第69話 フロストル公国 15

 オーガスト王国へ戻る最中、国境を越えてから二度ほど野盗に襲われてしまった。魔道バイクが珍しい物だったからだろう、十数人の徒党を組んで襲ってきた。買ったばかりの魔道バイクを傷付けたくなくて、わざわざ対処したのだが、当然僕にとっては敵にもならない。ただ、僕を見るあまりの下卑た表情に嫌悪感があり過ぎて、新魔法の練習台として皆仲良く黒焦げになってもらった。


 この魔法は先のバハムートとの一戦で、2つの竜巻が接触した時に雷が発生していたのを見て、意図的にそれが再現できないかと考えていたものだ。複合魔法の要領で〈テンペスト〉を圧縮・解放・して、両手に作り出した小さく圧し留めた2つの嵐を接触させる。あの時のように発生した雷を何とか棒状に制御させると、形状は不安定だがその見た目は雷の剣のようだった。


 その雷の剣で攻撃すると、恐るべき事に防御不可能で、相手が剣で迎撃しようと盾で防ごうと無意味とばかりに黒焦げになって絶命していった。さらに、僕から2、3mの範囲内に居るだけでも雷が鉄の装備に飛んでいくらしく、何もしてないのに痙攣するように倒れ伏してしまっていた。


(これなら師匠に少し対抗出来るかも!)


 王国へ戻ったら一度師匠にも会いに行こうと考えていたが、絶対に実力を見てくるだろうと思ったので、新しい攻撃手段が出来たのは嬉しかった。


(ふふふ、きっと驚くだろうな!)


僕の新魔法にびっくりする師匠の顔を想像しながら、王都エキノプスまでもう少しのところまで来ていた。


(この魔道バイクはどうしよう?あの野盗を見ると絶対に面倒ごとになりそうだ。この辺で収納していこう)


 そうして、魔道バイクや公国で買った品を収納し、いくらかはリュックに残して王都へと戻ったのだった。



 公国を出て2日目の夕方、外壁の門をくぐろうとすると、いつもの門番のお兄さんが僕を呼び止めた。


「ダリア君!ロキシード侯爵の御息女から、君が来たら公爵家に来て欲しいと伝言を言付ことづかっている。あちらの貴族街行きの馬車に乗って行ってくれないか?お金はもう貰っているからそのまま乗ってくれていいよ」


僕の方から出向こうと思っていたのだが、ティアはあらかじめ僕が戻ってきた時の準備をしてくれていたようだ。


(でも、あのお父さんには出来れば会いたくないんだけど・・・不在だといいな・・・)


そんな希望的観測を胸に、貴族街用の馬車へと乗り込みティアの家へと向かった。




 さすがに宰相の屋敷と言うだけあって、上級貴族街でも桁外れの広さと大きさのお屋敷だった。馬車もここまで直通なので迷う心配もなく来れた。門番の人にティアへの面会をお願いすると、話が伝わっているらしく、すんなりと屋敷へ通された。


 メイドさんに案内された部屋で待っていると、めかし込んでいるティアが僕の姿を見て顔を綻ばせながら駆け寄ってきた。


「良かった!無事に私の所に帰ってきてくれた!」


「言ったでしょ?大丈夫だって!それにちゃんと約束もしたしね!」


「ん、あの約束をしたんだから守るのは当然!お帰り、ダリア!」


「ただいまティア!」


 再会の挨拶をした僕らは、しばらくあれからあったことを話した。ティアは野盗に襲われることもなく無事に王国に戻っていたらしく、それからはバハムート討伐に向かった僕の事を毎日心配していたと、頬を膨らませて言われてしまった。


「心配掛けてゴメン!でも、この通りちゃんと討伐してきたから!」


せっかくだったので公国で貰った2つの勲章を見せながら、バハムートを討伐してきたことを告げた。


「・・・・・・」


「・・・・・?」


変な事を言った自覚は無いが、急にティアが何言ってるのという表情で固まってしまった。


「あれっ?どうしたのティア?」


「えっ?あれ?私との約束を守るため、途中で引き返して王国に戻ってきたんじゃ・・・」


「うん?だからバハムートを討伐して無事に戻ってきたでしょ?」


「えっ?」


「えっ?」


どうにも会話が噛み合っていないようだ。


(あれ?どこから噛み合ってないんだ?)


会話の齟齬そごを無くす為にティアの認識を確認していく。


「えっと、僕がバハムートの討伐に向かったのは良いよね?」


「ん、私も話し合いの場にいたし、当日見送りもしている」


「じゃあ、実際にバハムートを発見して討伐したってことは?」


「えっ?でも、時間的に考えてもダリアが王国に戻って来るのは早過ぎる」


ティアに心配させまいと早めに王国へ戻ったのが仇になったのか、途中で投げ出して帰ってきたと思われていたようだ。


(それにしては笑顔で出迎えてくれたな・・・なんでだ?)


