第68話 フロストル公国 14


 side ヴァネッサ・フロストル


 「面倒な事になった」


 ダリアという人物がバハムートを討伐したという報告を受けた時に最初に浮かんだ言葉だ。


 マーガレットが焦りながら報告に来た時には何事かと思ったが、確かに焦るだけの内容だった。なにせバハムートを討伐し、あまつさえその都市にいた1000人を越える負傷者を治療したとなっては、実際に彼と会ったその都市のたみ達にとってみては救世主に映っただろう。


(その証拠にわずか数時間で彼に勲章を授与した程だからな・・・)


 人間に対しては否定的な強硬派閥が占めるリバーバベルにおいて、これがどれだけの事か娘は理解していないようだった。平時にそんな事をしようものなら暴動が起きてもおかしくない都市で、たとえ戦時であったとしてもかなりの根回しが必要なはずだ。にもかかわらず短時間の勲章の受賞は・・・


(根回しの必要の無い程の活躍だった。あるいは根回しすべき人物が彼の戦闘を見ていたということだろうな)


 つまり逆説的に考えて単独討伐は疑いようがないという事になってしまう。問題はこれによって強硬派閥がどう出てくるかだ。いや、行動に変化があること、それ自体が不味い。彼と友好関係を築いているこちら側に迎合しようとしても、それは私の後ろに彼を見ていることになる。それでは派閥が一つになったとは言えない。さらに最悪の想定は・・・


(全く別の派閥が出来上がる事か・・・)


 正直マーガレットの言葉を聞いた時には、彼の事を風の神アウラ様の使徒かと考えてしまった程だ。人という枠組みの外にいる存在としか思えなかった。それゆえ、最大の懸念は彼をどう扱うかだ。


(宰相は彼を取り込みたいと考えているようだったな)


それ程の力を持つ人物だ、取り込みたいと考えるのは普通だろう。だがそれは悪手だ。力が規格外過ぎてこちらへの求心力が、彼と比較すると劣ってしまう恐れがある。かといって、距離を置くようなぞんざいな扱いも出来ない。だからこそ面倒なのだ。


(しかも、娘は彼の事を憎からず思っておるのも困ったものだな)


 今まで箱入りに育て過ぎた弊害か、男性との接触が少なかったからか、自分の為に命を掛けるような行動を見て簡単に惚れてしまったようだ。


(彼はおそらく友人として行動しただけだろう。娘は女として見られていると思っているようだが・・・)


 公国の危機を救ってくれたことには感謝するが、あれだけの力・・・それに倍する厄介な問題事を持ってきているのは正直忌々しく感じるほどだ。せめて報奨金をそのまま貰ってくれれば、守銭奴としての印象を植え付けてやったのに、こちらの思惑を全て読みきった上で再興に使って欲しいと言ってきたのではないかと疑ってしまう。


(まったく、公国をまとめる策が台無しだ!とにかく国全体に箝口令を敷いて、リバーバベルの勢力と彼についての一層の情報収集など、早急な策の立て直しが必要だな。とはいえ・・・)


今回のバハムート討伐、それ自体は外交的に使えるカードになる。


(王国でもワイバーンが討伐されたと聞くが、下級種と中級種では次元が違う。公国の戦力でもって討伐したと知らしめれば、各国の公国に対する対応は慎重にならざるを得まい)


 バハムートを倒し得る戦力を保有する公国として宣伝することで、今回の件は抑止力になって貰おうと決めた。彼のことについては今は世界に伏しておいて、一先ず問題を先送りにすることにした。


 私はそれからも自分の執務室で1人、今後の計画の策定に勤しんでいった。




 勲章と報奨金が決まった翌日、僕はフロストル公国最後の観光と帰国の準備についやした。お昼ぐらいまでは公国独自の食材や調味料を中心に買い物をして、午後には今まで購入した物の整理と魔道バイクへの積み込みを行った。これは魔道バイクを購入したお店で、付属品のバイク用荷物入れを後方の左右に付けてもらったので、それと併せてリュックを背負えば全ての荷物が積み込めるようになったのだ。これで移動手段としても、ある程度の荷物の運搬にも役に立つ。対外的にも空間魔法の収納を使わずに済むと言うものだ。


ちなみに報奨金については、さすがに5000枚も持てないので、商業為替しょうぎょうかわせにして王国で換金できるようにしてもらった。


 それはそうと、今日は朝からずっとマーガレット様が僕にぴったりとくっ付いてきている。バハムートの事後処理などで城の中はばたばたしており、王女であるマーガレット様も忙しいと思うのだが、買い物から魔道バイクへの積込みまでずっと一緒だ。僕との距離も今までより近くなっていて、常に肩が触れるかどうかという距離感だ。美少女である彼女と近くで接していることに悪い気はしないのだが、周りの視線もあって今日は一日ずっと落ち着かなかった。


(一国の王女と、休戦しているとはいえ敵国だった人間が仲良さそうにしている姿を見せて大丈夫なのかな・・・?)


