るためだからって、自分を危険に晒して欲しくないの!」
「・・・シルヴィア・・・でも、それは・・・」
それは出来ないことだと思った。僕が何もしなければそのまま世界が滅ぼされるかもしれない。それでは僕が守りたい人達が守れないし、きっと何もしないなんて出来ない。
「分かってる!私だって・・・戦いの事とか、政治の事とかよく知らない私でも、ダリア君が戦わないとダメなんだって事は分かってる!でも、もしまたあんな怪我したら・・・もしかしたら今度は死んじゃうかも・・・しれないんだよ!?」
僕に近づきつつ、最後の方は泣きながら言い募ってくるシルヴィアを、抱き止めた。彼女は僕の腕の中で、握り締めた手を胸に弱々しく打ちつけてくる。彼女のそんな悲壮な様子に、返す言葉が見つからなかった。
「ダリア・・・私達は、もしあなたを失ってしまうかもしれないと考えると、この身が引き裂かれる想いなんです・・・あなたが戦わなければならないということは理解していますが、納得している訳では無いんです・・・」
「ダリア君、私は戦いに赴くあなたの無事を神に祈ることしか出来ません。そんな自分が歯痒いのです・・・」
「ん、ダリアが居ないとダメ。私のこれから歩む人生にはダリアが必要・・・だから・・・」
メグが、フリージアが、ティアが、押さえていたであろう自分の想いを口にしながら涙を流している。こんなにも僕の身を案じてくれていること、こんなにも僕のことを想ってくれていることに深い感謝の念と共に、何とも言えない感情が沸き上がってくる。
(絶対に死にたくない・・・絶対にみんなの元に帰ってきたい・・・)
それは今までに無かった心の叫びだった。王都に出てきてからというもの、僕は自分の行動に苦労を感じたことがなかった。やりたいと思ったことが出来て、何でも上手くいっていた。いつからかそんな状況に馴れてしまった僕は、自分なら死ぬことはない、死ぬことがないなら危険なんて怖くないと、知らず知らず自分の命を軽んじていることに気づかされた。
(みんなを悲しませたくない・・・絶対に戻ってきたい・・・でも、それ以上に、この命を捧げてでも、みんなを守る!!)
その想いは今までとは違う。守れるから守るのではない、守りたいから守るのだ。そんな想いがいっそう強く、自分の心を突き動かす。
「死なないよ。みんなの元に帰って来たいから。だから僕は守る、その場所を」
シルヴィアを胸から離し、彼女の目を見つめながらそう伝えた。そしてみんなにも、一人一人の目を見つめて、自分の決意を視線に込めた。
「決めたのだな・・・女として、その想いに応えぬわけにはいかん。ダリア、信じているぞ」
「ダリア様がそうと決めたのであれば私には何も言うことはありません。無事にお帰りください」
ジャンヌさんとシャーロットが、僕の意を汲んでくれたように言葉を掛けてくれた。その不安そうな表情の中にも、確かに信頼が感じ取れるような声だった。
「・・・ダリア君、私もあなたを信じて待っています」
シルヴィアが涙を拭い、真剣な面持ちで僕を見つめる。そんなみんなの想いに感謝する。
「ありがとう」
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