「いや、僕の【才能】が移動するのに最適でね。その日の内に討伐して城まで戻ったんだよ。それで、ティアが凄い心配していたから早めに王国へ戻って来たんだよ」


「ん、ダリアの才能は確か【速度】だった。じゃあ、あの2つの勲章は本物なの?」


(あれ、ティアに僕の才能って伝えていたっけ?まぁ、ちょっと調べれば直ぐに分かるか)


「もちろん本物だよ!バハムート討伐の証と、フロストル公国を救ったことの感謝としてだって」


「・・・ん、確かこれはユグド勲章。公国としての最大限の褒賞ほうしょうだったはず」


勲章を手に取りながら、まじまじと見ているとティアがそう言った。そういえば、そんな事を言われた覚えがあるが、そんなことまで知っているとはさすがに侯爵家の教育なのだろう。


「まぁ、公国で勲章を貰ったと言っても、王国ではどうにもならないでしょ?」


他国の勲章など王国では何の意味もないと思っているのだが、そんな僕の言葉に険しい表情になっていくティアを見て、どうも僕の考えは違っていたのかなと感じてきた。


「ん、何を言っているのダリア!?公国のユグド勲章を貰った意味をあなたは理解していない!」


「意味・・・?」


「ん、他国で勲章を貰うことはそんなに珍しいことではないけど、その国の最高の勲章を授与されるということは、その国に認められた存在。王国にしてみれば、その人物は他国のスパイと考え、警戒するほどに・・・」


つまり、僕は公国の存在の一部と見なされるということだろうか。しかし、感謝の証しとして貰った勲章に、公国がそこまでの意味を込めて送ったのだろうか。


「えっと、そんなに大袈裟なことになるの?」


「ん、ダリアがバハムートを倒したというなら王国としてあなたのような戦力は喉から手が出るほど欲しいはず。それは公国も同じ。でも、ダリアは王国の住民・・・とはいえ平民。そこで、公国の最高の勲章を授与することで、ダリアを引き込む、あるいは引き込んだという対外的な示唆も兼ねている思う」


「えっ?でも、そんなこと一言も説明されてないよ? ・・・ティアの考え過ぎじゃあ・・・」


「ん、既に公国は外堀を埋めるように動いているの!勲章を授与した時も何か聞いていないことが起こったんじゃない?」


そう言われて、あの授賞式の事を思い出す。


「・・・メ、マーガレット様に勲章を掛けられた後に・・・その、額に口付けをされたんだけど、これって・・・」


思い出したように僕が気恥ずかしさから、声を小さくして話すと、途端にティアの顔色が変わった。


「っ!!エルフが異性の額に口付けをするのは、自分の物であると周囲に知らしめるためと聞いたことがある!」


それが本当だとすれば、公国において僕は外堀を埋められつつあるという状況にあるのだが、ひとつ腑に落ちないことがある。


「・・・でも、女王陛下はマーガレット様のその行動に驚いた表情をしたんだけど・・・」


「ん、おそらくそれはマーガレットの独断だった。でも、彼女はあなたを取り込むべきと判断したのは間違いない!公国の女王がそんな表情をしたのなら国としてどう動くかは分からないけど・・・ダリアはどうしたいの?」


「僕?」


「ん、そう。外堀を埋めたとしても、結局はダリアがどうしたいかが重要。あなたが私の勧誘を断っているということは、何か目的・・・やりたいことがあるはず」


僕のやりたいことなど決まっているのだが、おいそれと口に出すことは出来ない。真剣な表情のティアに冗談目かして誤魔化すのもどうかとは思うのだが、それでも今のところは王国からどこかに行くとは考えていない。


「今のところ王国から離れて公国に行くとは考えていないよ。まだ王国でやりたいこともあるしね」


「ん、それはやりたいことを達成すれば、この王国を離れる可能性があると言っているも同じ」


 宰相の娘だけあるのか、言葉尻を読み解くのが上手いらしい。確かに、王国と公国を比べた時に、どちらが住みやすいかと考えれば、公国の方がいいなとは思ってしまっている。僕の興味が惹かれる物がたくさんあるのも公国だった。


(それに、もし僕が親を殺した時には王国にいれなくなる可能性が高い。だからティアの話を聞いて、公国への脱出ルートがあるんだという安心感が言葉に出ちゃったな・・・)


「ま、まぁ、将来どうなるかは今の僕には分からないよ。公国の魔具は面白かったから、それにつられちゃうかもしれないし。このまま王国で冒険者として楽しく暮らしていくかもしれないから」


「ん、最終的に決めるのはダリアだけど、私はできれば王国にいて欲しい。せっかく出来た神人かみびと研究仲間で・・・私の親友」


 ティアの家柄や環境を聞けば、同年で親しい友人も少ないらしい。その少ない友人の中でも僕のように神人の話が出来るのは彼女にとって貴重なのだろう、親友とまで言われてしまった。


「ありがとう。今すぐどうしようなんて全然考えてないから、これからも神人の話しはたくさんしようね!」


「ん、約束!」


その笑顔は年相応の、とびきり素敵な笑顔だった。

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