 移動している間中周囲からの視線は感じていたが、特に敵意があるとか何か文句を言って来るという事もなかったので、僕の考え過ぎかと思い直した。ただ、考え過ぎでないことが一つ・・・マーガレット様がずっと僕の事を見ているのだ。それはもうずっと。常に隣からの視線を感じるし、なんなら僕がマーガレット様の方を見ると必ず目が合って、彼女はにっこり微笑みながら目を逸らさずにずっと見つめてくる。その為僕の方が居心地が悪くなって目を逸らしてしまうほどだった。


(マーガレット様の中で僕への対応が変わったのか?でも何で?それともこれが公国なりの感謝の示し方なのか?)


 そう言えば冒険者の人が話していた中で、男性への感謝の示し方として見目麗しい女性を使って接待するって聞いたことがあった。つまりこれはそういう事なのか?しかし、王女自らそんな事をするとも思えない。いや、公国ではこういうものなのか?いろいろ検討したが、結果僕には分からないので、マーガレット様と仲良くなったと考えてそれ以上考えることは止めた。



 そして公国滞在最後の夜には、晩餐会が開かれた。と言ってもバハムートに襲われた都市の事もあるので、規模はかなり小さく、リバーバベルを救った僕への感謝ということで開催されたものだ。ドレスアップしたマーガレット様はとても綺麗で、大胆に胸元が開いたドレスで密着してくる。そのためせっかくの料理の味が分からないほど緊張してしまった。「近すぎではないですか?」と聞いたのだが、「エスコートです」と言われてしまうと、こういった晩餐会の作法にはさほど詳しくなかったので、そうなのかと納得するほかなかった。


 マーガレット様のエスコートのもと、あの会議の場に居た宰相や財務卿、カインさん達といろいろ話し、改めて感謝の言葉を何度も言われた。その話の最中何度も僕の才能についての質問があったが、公国の図書館の本で見た内容の事もあるので隠した方が良いかと思い曖昧な返事をしていた。それでも、それとなく何度も聞いてくるので、元々王国では隠すことなく過ごしてきてしまっていたので、いずれ分かるだろうと思って【速度】であると告げてしまった。ただ、伝えた時は皆ポカンとした表情だったので、どんな才能なのかいまいち知らなかったのだろう。


(公国の図書館にも分類が希少才能になっていたから、知らない人の方が多いのかもな・・・)



 晩餐会も終わりがけ、マーガレット様にテラスに誘われ少し話をすることになった。


「ダリア殿、この度の事王族の一人として、また、一フロストル公国の民として礼を言います・・・本当にありがとうございます」


「いえ、何度も言いましたが、僕はやりたいことをやりたいようにしただけですよ」


「そ、そうですよね。そ、それは・・・わ、私の為に・・・ですか?」


「はい!もちろんですよ!」


 正直半分は散財したお金の為でもあるのだが、最近は女性に言ってはならないこともあると学んだ成果で、この雰囲気の時にはお金の話はしない方が良いと直感して、それは黙っておいた。とはいえ、マーガレット様が困っていたので助けてあげたいと思ったことも間違いない。


「////////・・・そ、そうですか。ダリア・・の気持ちは分かりました。で、では私の事は今後メグと呼んで下さい。私もあなたの事をダリアと呼びますから・・・」


「・・・メグ様・・・ですか?」


「そ、その・・・敬称はいらないです、呼び捨てで・・・。こ、これは私の愛称で、い、いとし・・・親しい者にしか呼ばせない名前なんです!」


 今日一日を通してさっきまでずっと僕の目を見詰めていた彼女は、今は僕と全く視線を合わせようとはせずに俯き、モジモジとしている。そのさまはなんだか可愛らしくて、一国の王女とは思えない一人の女の子の様だった。きっと自分の愛称を呼ばせることは、彼女の最大限の感謝の示し方なのだろう。


「えっと・・・で、では、メグ・・・これからも(友人として)よろしくね!」


「はい!これから(想いを寄せる者同士)よろしくお願いします!」


 俯いた顔を上げ、とびきりの笑顔を見せてきたメグはとても美しかった。



 翌日———


 城の前には大勢の人達が集まっていた。僕の勲章の授与と、報奨金を下賜かしするためだ。その報奨金についても半分を復興のために使うという宣言もあって、国民に広く知らせるために集めたのだという。


(こんなに注目される場でなくても、内々にやってくれても良かったのに・・・)


僕は慣れないことで気恥ずかしい気持ちを隠しながら、お城の広いバルコニーの特設された舞台で、女王からの言葉を跪きながら聞いている。


「———以上の功績をもって、フロストル公国よりダリア・タンジーに『ユグド勲章』を授ける!」


「謹んでお受け致します!」


「「「おぉぉぉ~!!!」」」


 その宣言と共に大きな歓声が上がった。なんでも『ユグド勲章』とは、公国の国樹とされるユグドラシルの木から名前を取ったもので、公国において最上級の勲章なのだという。それを他国のしかも人間に与えるのだ、これ程の騒動になってもおかしくないのだろう。


 そして、女王から勲章のメダルを受け取ったメグが、僕の首に掛けるためにゆっくりと歩み寄って来た。


「此度の武勲見事です!これからもこの勲章を誇りとしてご活躍下さい!」


そう言ってメグは勲章を僕に掛けると、掛けやすいよう俯いていた僕の顔に両手を添えて上を向かせ、額に軽く口付けをした。


(っ!!!?聞いていた式典の流れには無いぞ!いや、でも王女が間違えるわけないよな・・・)


 驚きに目を見開きながらメグを見ると、彼女は顔を真っ赤に染めながら微笑んでいた。その表情は儀式用の純白のドレスと相まって神秘的な魅力を放っていたのだが、周りから怨念おんねん怨嗟えんさの念とも思えるような視線が飛んでくるのを感じた。見れば女王も呆気に取られた顔をしている。少しして我に返ったのか、笑顔とも言えない笑みを浮かべていた。集まった人達もどよめきが収まらず、しばらく騒々しくなってしまった場を女王が制することで収まりを見せた。


「う゛、ゔん!静粛にっ!!ダリア殿には更に報奨金として大金貨一万枚を下賜するものとするが、本人の申し出によりその半額をバハムートの被害にあったリバーバベルの復興に使って欲しいとの申し出があった!彼の我らを思う気高き心に感謝を、ここに表する!」


 一瞬の静寂の後、先程と倍する歓声が聞こえてきた。なんとなくこれでメグの行動を有耶無耶にしているような感じだった。その間中メグはイタズラっぽい笑みを僕に向けていた。



 波乱の授与も終わり、公国の方達との挨拶も済まして僕は今、魔道バイクにまたがって、街道を王国へ向けてひた走っている。空を飛ぶのとはまた違った風を切る感触が気持ちいい。ただただ過ぎ去る景色を見ながら何も考えずにぼーっと出来るのは、今の僕にはありがたい。


 あの後、別れの挨拶をした時にはメグが僕の事を抱き締めながら、「寂しいとは思いますが、私は王女としての仕事があります。長期休暇明けに私が戻るまでまで待っていて下さいね!」と耳元で囁かれた時には、僕の視界に映る笑顔の女王の背後に般若が見えた気がした。


(あれは友人としての行動じゃ無さそうだぞ・・・どうしよう、すっごく女王に睨まれてた気がする・・・僕がたぶらかしたと思われてるのか?でも、何もしてないのに・・・)


いくら記憶を探ってみても、好感を持たれる言動をした覚えがない。なんなら、バハムートを討伐すると言った時には、呆れるように諭された程だったはずだ。


(いや、きっと公国が助けられたという感謝の想いが大きかっただけだろう)


 王女という立場上、国の危機に心を痛めていて、その危機が去ったことへの興奮が、一時的にメグをあんな行動に走らせたのだろうと僕の中で結論付けた。


「さて、王国へ戻ったらティアへ無事を知らせなきゃ」


 メグの事を考えるのは止めて、今はただ何も考えず、肌に感じる爽やかな風に身を任せることにした。

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